第30話 勇者の探偵物語 Ⅲ

 宍戸のナビに従い商店街の外れにある雑居ビルに到着した。

 最初に茜から電話を受けてから凡そ15分。通常の半分くらいの時間で来る事ができた。その分かなり無茶な運転だったが運のいいことに警察に見つかることも周囲の車を事故らせる事も無かったが、バイク乗りとしては落第だろう。正直不本意極まりない。

 バイクを止めた俺たちはメットを脱ぎ、急いで雑居ビルに入る。

 入口を入ると直ぐに地下への階段といくつかの飲み屋の看板が目に入った。

 

「こっちだ!」

 宍戸がそう言いながら階段を駆け下り、突き当たりにあるバーの扉に手をかける。が、扉は開かない。

「クソ!鍵が!!ここじゃ無いのか!」

「宍戸どけ!」

 俺は追いつくと同時に『探査』で中の様子を確認する。

 中に人の反応が6人分ある。間違いなくここだろう。

 宍戸が体をずらすのを横目に扉を蹴り飛ばす。

 ドガンッ!!

 扉が大きくひしゃげるも開けるには至らない。

 手加減しすぎたか。

 俺はもう一度今度はそれなりに力を込めて蹴る。勿論中に水上が居ることを考えて方向だけには気をつける。

 ズッダーン!!

 遂に扉が耐えきれずに店の内側に吹き飛ぶ。

 あ、コレ外側に開くやつだったのね。道理で一発で開かないはずだ。


 直ぐさま店内に飛び込む。

 凡そ20畳くらいの広さだろうか、中にはバーカウンターとテーブル、椅子やソファーが置かれており、中央付近のソファーに男3人に水上が押さえつけられていた。そのすぐそばでもう1人の男が三脚とビデオカメラらしき物の脇で立っている。

 水上はブラウスが引きちぎられ下着が露わになっておりキュロットも半ば引き下げられてあられもない姿だ。

 だが最悪の事態には至っていないようで、何とか間に合ったようだ。

 俺は内心ホッと胸をなで下ろす。

 ここまで来て間に合いませんでしたってのはシャレにならん。


 全員が驚いたように固まりこちらを見ている。

「洋子!!」

 俺のすぐ後に店内に入って来た宍戸が水上の姿を確認するなり叫ぶ。

 それを見た水上は押さえつけていた男達の手を振り払って宍戸の胸に飛び込んだ。

 ……いや、そりゃ水上は宍戸の彼女だし当然の行動だよ?別におれも水上に特別な感情なんか無いけど、なんだろ?この微妙な不条理感というか、物語としてそれで良いのかとそこはかとなく思わないでも無い感じは。


「し、宍戸?テメェ!!」

 ここにきてようやく再起動したらしい男達が騒ぎ出す。

「先輩!洋子には手を出さないって!!」

「ふざけんな!噂流したのテメェだろ!俺たちを裏切りやがって」

「…………」

 宍戸はそれに反論せずに水上を背中に庇い男達を睨みつける。

 成る程ね。こいつもなんとかしようと戦ってた訳だ。

 今の姿はまるで主人公のようだ。

 真面目な正義漢。しかもよく見るとそれなりにイケメン。

 ちょっと悔しい。

 

 取り敢えず内心の劣等感は置いておいて、俺はアイテムボックスから以前ユ○クロで買ったスウェットの上下を宍戸に投げ渡す。

 自分用だから水上にはちょっと大きいだろうが未開封新品だから問題ないだろう。

「取り敢えずそれを着せてやれよ。そのままの格好じゃ外に出られん」

 俺の言葉に自分の姿を思い出したのだろう、水上が顔を赤くしながら慌ててブラウスの前とキュロットを押さえる。

 中々素敵な光景だが人の彼女に変な視線を向けるわけにもいかないのですぐに目を逸らす。

 ちょっと勿体無いと思ったのは内緒だ。

 

「え?今、それ、どこから?」

「手品だ」

「え、だって、さっきもメット」

「手品だ」

「……」

「手品だ」

「そ、そうか」

「そうだ」

 宍戸の戸惑うような問いに俺は簡潔に繰り返す。

 頼むからそれで納得してくれ。な?


「テメェら無視してんじゃねぇ!」

 ほっとかれてキレたのか男の1人がいきなり後ろから殴りかかってくる。気の短い事だ。

 当然動きを把握していた俺は振り向きざま極々軽く裏拳を顔面に叩き込んだ。

 ゴスッ!

