第25話 勇者の夏合宿Ⅶ
翌日、宿の前でメンバーが集合する。
本日から7日目の猪苗代湖までは昨日までのメンバーと入れ替わり別の面子となる。
まずはリーダーに岡崎真弓先輩。バイクはYAMAHA TDR250。デュアルパーパス(オン・オフ兼用のバイクね)でギヤ比こそ低速向きにはなっているもののレーサーのエンジンをそのまま載せたと言われている初代TZR250と同型の2ストロークエンジンが搭載されている、別名「暴れ馬」と呼ばれたバイクである。オフロードのシートポジションにレーサーレプリカのパワーとか、何考えて作ったんだって問い詰めたくなる代物だ。
まぁ、岡崎先輩に似合ってるっちゃぁ似合ってるんだが。性格的に。
んで、俺と茜は変わらず、4人目が海水浴でも一緒だった相川。バイクはYAMAHA セロー225。
朝食の時に話し合った結果、一応岡崎先輩が先頭、俺が2番目、茜がその後ろで相川が最後尾となった。というか他に選択肢が無い。
出来れば岡崎先輩には最後尾を頼みたかったのだが、本人曰く『メンドいからパス』だとか。予想通りではあるがね。
とはいえ、2ストバイクに前を走られると色々困るので、先頭で且つ少し先に走ってもらう事にしたのだ。
え?意味が判らない?
あのね、2ストのバイクってマフラーから燃焼しきれない生ガスやらオイルやらを撒き散らしてくれるのよ。後ろにいるとソレをモロに受ける事になってしまう。しかも排ガス臭いし。
だから排ガス規制の関係で現在原付以外の2ストバイクは作られていないわけ。
岡崎先輩のTDR250は規制前の2スト全盛の時代のバイクなのだ。それらは一部のバイクマニアにはすごく人気があって中古市場でも下手すれば新車よりも高値で売られていたりするのだが、グループツーリングでは嫌われてしまうのよ。
そんなわけで、実質的に岡崎先輩は単独走行に近い形になってしまう。
まぁ、他にも理由はあるのだけどね。
「んじゃ、出発しますか」
「いや~、柏木がいると楽できて良いな♪」
「言っても無駄だとは思いますけど、リーダーは岡崎先輩ですよ?」
「知らんのか?古今東西リーダーってのは楽をしつつ成果は独り占めして責任は部下に押しつけるのが常識だぞ?」
「そんな常識あってたまるか!」
そういう輩がいるのは確かだがそんなのばかりだったら社会に出る気力無くなるわ!夢も希望もなさ過ぎる。
「まぁ、岡崎先輩はほっておいて、茜は岡崎先輩のライディングを真似しないように」
「そうなの?」
「参考にならん。ってか、下手に真似すると事故る。バイクのタイプも違うから、今の所は俺の乗り方を見て参考にしてれば良いよ」
岡崎先輩の乗り方はほとんどオートレーサーだからな。
「ひゅ~!お前は俺だけを見てろだって!こんな所で口説くのも程々にしろよ?何だったら途中で2時間くらい御休憩しとくか?」
「何時誰がそんなこと言った?!」
いきなり何禄でも無い事言い出すんだこのオヤジババァ。
茜が顔を真っ赤にして俯いている。
「あ~、先輩達?あと残ってるの俺達だけっすよ?」
「まったく、愚図ゞしてっからだぞ?コレだから童貞は。遅くて良いのはアレの時だけだぞ?」
「誰のせいだ!誰の!!それと、セクハラ止めい!!」
いい加減付き合いきれん。
メットを被りバイクに跨る。
岡崎先輩はまだニヤニヤしながらも同様にバイクに跨りエンジンを掛ける。
全員の準備が整った所で先ず先頭の岡崎先輩が発進し、数秒程間隔を空けて俺もバイクを発進させる。
全員が公道に出たところでようやく合宿が再開された。
出だしからコレだよ。
この先本当に大丈夫なんだろうか……
合宿7日目夕刻。
俺達のグループは無事猪苗代湖のホテルに到着することが出来た。
これまでの道程では特別大きなトラブルもなく、心配した岡崎先輩の暴走も特に問題は無かった。
まぁ、途中岡崎先輩が先行して3回道を間違えて合流に手間取ったり、煽ってきた走り屋っぽいバイクと峠でバトったり(もちろん岡崎先輩が)したが、概ね順調なツーリングとなった。
本気で意外だ。
相川と『岡崎先輩がトラブル起こしたらどうやって逃げるか』を話し合ったのが無駄になってしまった。いや、無駄になったのは良いことなんだけどな。
それはともかく、現在は猪苗代湖畔の温泉ホテルである。
ホテル!
