第24話 勇者の夏合宿Ⅵ
俺が今いるところは旅館の屋根の上である。
認識阻害の魔法を使っているのでまず見つかることはあるまい。
土地勘の無いところで夜にフラフラしているわけにもいかないので、屋根瓦の上に腰掛けて
あの後、それとなく海の家の人に聞いたところ、あの連中は近隣でも有名なロクデナシ共で、何度も暴力行為や恐喝、女性に対しての強制わいせつ等の問題を起こしているらしい。
警察に捕まっても未成年の為、すぐに出てきてしまうので地域でも相当迷惑しているとか。
それを聞いてまったく遠慮の必要が無いとの判断を下す。
ってか、元々遠慮なんざするつもりはないけどな。
どうせ明らかになっていない犯罪行為もあるだろうし。
とはいえ、連中を直接殴り飛ばしても大して意味は無いだろうし、万が一誰かに見られでもしたらサークルのメンバーに迷惑が掛かる。
ので、別の方法を使うことにする。
実はあの時こっそりと連中に魔力でマークしておいたので既に居場所は確認できている。
あの時点で許す気なんて欠片も無かったからな。
「キュゥ」
座っている俺の膝の上にいる奴が鳴いて準備が整ったことを教えてくる。
見た目は真っ白な尻尾の短いアルマジロ。
その正体は俺の3番目の召喚獣である『タマ』だ。
『ウィルガ』という種の魔獣でその特徴は外見以上の耐久性で、物理・魔法攻撃をほぼ全て無効化してしまう外殻を持っており、その強度は龍種を優に超えるらしい。普通に触る分にはスベスベフニョフニョしてて柔らかいのだが。
もっとも代わりに攻撃力は子猫並しかない。
性質は極めて温和しく草食で人畜無害。
さらに知能も高く発声器官の違いで言葉を話すことこそ出来ないが、こちらの言葉はきちんと理解している。
とんでもなく長命な魔獣でそのせいかほとんど繁殖せず、レイリアですらほんの数度見たことがある程度らしい。
ただ、俺が従魔にしたのは、その最大の特徴として周囲の鳥や小動物、虫などを使役し操る事が出来、更に使役した生物の五感を同調することも出来る点にある。
タマ自身では有効範囲は半径数十メートル程度しかないが、俺の魔力を与えることで半径十数キロまで有効範囲を広げることができる。
さて、準備も整った事だしそろそろ始めるとしようか。
ああ、勿論、殺したり怪我させたりはしないよ?
盛大にトラウマを負ってもらうだけで。
「んじゃ、おしおきだべぇ~~!」(故 滝口順平さん風に)
「よし、タマ。頼むぞ」
「キュィ!」
俺はタマの使役能力の一つである感覚同調で、事前に見張りをさせていたドブネズミ君と視覚・聴覚をリンクさせる。
強烈な違和感と共にぼやけた画像と鮮明な音声が脳裏に再現される。どうやらネズミ君は聴覚が相当鋭敏でかなりのド近眼らしい。
これを俺の魔力で強化、調整していく。
程なくして違和感の無いレベルの画像と音声が届くようになった。
画像から判断すると貸倉庫の中に連中のたまり場が出来ているようだった。
その中に5人ほどの若い男達が何かを飲みながら話をしているのが見える。
『ったく、今日は全然ダメだったよなぁ』
『何人かは良いのがいたんだけどな~!』
『オマエは胸揉んだから少しはマシじゃね~か』
『ああ、あの大学生っぽいグループはよかったよな!』
『後から筋肉ゴリラと殺し屋っぽい奴が来なかったら一気に掠えたかもしんね~よな~!』
『いや~、アレはヤバくね?』
イラっと来た。
大体、殺し屋っぽい奴って、もしかして俺の事か?
猛烈に失礼な連中だな。
絶対許さん!