「グアッ!」

 殴られた男がテーブルをなぎ倒しながら吹っ飛ぶ。

「誰が動いて良いつった?大人しく隅っこで震えて待ってろ!」

 セリフがまるで悪党である。

 大丈夫。主役を宍戸に取られそうとか考えてないよ?うん。

 

 俺は改めて宍戸に向き合うとバイクの鍵を投げる。

 水上もきちんと着替えというか多分上から重ねて着ただけだとは思うがスウェットを身につけている。

「宍戸、確かお前普通自動二輪免許中免持ってたよな?水上を送ってやれよ。後で連絡するから返すのは明日でいい」

「わ、わかった。でも柏木はどうするんだ?」

「俺はまだコイツらに用があるんでな」

「大丈夫なのか?」

「ああ。心配いらない」

 俺がそう答えると宍戸は水上を優しく抱きかかえながら出て行った。

 いちいち行動が男前すぎる。

 ちょっと敗北感。


 さて、俺にとってはこれからが本番だ。

 周囲を見渡して見るとさっき吹っ飛ばした男を中心にして4人、そして部屋の隅に女の子が1人いる。

 その子がおそらく水上に電話をしたという女の子なのだろう。怯えた表情で身を縮めている。

 大方、連中に脅されて命令を聞いていたのだろうな。

 男達の方は俺を睨みつけている。

 中々反抗的な態度だが、まぁ、特に威圧もしてないしこちらがたった1人なのでまだ精神的に余裕でもあるのだろう。

 逃げられないように店内を『障壁』で覆い、同時に風魔法で『遮音』する。水上を助けたからコレでおしまい、何てことをする気は毛頭ない。

 コイツらには自分達がした事をタップリと思い知ってもらう。

 俺がゆっくりと近づくと男達が俺を囲むように移動する。

「テメェ宍戸のダチかよ。俺たちにこんなことしてタダで済むと思ってんのか?」

 そのあまりに小物っぽいセリフに思わず笑ってしまう。

 

「!テメェ!この人数に何かできるとでも思ってんのか!」

 そう言いながらそれぞれがナイフやら3段式警棒を取り出した。

 人数も多いし武器もある、こちらは丸腰で1人だけ。そんな状況に負けるとは考えられないのだろう愉悦を湛えた目で口元にも薄い笑みを浮かべている。

 とはいえ、俺からしてみたらそんなオモチャみたいなもので僅かも脅威は覚えない。

 こちとら大剣やら弩弓やら魔法やらが飛び交う戦場で戦って来たのだ。ハッキリ言って幼児がう○い棒振り回してるのと何も変わらない。


 俺に怯んだ様子がないのが気に入らないのか、早速1人が蹴りを繰り出してくる。

 ってか、武器持ってるのに蹴りって、アホじゃないのか?

 多分いきなりナイフで刺し殺すほどの度胸はないのだろうが、そんなのに付き合うほど俺も暇じゃない。

 蹴りを躱して軸足を掬い、あっさりと仰向けに倒れた男の手を持っているナイフごと踏み潰す。

「ウギャァー!!」

 鈍い感触で指の骨が数本砕けるのが感じられた。

 それほど喧嘩慣れしていないのか、呆然とそれを見ていたもう1人のナイフを持った男の足を強めに踏み抜き、同時に顔面に裏拳を叩き込む。足の骨が砕け、鼻が潰れて声も出せずにその場に崩れ落ちる。

「う、うわぁぁぁっ!」

 残った内、俺に殴られてない方が警棒を無茶苦茶に振り回して来た。

 俺はあっさりとそれを受け止めると逆に警棒を取り上げる。

 そして男の目の前でグンニャリと曲げてみせた。

 安物らしく殆ど力を入れていないのに簡単に曲がってしまった。

 唖然として棒立ちになっている男の膝にローキック。

 両足がおかしな方向に曲がっているが気にしない。

 そして、最後の1人に顔を向ける。


 最後の1人、俺が最初に殴り飛ばした男は青い顔をしてへたり込んだ。

 鼻血が出ているのでかなり間抜けに見える。

 他の3人はすでに周囲に蹲って痛みに悶えてるので最早戦意は無いだろう。

「ヒッ!」

 俺が一歩踏み出すと、男は小さく悲鳴をあげてへたったまま後退りする。が、ソファに背中が当たりそれ以上下がることもできずにいる。

「ゆ、許してくれ! 何でも言うことを聞く! 自首もするから!!」

「は? お前ら『許して』って言った女の子に何もしなかったのか? 人の頼みは聞かないのに、そんな都合のいいことがあるとでも?」

「うぅ」


 ハッキリ言って別に痛めつけるまでもなく、威圧すれば事は済んだのだが、俺はそうする気が起きなかった。

 コイツらのした事は許される事じゃ無い。向こう異世界であれば情報を聞き出した後に間違いなく切り殺しているだろう。

 向こう異世界ではそれが許されている。だが、こっち日本ではそうもいかない。この国で生きていく以上、最低限のルールだけは守らなければいけない。それを忘れたら家族や友人と一緒に居られない。

 俺は既に精神が普通とはズレてしまっているのかもしれない。だからこそ自分を保つ必要がある。

 俺は大きく深呼吸をして気を落ち着かせる。

 先ほどまでもそうだったが、普段以上に気をつけないと力が入り過ぎて殺してしまいかねない。

 多少気が静まってからへたり込んでいる男に声をかける。


「さて、教えてもらおうか。言っておくがお前らには黙秘も嘘も許可しない。別に俺はこの場で殺しても構わないんだからな。出来ないとは考えない事だ。お前らはそれだけのことをしてきたし、お前らを庇う奴もいない」