実に良い響きだね。
今まで殆ど民宿だったのでホテルというだけでテンションが上がる。
しかも展望大浴場まである。源泉掛け流しの!
偽装でないことを祈るばかりである。
部屋はツインの部屋が5部屋シングルが2部屋である。
これまでは大部屋2部屋に雑魚寝だったことを考えれば素晴らしいほどの待遇だ。
到着した俺達は各々のバイクを点検してチェックイン。
そうして部屋に荷物を置くなり、早速温泉を堪能した。
もちろん混浴じゃないよ。
それにしても、大浴場ってのは何であんなにテンション上がるんだろうね。
もっとも、神崎会長が入ってきた途端全員のテンションが少し下がったが……
身体に見合った随分とご立派なモノをお持ちで……
それでも
全員が揃うのを待ってからレストランへ。
ビュッフェスタイルなので先ずは席を確保して全員が着席する。
神崎会長が挨拶するが無駄な話をしないので内容は極簡潔だ。
道程を労い、簡単な翌日以降の注意事項を確認した後、食事を開始する。
合宿中の大学生の集団。
それは最早飢えた野獣である。
用意された料理を食い尽くさんばかりに群がり、喰らい、飲み、再度群がる。
本来ビュッフェって、食べ放題って意味じゃ無いらしいんだけど、そんなものは大学生に言ってもしょうがないね。
元を取るどころか食い溜めする勢いで食べるは食べる。
女子ですら原価の張りそうな物を中心に食べまくっている。
スタッフの人達の営業スマイルもちょっと引きつり気味である。
というか、他のお客さんがサークルメンバーの勢いに押されてというか、根こそぎ料理を取り尽くしているのであまり食べる事が出来ていないような気がする。
こいつら一体どんだけ飢えてたんだよ。
俺も人のことは言えん。ってか、俺が一番喰ってるんだけどね。
他の男連中もキログラム単位で料理を消費する。
最初は遠慮気味だった茜もみんなの勢いに釣られて他の女子メンバーとデザートを食べまくっている。
絶対に後で体重を気にして後悔するに違いない。
1時間ほどで全員の食事が終わりレストランを後にした。
ホテルスタッフの表情がかなり強張っていたが気にしない事にしよう。
……来年以降はこのホテル使えなくなりそう(断られそう)な気がする。
食事が終わった後は一応自由行動となってはいるが、大部分のメンバーが一つの部屋に集まっている。
理由はといえば、夏の定番、怪談&肝試しである。
やっぱり学生の夏合宿といえばコレは外せないようだ。
借りた中では一番大きなツインの部屋だが8人も入ればかなり狭い。
さすがにこれだけ人口密度が高いと空調が入っていても少々暑いが、怪談をするには丁度良いのかもしれない。
このイベントを仕切るのは経済学部2年の山崎だ。
オカルトマニアでこの手のイベントはやたらと張り切るのだが、大学にあるオカルト研究会には興味がないらしい。理由を聞いたら『オカルトは好きだけどUFOと超能力には興味がない』との事。よくわからんが何か派閥みたいなものがあるのだろうか。
イベントとは言っても単純に怪談ネタのある人が順に話をしてそれが終わったら所謂心霊スポットに行くってだけのオーソドックスなものである。
何人かの怪談が終わり、続いて話し出したのは章雄先輩だ。
「これは俺の知っている人が実際に昔体験した事なんだけど。
愛知県から伊勢志摩を抜けて和歌山にツーリングをしていたときの事だけど、季節は秋頃で既にあたりは暗くなっていたんだ。
友人と2台のバイクで海沿いの道を走っていると、前方にバイクらしいテールランプが見えた。その時は特に気にもならずにそのまま走っていて距離は50メートル位離れていたらしい。ただ、少しおかしかったのは、確かに海沿いの田舎道で外灯は少なくてライトから外れた範囲が見づらかったんだけど、外灯の下を通過したときでもバイクのテールランプ以外は何も見えなかったんだ。バイクもそれに乗っている人の姿も。
それでも、多少は気になったものの特に速度を上げることもなくそのままの距離を保ったまま2人は走り続けていた。