ネズミ君の視線を倉庫の外側に移動して状況を確認する。
倉庫の入口前に人くらいの大きさの黒っぽい『何か』がある。
形は蟻塚か出来の悪いトーテムポールみたいで、中央に紙が張り付いている。
アレが今回のメインだ。
あの紙は魔法紙といって、特殊な素材を特別な方法で加工して作られる魔法を込めることが出来る紙である。
今回はあの魔法紙に『幻影魔法』を込めてあり、あの紙が貼り付いている物が『非常に魅力的な女性』に見えるようにしてある。もっとも有効範囲は狭くて精々10メートル位しかないが、場所を考えれば問題無いだろう。
何故そんな事をしたかというと、単に連中が痛い目を見ても単に喧嘩に負けたとしか考えなければこれからも同じ事を繰り返すだろうから、きっちりと女性を見たら逃げたくなるようなトラウマを植え付けるようにするためである。
そのトラウマの元は紙を貼り付かせたままゆっくりと移動して入口のドアを叩いた。
うん、魔法が効いていない状態で見るとかなり気持ち悪い。
俺は気を取り直して視線を男達に戻す。
『しゃ~ね~な、こんな事しててもつまんねーし、街行って女でも拉致って…』
コンッコンッ
『あん?誰だ?』
男の一人が音に反応して扉に近づく。
そして、大して警戒する様子も見せずに開けはなった。
ってか、この警戒心のなさ、こいつら自分達のやってることわかってんのか?
『あ?なんだアンタ?俺らに何か用か?』
扉を開けた男が一瞬惚けた後、気を取り直した様に声を掛ける。
どうやら幻影魔法は問題なく掛かっているようだ。
『なに?カノジョ俺達のとこ遊びに来てくれたの?』
『そんなところに立ってないで入りなよ』
『そうそう!こんな所だけど歓迎するぜ』
男達は口々に招き入れようとする。
口調は明るい若者を装ってはいるが、下卑た目は隠しきれていない。
何を期待して何をしようとしているのか実に分かり易い。
まぁ、段取り上そう来てくれないと困るので好都合ではある。
黒っぽい塊は無言で倉庫内に入る。
男の一人が扉を閉めて鍵を掛けたようだ。逃がさないためだろうご丁寧にチェーンまで掛けている。
『いいのかなぁ~?こんな所に女の子が1人で来て』
『大丈夫だよ?俺達優しいからサ、気持ちいい事しようぜ』
男達が全員で周囲を囲んでニタニタと笑いながら話しかけている。
最早繕う気すら無いらしい。
同じ男である俺から見ても醜悪としか思えない。
というか、俺の目には黒い蟻塚に話しかける痛い人達にしか見えないが。
いい加減男なんざ見ていても楽しくないし、そろそろ頃合いだろう。
男達の目には『女性』にしか見えていないであろう塊が俺の合図を受けて突然弾ける。
『え?あ?』
『な?!ギャ~~~~~!!!』
『な、何だよコレ?』
『う、うわぁぁぁ!』
男達はいきなりはじけ飛んだ物を見て一瞬何が起こったのか理解できずにその場で固まる。
そして自分達の顔や体に付いたモノを見て悲鳴を上げた。
それは夥しい数の虫の様な生き物だった。
数にして凡そ数万匹はいるであろう生き物。
等脚目ワラジムシ亜目フナムシ科のフナムシくん軍団である。
このフナムシくん、皆さんもご存じだろう、あの磯やらテトラポットやらにいる恐ろしく素早く動くゴ○ブリみたいな奴だ。外見は近頃人気のダイオウグソクムシに似ていなくもないが全くの別系統の種である。ちなみに水中で呼吸は出来ず、海に沈めると普通に溺死するらしい。通称『海ゴキブリ』
知り合いにコレを好んで捕まえて釣りの餌にする人がいるけど、良くできるものだと感心する。
俺には無理だ。
『ひ、ひぃ~、く、来るな~~!!』
『うわ!あぁ!!』
男達は完全にパニックになっている。
体中に無数のフナムシが這い回っていれば無理もない。
ってか、見てるだけで俺まで体中がムズムズして気持ち悪い。
逃げようにも扉にも床にも窓にも大量のフナムシが蠢いているのでそれを突破しないと出るに出られない。
おまけに男達自身が扉に鍵とチェーンを掛けてしまっているので簡単には開けることすら出来ない。
うわぁ、シャツやハーフパンツの中にまで入って行ってるよ。
正にリアルホラーの世界だ。それもアメリカンのやつ。
時間にして5分位だろうか。
そろそろ俺も気持ち悪さに耐えきれなくなってきた頃、男達は精神が限界を迎えたのだろう次々と気を失っていった。
ほぼ全員が失禁している。
2人ほど具のほうも出してしまっているみたいだが、まぁ、死んでないし気にしない事にしよう。
視覚と聴覚しか同調してないから臭いはわからないし。
我ながらえげつないと思わないでもない。
後悔も反省もしないがな。
ご協力いただいたフナムシ君達にはご退場いただき、元の住処に帰ってもらう。
扉やシャッターの隙間から十分出られるので問題はなさそうだ。
男達?もちろん放置ですが、何か?
