第29話 勇者の探偵物語 Ⅱ
翌日、昼過ぎに俺は大学からバイクで30分程の所にある公園に来ていた。
今日も恨みたくなるほどの晴天に恵まれ実にクソ暑い。
当然天然サウナを楽しむような趣味がない俺がここまで来たのは人に会うためである。
お察しであろう、宍戸との待ち合わせだ。
昨日話を聞いてから情報収集をしたり色々と考えてみたりはしたが、結局当人から話を聞いてみない事には埒があかないので、宍戸に連絡を取り会う事にしたのだ。
さほど親しいわけじゃない俺からの連絡に訝しんでいたが強引に約束を取り付けた。
待っている間、俺は昨日情報を仕入れるために電話した章雄先輩の話を思い返す。
『イベントサークル?う〜ん、最近いい話聞かないなぁ。柏木君が聞いたように一部の3年が高圧的になったってだけじゃなくて、女の子に酒を飲ませて集団で乱暴したとか、ビデオに撮って脅迫してるとか、危ないクスリを売ってるとかね。まだそんなに広まってるわけじゃないけど、大学辞めた子とかもいるみたいだから結構信憑性のある噂として出てきてるみたいだね。あまり関わるのはお勧めしないけど、ひょっとして柏木君また厄介ごとに首突っ込む気か?』
『そんなつもりは無いっすよ』
章雄先輩先輩にはそう答えたものの既に首突っ込む気満々である。
それにしても自称情報通と言うだけあって他の奴は知らない事を教えてくれた。
あの軽くて人懐っこい性格もあって知り合い多いからな章雄先輩は。
俺がそんな事を考えている間に約束の時間になったらしい。
公園の入り口から宍戸が来るのが見えた。
真面目なアイツらしい。時間ピッタリだ。
「よう!久しぶりだな」
「柏木。久しぶり。お前からの呼び出しなんて珍しいな。一体どうしたんだ?」
「悪いな。忙しかったか?」
「大丈夫だけど、何の用だ?」
宍戸の表情に警戒の色が見える。
まぁ、大して親しくも無い奴から呼び出されれば当然だよな。
元々俺に細かい駆け引きだの腹芸だのは無理なので単刀直入に話をする事にしよう。
「水上から聞いて気になったんでな。イベントサークルの話だ。妙な噂も流れてるみたいだしな」
「な、何の話だよ」
「水上も心配してた。何があったんだ?」
俺は敢えて断定的に尋ねる。
「何もないよ。洋子とこの間ちょっと言い争いになっただけだよ」
噂に関してはスルーしたな。
「とぼけるなよ。痴話喧嘩の内容を聞きたいわけじゃねーよ」
「お前には関係ないだろ!」
宍戸の態度は頑なだった。
問答しててもしょうがない。カードを切りますか。
「関係無い事は無いだろ?こんなもん大学内でばら撒かれちゃな」
俺はそう言って水上から預かったクスリの袋を取り出して宍戸の目の前で揺らす。
「!!」
宍戸の顔が引き攣る。
「ヘブンズ・ドアとは随分とフザケた名前だな。主成分はメチレンジオキシメタンフェタミンこれはMDMAに使われる奴で、あと、トリプタミンか、コイツは最近危険ドラックとか言われてる奴だな。こういうのはアッパー系とか言うんだっけ?どちらにしても碌なもんじゃねーよな」
「お前、どうしてそれを……」
「水上が先輩達からお前が受け取ってたのを見て心配になったそうだ。安心しろ、中身は適当に誤魔化してあるから麻薬だとは思ってないはずだ」
「何でそれが麻薬だと?」
「俺にも色々とツテはあってな。分析すればすぐに解ったよ」
嘘です。『鑑定』とグー○ル先生のおかげです。
「…………」
「噂の件もある。ほっとけるわけないだろ?」
「…………」
「何もお前が悪いなんて思ってない。話せよ」
宍戸は内心かなり葛藤しているのだろう。
思いつめた表情のまま何かを考えているようだった。
俺はそれ以上言わず宍戸の言葉を待つ。
暑さを倍増させる蝉時雨を浴びながら待つこと数分、ようやく宍戸は口を開いた。
「……わかった」
宍戸が語った話の内容はこうだ。
今年に入って現在の4年、当時の3年がサークルを引退した後、先輩の内4人の男子が突然ダンスパーティーを企画してきた。この手のイベントは10数年前に某有名私大で世間を騒がせた事件もあり、サークルでは企画自体がタブー視されていたらしいがその先輩たちは強引に通そうとしてきたために他の先輩たちとかなり揉めたそうだ。
その時は反対した人が多くそのまま立ち消えになったらしい。しかし、反対したメンバーの中心となっていた女の先輩が突然大学を辞めてしまった。サークルには直接連絡は無く、退部届けのみ送られて来たそうだ。
それから歯止めがなくなったその先輩たちは高圧的になり、合コンやダンパの企画をしだした。
そして4月頃から数人の後輩に『ヘブンズ・ドア』を押し付け、売るように強要してきたらしい。