ところがその状態が続いてしばらく走ったときに、確かにテールランプは真っ直ぐに走っていったはずなのに、前方にはほぼ直角のカーブが迫っていた。2人は慌てて急ブレーキを掛けて速度を落とし、何とか事故を起こすことなくカーブを曲がることが出来た。カーブを曲がってすぐにバイクを止めて友人と『間違いなく前のバイク、真っ直ぐ行ったよな』と話したものの周りを見渡してもそれらしき光はもう見ることが出来なかった。
2人は気味の悪さを感じながらもその場をすぐに離れ、先を急ぐことにした。
その後、その日は無事に予約していた宿に到着して、その翌日、来た道を逆にたどって帰ることになっていた2人は前日の件があった場所近くまで戻ってきていた。時間はお昼近くだったかな。バイクの速度を落としながら併走して友人とそのカーブ近くに差し掛かったとき、道路脇の歩道でしゃがみ込んで泣いている女の子が目に入った。周囲にはポツリポツリと民家はあったものの、他に人影は見あたらない。友人はすぐにバイクを寄せて止まり、もう1人もそれに続いた。
2人はバイクを降りてその女の子に声を掛けたんだ。もう既に結構肌寒い季節になっていたのにその子は薄手の半袖の姿だったけど、その時は疑問を感じたりしなかった。友人は『どうしたの?転んだ?お家の人は近くにいるのかな?』そう聴いたが女の子は泣いているばかり。途方に暮れた2人が顔を見合わせていると、急に女の子が手で顔を覆いながら立ち上がった。
2人が改めて女の子を見ると、その子は顔を俯かせたまま海の方を指さした。そして、『あっち』と言葉を出す。そこでその方向を見ると、そこは前日のカーブのある場所だった。2人は背中が粟立つのを感じながら、視線を女の子の方に戻すと、そこには誰もいなかった。
ほんの2、3秒前にはいたはずの女の子の姿は何処にもない。慌てて周囲を見渡してみても姿は見えなかった。もちろん身を隠す場所も無い。
2人は確かに今目の前で女の子の姿を見て声を聞いていた。それなのに。
『今のは何だったんだ』そう思いながらも声に出すことは出来なかった。2人はそのまま急いでバイクに戻るとその場を後にした。それしかできなかった。
地元に戻った後、2人で色々と話をしたけど、結局、夢ではなく現実だったということ以外解ることは無かった。あえてその場所で何があったかなんて調べようもなかったしね。
これで俺の話はおしまい。
あ、ちなみにその2人の乗っていたバイクはYAMAHA RZ350RRとSUZUKI RG400
いや、最後のバイクの車種の情報いらなくね?
話自体は上手いけどさ。
「章雄先輩、話上手いっすね~。ちゃらいのに」
「ホントホント。見た目はちゃらいのに」
「いや、あのさ、最後にチャライってつけるの止めてほしいんだけど」
章雄先輩が若干凹みながら皆の感想に答える。
だってしょうがないじゃん。ちゃらいし。
とりあえず他の人の怪談も一通り終わったようなので、次は俺が話をすることにする。
「さて、それじゃぁ…」
「んじゃ、そろそろ肝試しに出発しようか」
「って、ちょい!」
俺が話をしようとした途端に山崎が邪魔をした。
折角俺の番だと思ってたのに何しやがる。
文句を言おうとした俺に山崎がジト目で応える。
いや、男のジト目なんざ何処にも需要はないと思うぞ。
「どうせお前の事だから、禄でもない話をして場を盛り下げる気だろう?」
「随分と失礼な評価だな。おい」
「去年は『恐怖の味噌汁』と『悪の十字架』だったか?使い古されたネタで遊びやがったのは誰だ?」
「いや、今年は別の話をだな」
「だったら、どんな話をしようとしたんだ?」
「饅頭が怖くて仕方がない男の話を」
「落語じゃねーか!!」
いや、だってさ、みんなが真面目に怪談とかしてると茶化したくならない?
「はぁ。もういいや、みんな移動するよ」
山崎はそう言うとメンバーを促して移動を開始した。
ちぇ。
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