第28話 勇者の探偵物語 Ⅰ

 ズズゥ

 ストローで飲んでいたコーラが無くなりちょっとお下品な音が鳴る。

 炎天下に厚手の長袖でバイクを走らせたせいで喉が渇いていたので一気に飲んでしまった。

 俺は空になったグラスを持って再度ドリンクを注ぎに行く。

 ドリンクバーって本当に助かるね。

 貧乏な大学生には至福の時間だ。

 

 合宿が無事?終わり、バイトと大学の課題、空いた時間はツーリングを楽しんでいた夏休みも半分以上消化してしまっている。

 先日斎藤に頼まれていた例の夏イベントにもコスプレバイトとして参加したのでいつものファミレスバイト以外には特に拘束されることもなく比較的のんびりとした日々を過ごしている。

 もっともイベントのバイトは急遽衣装が変更になり、別のラ○ダーのコスチュームになった。

 何でも、斎藤曰く、美術館テロの時にウィ○ードのコスプレが話題になったので他に同じコスプレをする人が出てくる可能性があるとかで衣装を変更したのだ。

 お陰であの時の俺の痴態を思い出さずに済んだのは素直に助かった。

 

 最近は連日報道されていたテロと謎のコスプレ男の話題も殆ど出ることは無くなり、俺の精神衛生も持ち直しているところである。

 一時は映画とかの宣伝で自作自演の犯行じゃないかとまで言われていたらしい。バ○ダイさんご免なさい。

 ただ、その影響があったのか、イベントのコスプレ会場と特撮関連のブースは例年にない賑わいだったようだ。

 

 何やら中近東系の顔立ちをした人物がハーフパンツに萌えT着て会場をうろついていたのが妙に目立っていた。どこかで見た顔だと思ったが、あれはI国大使の人だったように思う。黒服のSPらしき人が複数周りにいたし。

 本国に帰ってから粛正とかされないよな?あの人……

 それはともかく、とりあえずバイトを終えた俺は貴重な軍資金をゲットすることが出来たのである。

 

 何故か金と共に『新作を作ったから柏木君にあげるよ』と言ってラ○ダーと宇宙刑事を足した特撮物っぽい衣装を満面の笑顔と共に押しつけられたが。

 衣装はアラミド繊維、マスクはチタン合金製のようだが、斎藤アイツは俺に何をさせようとしてるんだ?

 

 そんなこんなで何とか潤沢とは言えないまでも遊ぶお金は多少手に入ったのだ。

 もちろんシルバーアクセも継続してるよ?

 最近では何故か母さんの勤務している病院の看護師さん達を中心に大量の注文が入って驚いた。

 一度母さんに頼まれた用事の為に病院に行ったときに、営業がてらサンプルを渡したんだけど、思いの外評判が良かったらしい。

 その他にも少しずつ売れてきてるので売上自体は結構順調に伸びているのだ。

 今月の売上は既に100万近い。

 亜由美は小躍りして喜んでた。

 取り分の2割でも20万以上は確実だからな。

 ただ、殆どがクレジットカード決済なので実際に現金が手に入るのは翌々月なんだよなぁ。

 なので先月分の売り上げが入金される月末まで俺が貧乏なのは未だに変わりなしなのである。

 金が入ってきたらウッハウハだけどな。

 けど今の所持金じゃガソリン代と飲み物代を考えるとそれほど持たないだろうなぁ……

 

 

 まぁ、それはそれとして。

 今日俺がファミレスでドリンクを飲んでいるのは喉が渇いたからでも食事をしに来たのでもない。

 昨夜、茜から相談があるという電話をもらったので待ち合わせをしているのだ。

 約束の時間の10分前に茜は1人の女の子を伴って店内に入ってきた。

 手を挙げるとすぐに気がつき俺のいるテーブルまで来て席に座る。

 

「うっす! 水上も久しぶり」

「お待たせ」

「久しぶり。ご免ね無理言って」

 今の会話で解るとおり、一緒に来た女の子も俺の知り合い。っていうか高校の時の同級生である。

 名前は水上 洋子。

 茜と同じ教育学部の2年生で、俺とは単なる元クラスメートだが茜とは友人関係なのだ。

 今日は茜のではなく、水上の相談事らしい。

 

「改めて、ごめんなさい。急に呼び出したりして」

「別にそれは良いけど、相談って?恋愛ごとだったら俺は役に立てんぞ」

「私はそれほど阿保じゃないわよ。柏木みたいなヘタレの朴念仁に恋愛相談してどうするのよ」

 酷い言われ様だなおい。

 ちょっとばかし身に覚えがあるので反論できないのが悲しいが。

 

「宍戸君とも無関係じゃないんだけど、洋子のサークルの事らしいの」

 茜がそう補足する。

 因みに宍戸ってのは水上の彼氏でフルネームは宍戸健二。俺と茜、水上の高校時代の同級生だ。とはいっても2年の時に同じクラスになっただけで、特別親しいという程では無い。

 まぁ、近くにいたら話をするって感じかね。性格は真面目で良い奴なので嫌いでは無いがな。

 水上とは2、3年が同じクラスで茜と親しいこともあってよく話をしていたから、どちらかといえば宍戸よりもよく話したと思う。

 

「水上って、イベントサークルだったっけか?」

 俺の確認に水上が頷いて肯定する。

 イベントサークルっていうと昨今某私大のサークルがいくつか不祥事、ってか犯罪を起こしてイメージが悪いが、うちの大学のサークルは学祭だけじゃなく地域の祭りでイベントを企画したり、近隣の中学や高校の文化系クラブと連携して県内の養護施設や老人ホームなんかで発表会なんかのボランティアを企画したりするかなり真面目な活動をしている結構評価の高いサークルだったはずだ。