フナムシたちの撤収を見届けてからタマとの同調を切り立ち上がる。
「タマ、お疲れ様。ありがとうな」
「キュゥ?キュイ!」
タマが俺に返事をして甘えるように頭を擦りつけてくる。
実に可愛い。
このまま家に連れて帰りたいが、そうもいかないだろうなぁ。
名残惜しいが再会を約して送還する。
そして周囲を確認してから屋根から飛び降りて宿に入った。
「お~!ようやく戻ってきたか!」
宿に入るとロビーで岡崎先輩が待っていた。
手にワンカップを持って。
「岡崎先輩?どうしたんスか?」
「どうしたじゃね~よ。テメェもめ事起こしてないだろうな?」
なるほど。昼間の事はあの場にいなかった人にも連絡してあったから俺が連中に喧嘩吹っ掛けでもしたのかと心配したのか。
「ちょっとその辺ブラついてただけっすよ」
「まぁいいか」
いいのかよ。
相変わらずいい加減な人だ。
ってか、酒臭ぇ。
「俺の事より大丈夫なんすか?そんなに飲んで。明日二日酔いでも知らないっすよ?」
「ハン!これくらいの酒が残るわけねぇだろ」
「いや、アンタ昼間っから飲んでたじゃん」
「あぁ~?口うるさい小姑か?小せぇのは股間だけにしとけ」
「このセクハラ酔っぱらいが!脳味噌湧いてんのか!」
男に小さいとは何事か。
「テメェ!ちょっと下半身新品だからって偉そうにしてんじゃねぇ!」
ちょっ!テメ!言うに事欠いて何て事言いやがる。
ガン!
俺が言い返そうとすると、頭に衝撃が。
大して痛くは無いが頭は冷める。
見ると岡崎先輩も頭を押さえて悶えていた。
「ロビーで何を騒いでいる!」
いつの間にか来ていた神崎会長が静かに怒鳴る。
声は小さいが威圧感はハンパない。
「す、すいません」
「いっつぅ!竜吾、少しは加減してくれよ」
岡崎先輩はあんまり反省していない。
というか、この人が反省するところなんて俺は見たことが無いが。
「柏木、明日から予定通り班編制を変更する。お前の班は真弓が率いる。工藤は引き続きお前がフォローしろ」
「げ!本気っすか?」
「何だよ。アタシじゃ不満か?」
「……不満と不安しか無いっすよ」
「まぁ、細かい事は任せるからテキトーに頼むわ」
「言ったそばからソレっすか」
俺は大きく溜息をついて渋々了承する。
拒否権ないし。
「柏木も真弓も疲れを残さないように早めに休んでおけ」
「うぃっす」
「はぁ、わかったよ」
神崎会長はそれだけ言うと部屋に戻っていった。
俺と岡崎先輩も顔を見合わせて苦笑いを浮かべるとどちらからともなく解散となった。
一つ事が済んで多少気は晴れたが明日以降の事を考えると気が重い。
何とかこの後は最後までトラブルが無ければ良いのだが。
そこはかとなく不安を抱えながら、早めに寝ることにする。
あ~、そう言えば茜のケアが不十分だった気がするが、蒸し返すのもどうかと思うし、どうしたものやら……
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