第26話 勇者の夏合宿Ⅷ
その場にいたメンバー全員で移動を開始する。
ただし、それぞれが自分のバイクではなく、4台に2人乗りでの移動だ。
台数が多いと興醒めだとのこと。よくわからん拘りだが、まぁ、8台のバイクが連なって走るのも迷惑になるので良いと思うことにする。
山崎曰く、福島県ってのは古くは安達ヶ原の鬼婆が有名で古今数多くの怪奇が知られる全国でも有数の地域らしい。
……似たような事を言われてる地域は他にいくらでもありそうな気がするが、五月蠅そうなので反論はしない。
そんなこんなで移動を始めて30分程で目的地に到着した。
温泉のある山間の廃墟。
古いホテルの様な佇まいが月の光にうっすらと浮かび上がっていて実にそれらしい雰囲気を醸し出している。
ってか、建物が結構でかい。
崩落とかしないだろうなコレ?
どうやら今回はこの廃ホテルの中を肝試しで散策するということらしい。
事前に山崎からここで起きたと言われる恐怖体験とかの話が語られたが、まぁそれはお約束なのでいいだろう。
夏のお約束イベントの一つとして楽しむことにしよう。
怖がった女の子がしがみついてきたりしたらそれはそれで役得だしね。
そう思っていた時が俺にもありました。
「はぁ……なんで一緒に廻るのが柏木君なんだろうねぇ……」
「あからさまに溜息を吐かれるのは実に不本意ですが、内容には激しく同意します」
俺の隣を歩く章雄先輩が懐中電灯で前方を照らしながら愚痴り、俺が言葉を返す。
そう。
今回参加した8名の内、女子は3名。茜と久保さん、小林だ。
2人がペアになり順に建物内を廻ることにしたのだが、当然男子があぶれる人数の上、くじ引きをしたら茜と久保さんが組になり、小林は彼氏である相川と無事にペアになった。
残りの4名は男同士のペアである。
さすがに彼氏持ちの小林はともかく、普通は物語上、俺と茜か久保さんがペアになるんじゃね?
折角テンプレイベントやってるんだからそこは是非とも王道で行って欲しかったよ。
何が悲しくて男同士で心霊スポット廻らなきゃならんのか……
廃墟内はかなり広く、あちこち崩れたりそこら中に落書きがあったりして、いかにも『THE 廃墟』という感じでかなり不気味だ。
もっとも落書きの内容はかなり間抜けなのが多いが。
廻るのも一組ずつではなく、一組が中に入ったら数分待って次の組が入るという形になっている。
じゃないと中が広すぎて時間が掛かってしまうらしい。
廻るルートはあらかじめ山崎が説明しているので途中で他の人とかち合うこともなさそうだ。
「な、なぁ柏木君。何か話をしながら廻らないか?」
「いや、章雄先輩、ビビるの早すぎっすよ」
「ビ、ビビってなんかないよ? 何言ってるのかな?」
まだ建物内に入ったばかりだというのに章雄先輩が落ち着き無く周囲を見渡したり挙動不審の動きをしながら説得力の欠片も無い言葉を出す。
ちょっとビビり過ぎだが、気持ちは判らないでもない。
夜中というほどの時間でもないが人里離れた場所にある廃ホテルで外灯すら全くない。
聞こえるのは虫の声と建物内を通り過ぎる風の音らしき鈍い音、時折聞こえる先に入ったメンバーの声(時々悲鳴っぽいのも)があるだけだ。
さすがに俺もちょっち怖い気がしないでもないでもない。
「話ねぇ……そういえば章雄先輩って、会長や岡崎先輩と付き合い長いんですか?」
「あ?あぁ、俺が先にサークルにはいたから一応後輩ってことになるんだけど、2人ともあの性格だからなぁ。神崎は最初から自然と先輩達従えてたし、真弓ちゃんはアレだしな。それでもどっちも付き合いづらくはなかったけどな」
…………ぅぅぅぁ…………
「岡崎先輩を『真弓ちゃん』って呼べるところだけは章雄先輩を尊敬しますよ」
「そこだけ?!」
…………ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぅぅぅ…………
「いや、まぁ、岡崎先輩をちゃん付け出来るのは章雄先輩くらいっすよね?」
「かなり引っかかるけど、それはそれとして、真弓ちゃんも割と可愛い所あるんだよ? 特に神崎と一緒の時はかなりデレてるし」
……ぃぃぃぁぁぁ……
「? それって、ひょっとして会長と岡崎先輩って」
「あれ? 知らなかった?」
「本気っすか??」
……ぅぅぅぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……
「うん。しかも高校の時に真弓ちゃんから猛アタックしたって」
「……信じられん」
衝撃の真実!