「サークルで何かあったのか?」

「特別大きなトラブルがあったって訳じゃないの。ただ、今年に入って4年の先輩達が引退してからサークル内の雰囲気がおかしくなっちゃって」

 よくわからん。

「おかしいって?」

「前は雰囲気が和気藹々っていうか、先輩ともお互いすごく仲よくて、生き生きしてたんだけど、急に何だかギスギスしてきたって感じで。実際に急に元気が無くなっちゃった娘とか辞めちゃった娘もいるし、先輩の何人か凄く高圧的になったし」

先輩うえがいなくなって調子に乗った先輩がイジメでもしてるのか?」

「かもしれないけど、元気が無くなった娘に聞いても何も話してくれないし、最近健二も様子がおかしくて私にサークル辞めたほうが良いって言ってきてて」


「宍戸と上手くいってないのか?」

「そんなことない!」

 俺の問いを水上は強い口調で否定する。

 おぉぅ。そんなに睨むなよ。

 まぁ、こいつらはバカップルじゃないけど昔から仲良かったからな。

「とすると、宍戸が何か原因を知ってるかもしれないけどってことか」

「それと、最近はサークルで合コンとかダンパの企画なんかもその先輩達がしてて」

 なるほどね。

 有名私大のイベントサークルが犯罪起こしたりしたのもその手のイベントだったから不安になったって事か。


 俺がしばし考えをまとめていると、水上がまだ何か言いたそうな表情をしている。

「他にもあるのか?ホレ!さっさと吐いゲロって楽になりな!ってアダッ!」

「取り調べか!」

 俺のボケに茜が的確にツッコむ。

 その様子を見て水上が少し笑ってバッグから小さな袋を出す。

「この間、健二がその先輩からそれを渡されてて、気になってるの」

 袋は透明なビニール製の小さなもので中には白い楕円形の錠剤がいくつか入っていた。

 俺はそれを手に取る。

「持ってきて大丈夫なのか?」

「同じのがいくつもあったから、多分大丈夫だと思う。……ねぇ、それって何だと思う?」


「錠剤……ねぇ」

「考えたくないけど、ひょっとして……」

 水上はものすごく不安そうな表情で縋る様に俺を見る。

「……俺、コレと同じ物をテレビで見た事あるな。一応調べては見るけど多分間違いないと思う」

「!! 本当?!」

 水上がショックを受けた様だった。


「多分、クエン酸シルデナフィルの錠剤、だと思う」

「……それってどんな薬なの?」

 水上の問いに俺はものすごい言いづらそうに答える。

「Erectile Dysfunctionの治療に使われる薬だ」

 俺の返答に水上と茜が揃ってよくわからないって顔をする。

 うん、ワザと解りにくく言ったからね。

「代表的な商品名は『バイアグラ』所謂EDの治療に使われる」


「へ?」

「え?」

 俺はワザとらしくニヤニヤしながら水上に追撃をかける。

「いや~、あの真面目な宍戸がねぇ。ひょっとして早くも不安があったのかねぇ~」

「そ、そんな事ないわよ!先週だって!って、何言わせんのよ!」

 水上が顔を赤くして反応する。

 いや、揶揄ったのは俺だが知り合いの情事を告白されても対応に困るな。

 

 俺は表情を改めて水上に言葉をかける。

「念のために預かって調べては見るけど、多分先輩達にネタ半分で押し付けられたんじゃないか?宍戸の性格もそうだけど、2年のあのクラス出身でドラックに手を出す奴はそうはいないと思うぞ」

 俺の言葉に水上と茜が揃って嫌な事を思い出した顔をする。

「確かに、あれ見た人が変なクスリは使わないと思うけど」

 茜が言う。

 

 実は高校2年の時の担任に生活指導の一環で麻薬更生施設の資料映像を数回見させられた事がある。

 それがもう並のホラー顔負けの衝撃映像だったのだ。

 禁断症状で暴れたり奇声を上げたり、幻覚で身体を傷付けた映像など、見た生徒がトラウマになるレベルの奴。

 実際に脱法ハーブなんかに興味があった奴もそれから『絶対やらない』とか言ってたくらいだったからな。


「そっか。それなら少しは安心してもいいのかな?」

「でも裕哉、調べるってどうするの?」

「ん?斎藤にでも頼むよ。あいつ結構顔広いからな。確か医大生にも知り合いいたはずだし。まぁ、心配する事無いんじゃないか?」

「わかった。お願いしても良い? そ、それとその薬の内容の事は……」

 水上は少し頬を染めながら言い辛そうに続ける。

「わかってるよ。入手元はバレないようにするから。水上も宍戸に薬の事突っ込まないほうが良いぞ?あいつならその内自分から話すだろうしな。それと、サークルの事もちょっと調べてみるから、そっちはちょっと気になる事もあるから水上も慎重に行動してくれ」

 そう言って俺がサークルの件に言及すると水上も表情を真剣なものにして頷いた。



 その後は3人で雑談をしつつ近況を聞いたりしてから解散した。

 茜もまだ水上と買い物をするとかで一緒に別れた。

「さて、どうしたもんかね。これは」

 俺は止めてあったバイクに跨り、手の中にある預かりものを見つつ独りごちる。

 そして再度『鑑定』を掛けて確認する。

 

 『鑑定』

  名称 ヘブンズ・ドア

   メチレンジオキシメタンフェタミンとトリプタミンを主成分とした

   合成麻薬の一種。

 

 面倒なことになりそうだ。

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