 俺が殺気を込めて言い放つと男達は必死に首を縦にふる。

「暴行した女の子を撮影したデータはどこにある?」

「お、お、奥の事務室にあるパソコンの中です」

「他には無いのか?ネット上のストレージは?」

「な、無いです!お、俺たちも気をつけててパスワードも掛けてたし、もし流出したらヤバイと思って」

「どこにも流してないだろうな」

 男達は悲壮な表情をしながら懸命に首を横に振る。

「ほ、ほ、本当です!この店は一年前から閉めてて、俺らの他には誰も来てません。俺らもここから持ち出して無いです!!」


 俺はそこまで聞いてからその事務室に入りパソコンを確認する。置いてあったのは一台だけで外付けのハードディスクなども無いようだ。

 繋がっているケーブル類を引きちぎり、本体を持って元の場所へ戻る。

 俺が戻っても男達はその場から動いた様子はなかった。どうやら逃げられないことがわかっているらしい。

 パソコンを男達の見える位置のテーブルに置き、カバーを強引に引っぺがす。もちろん工具なんか使わず力技だ。

 そして、中にあったハードディスクも毟り取った。

「本当にこの中に入ってるのだけなんだろうな?」

 俺がさらに殺気を強めて尋ねても男達は超高速で首を縦に振るだけだったので多分本当だろう。コイツらに此の期に及んで嘘を吐く度胸があるようには見えない。

 俺はそのハードディスクを全力で握り潰す。

 メキャッ!

 金属が潰れる音とともにハードディスクは子供の拳ぐらいの大きさに変形する。中に入ってる記憶ディスクも最早復旧不可能だろう。

「「ヒィッ!」」

 それを目の前で見た男達は目を見開いて短く悲鳴を上げた。

 バチバチバチッ!

 更に念の為『雷撃』を出してショートさせる。もちろんパソコン本体と放置されていたビデオカメラも念入りにショートさせた。

 辺りには焦げた匂いと所々焦げ付いたそれらが散らばっているばかりだ。男達は青を通り越して土気色に近い顔でそれを茫然眺めている。痛みすら忘れているようだ。

 それらのことを終えると俺は未だ部屋の隅で立ち尽くしている女の子に目を向けた。


 俺と目が合った女の子はビクッと身をすくめる。

 出来るだけ怯えさせないように心を落ち着けて声を掛けた。

「えっと、コイツらに脅されてたイベントサークルの子、で良いのかな?」

「は、はい」

 害意が無いのを理解したのか少し怯えながらも答えてくれる。

「見ての通り、データは処分した。もし、他にも被害にあってる子がいたら教えてやってほしい。もうコイツらには何もさせない。って、大した慰めにもならないだろうけど」

 俺がそう言うと内容を理解するのに時間がかかっているのか暫し呆然として、そして、顔を覆ってしゃがみこんだ。微かに嗚咽が聞こえる。

 俺はそれ以上何も言うことができずそれをただ見ているだけしかできないかった。こんな時に何か気の利いた慰めでもできれば良いのだが、俺には到底できそうも無い。

 改めて怒りが湧いてくるが、あとは俺に出来ることは無いだろう。例えコイツらが全員死んでも被害にあった人たちの気が済むとは思えない。


 数分、いや数十分経っただろうか、女の子がようやく立ち上がり赤く腫らした目で俺を見た。

「あ、ありが、とうございました」

 まだ少し喉を詰まらせながらもしっかりと俺に頭を下げる。

「大丈夫か?1人で帰れるか?」

「大丈夫です。アパートそれほど遠くないし、まだ明るいですから」

「そうか」

「他の子にも教えて上げます。本当にありがとう」

 とても気丈な子なのだろう。俺は何とも言えない気持ちで女の子をビルの外まで見送る。

 最後に俺にもう一度お辞儀をして女の子は歩いて行った。


 見送った後、再度店内に戻る。

 戻ってくると思っていなかったのか、移動し始めていた男達は俺の姿を見て怯える。

「さて、お前らにはまだ聞きたいことが残ってる」

 俺はそう言うとクスリの入手先を聞き出す。

 が、売人の1人の名前と携帯番号しか知ることはできなかった。

 所詮は末端の更に末端として利用されていただけということだろう。

 期待していたわけではないが、その手のノウハウがない俺がどこまで出来るかね。

「それと、お前らが後輩に売りつけてた代金は宍戸に必ず返せ。直ぐにだ。お前ら自身が売ったクスリの回収もな」

 俺が睨みつけながら念押しすると必死に頷いていた。

「最後に。次にふざけたことをしたら、今度は生きていられるとは思うな。どこに逃げようが必ず跡形もなく消滅させてやる」

 そう言うと俺は怒りを込めて殺気を叩きつけた。

「「「「!!」」」」

 それを受けて全員が白眼を剝いて失神する。

 俺はそのまま放置してようやくビルを後にすることができた。


 駅に向かって歩きながら俺は呼吸と気持ちを必死で落ち着ける。

 正直これで良かったのかは判断がついていないが、一先ずはよしとするしかないだろう。

 そこまで考えて、心配しているであろう茜に連絡するためにスマホを取り出そうとして、宍戸から返してもらっていないことに気がついた。

 ……どうしよう……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る