そもそも岡崎先輩のデレてるところが想像出来ん。
「本当だよ。…………ところでさぁ」
「……何っすか」
「さっきから何か聞こえるような気がするんだけど、気のせいだよね?」
どうやら章雄先輩も気がついてしまったらしい。
俺達が2階に上がってきてから何やらうめき声の様な音が微かに聞こえてきていた。
それも進む毎に声は大きくなり、周囲からは複数の何かの気配が感じられる。
正直に言おう。
めっちゃ怖いです。はい。
いや、だってさぁ、
だから襲ってきたらこちらも応戦するのに抵抗感は無い。
それに対して
怪談や都市伝説でも直接攻撃するとかじゃなくて精神的に追い詰めて取殺すってのでしょ?
海外のと比較してもより陰湿っていうか、生理的恐怖感ってのがハンパないっす。
それが俺達が歩くたびにドンドン強くなってきている感じがする。
そして、
「ひっ!か、柏木君? あれって何だ?」
章雄先輩の指さした方向を見ると、濃い煙のような塊がゆっくりと不規則な動きをしながら漂っているのが見えた。
所謂人魂のようなものだろうか。
周囲を見渡すと他にも幾つも同じようなものが漂っている。
というか、俺達の周りを囲むように回っていた。
『たすけて』
不意に近くから声が聞こえた。
背後を振り返り暗闇に目をこらすと小さな人影が見えた。
子供か?
『あなたたちは誰?』
別の場所からも声が聞こえる。
今度は女の人らしき姿がうっすらと見える。
「何か、ヤバい感じっすね」
「…………」
「とりあえず、走って逃げますか?」
「…………」
俺が章雄先輩に声を掛けても返事がない。
慌てて先輩の顔を見る。
……白目剥いて気絶してました……
さて、どうするか。
章雄先輩はこんな状態だし、担いで逃げることも出来るとは思うが、付いてこられると困る。
それに他のメンバー、特に茜達の所に出られても事だ。
この場で対処してしまうのが一番良いだろう。
幸い目撃者となりそうな先輩は絶賛気絶中だし。
というか、こっちの幽霊にも俺の魔法って効果あるんだろうか。
とりあえず、俺は普段押さえている魔力を少しだけ解放する。
途端に人魂らしきものの動きが激しくなる。
……ということは、こいつらが出てきたのって、俺の魔力のせいか?
気がつけば半透明の人影に周囲を囲まれていた。
攻撃してくるような様子は見えない。ただ囲んでいるだけ。
俺はゆっくりと大きく深呼吸して自分の中にある恐怖心を押さえ込む。
大丈夫。
魔法が通じるなら俺が負ける要素は無い。
幽霊達を改めて見回す。
殆どが無表情で一部に苦しげというか、怒りというか表情を歪めているのもいる。
どちらにせよ、こいつらもこんな所でこんな風に存在していたくは無いだろうな。
俺はゆっくりと、そして大きく魔力を広げ魔方陣を形成していく。
『浄化』
魔法の発動と同時に淡い光が俺達のいるフロアを満たしていく。
そしてその光に包まれた幽霊達は次々と消えていった。
ほんの少し微笑んでいたように見えたのは俺の妄想だろうか。
『ありがとう』
耳元でそんな声が聞こえた様な気がした。
光が消えたフロアはまた暗闇に包まれ、もう他に何も気配は感じなかった。
そこにあるのは俺と章雄先輩とそれぞれが持つ懐中電灯の光だけ。
どうやら浄化に成功したらしい。
さて、さっさと残りのルートを通って外に戻るとしよう。
とはいえ、
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