例の噂も事実で、合コンやダンパで来た女の子や反抗的だったサークルメンバーの女の子に酒や麻薬を飲ませてレイプし、その様子を撮影して口止めしていたそうだ。
おれは気を落ち着かせるために大きく息を吐く。
聞くだけで胸糞悪くて反吐が出そうだ。
「で?宍戸はそれ見て大人しく従ってたってのか?」
責めるつもりは無かったが思わず批判的な口調になってしまった。
「!!しょ、しょうがないだろ?!逆らえば洋子を標的にするって脅されたら!」
「なるほどね……」
確かに気持ちはわかる。
脅迫者は要求を飲んだとしても満足する事はない。どちらかが破滅するまで際限なく要求して来る。だからこそ国際常識でもテロやそれに類する脅迫者とは交渉しない事を要求されている。
だが、それを頭では判っていても脅迫を受ければ、まして自分自身なら覚悟を決めて対峙できたとしても親しい人間が標的にされるとなれば屈してしまうこともある。
他人が無責任にとやかく言えるものじゃない。
たとえそれがどんなに愚かなことだと思ったとしてもだ。
「話は判った。それで、クスリは何人位に売ったんだ?」
あまりに多いとかなり厄介になるかもしれない。
「誰にも売ってない。他のメンバーに渡された分も俺が引き取ってトイレに流した」
マジで?
「そんな事して大丈夫だったのか?」
「金は貯金とバイト代で用意したからバレてない。先輩達が直接どれくらい売ったのかまではわからないけどな。実は一度だけ無理やり飲まされた事がある。それで共犯みたいな形にさせられた」
本当に尊敬するぐらい真面目な奴だ。自分の分だけでは無くメンバーの分までかよ。
「正直、そろそろ限界だった。月を追うごとに渡される数も増えていったし、貯金も底をついた。遠からず無理が利かなくなる。だからその前に洋子をサークルから遠ざけておきたかったんだ」
「そうか」
こいつも必死だったんだな。
あと必要なのはその先輩達の詳細だな。最低限名前と顔が分からないとどうしようもない。
そこまで考えた俺はさらに質問をしようとすると、スマホが電話の着信を知らせて来た。
発信者は……茜か。
一言宍戸に断ってから電話に出る。
「茜か。どうしたんだ?」
「裕哉?ゴメンね。今日、洋子と奈っちゃんと3人で駅前のデパートに買い物に来てたんだけど、さっき洋子がサークルの人に呼び出されて別れたの」
「!!何だって?!」
「電話して来たのは女の子みたいだったけど、商店街のお祭りの件で、宍戸君も来てるからって。でも昨日の話の事もあるし、どうしても気になって」
「宍戸なら今俺の目の前にいる」
「!そ、それじゃあ!」
「呼び出された場所は?」
「え、えっと、○○駅前から歩いて15分くらいって言ってたけど場所までは」
「直ぐに向かう!茜は水上に電話して引き返させろ!もし繋がらなければ向かった方向を探して見てくれ。但し、絶対に無理はするな」
「わかった」
俺は電話を切り宍戸に向き合う。
「今の工藤さん?洋子がどうしたって?」
会話がきこえていたのだろう宍戸が焦ったように問い詰めてくる。
「水上がお前の名前を使って呼び出されたらしい。○○駅前近くだ。例の先輩達の居場所に心当たりはないか?」
「!!そんな!……多分、商店街の北にある雑居ビルのバーだと思う」
「わかった!」
聞き終えると同時に俺はバイクに向かって走り出す。
が、宍戸も追いかけて来た。
「俺も連れてってくれ!一度行った事がある!」
少し離れたところでバイクをアイテムボックスに仕舞って『飛行魔法』で行きたかったんだが。だが確かに正確な場所がわかったほうが早く見つけられるかもしれない。
バイクにキーを差し込みながらそう考えた俺はアイテムボックスから予備のヘルメットを出して宍戸に投げる。
「え?い、今どこから?」
「話してる時間が惜しい。モタモタしてるなら置いてくぞ」
ここから○○駅までバイクでもこの時間帯じゃあ30分近く掛る。時間が無い。
俺がエンジンをかけると宍戸が慌ててヘルメットを被り後ろに乗る。
車道に出て一気に加速する。
今だけは制限速度超過させてもらう。
走行している車の脇をすり抜け、コンビニの駐車場を横切りつつ左折したりして先を急ぐ。
信号で停止した時にスマホが再度着信を知らせる。
俺はスマホを宍戸に渡して応対させる。
「工藤さんから、洋子に連絡がつかないって。直留守になるらしい。周辺を探したけど姿も見えないって」
「わかった!茜達には帰るように伝えてくれ!」
バイクを発進させながら宍戸にそう言うと俺はさらにスピードを上げた。
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