第22話 勇者の夏合宿Ⅳ

 少しゆっくりなペースで蓼科のドライブインに到着し、待っていた会長以下サークルメンバーと合流することが出来た。

「随分遅かったが、何かあったのか?」

 神崎会長の問いかけに章雄先輩が先程の件を説明する。

「そうか。何にしても怪我が無くて何よりだ。工藤、大丈夫か?」

「は、はい。大丈夫です。ご迷惑をお掛けしました」

「構わん。その程度迷惑には入らん。みんなと食事をしておけ。それと、柏木は話があるからちょっと来い」

 げ!

 会長の言葉に焦る。

 茜が心配そうな顔で俺を見ている。

「大丈夫だから先にメシ喰っててくれ。単なる打ち合わせだから」

 俺は茜にそういって誤魔化すと、会長に付いていく。

 

 結論から言うと、ガッツリ怒られました。

 フォローが遅れた事もそうだけど、何より2台同時操作は危険すぎると。

 まぁ、当然のことなので俺も反論はない。

 今回は偶々上手くいったが、絶対ではないからな。

 まして、俺の能力のことは誰も知らないわけだし、俺もこの能力に頼りすぎるつもりはない。

 素直に反省することにしよう。

 会長の説教が終わり俺も食事を済ませる。

 

 特に他に問題はなかったようで、後は宿泊地までそれぞれのグループ毎にツーリングを継続する。

 それからは特に危ないことも無く、無事に安曇野の民宿に到着した俺達は点呼が終了した順にバイクの点検を行い、その後チェックインを済ませる。

 部屋割りは男子が7人なので2部屋、女子が1部屋となる。

 各自風呂を済ませて浴衣に着替えようやく待ちに待った食事である。

 大広間が食事場所になっているらしく、中に入ると既に準備が整っていた。

 名物の山葵菜とわさび漬けもある。

 実に美味そうだ。

 

 広間で食事を取りながら本日の反省会(という名の宴会)をしながら談笑する。

 普段はサークルで飲み会みたいなものは殆どしない(みんな移動手段がバイクだからね)ので泊まりがけのツーリングの時は必ず宴会に突入する。

 特に仲が悪いメンバーとかも居ないので適当に数人で集まりながら酒を飲み交わして居る。勿論成人していないメンバーはジュースorお茶である。

 そこら辺は神崎会長が非常に厳格に仕切っている。

 というより、他の2人の3年が緩すぎるからね。

 今も岡崎先輩は浴衣で胡座をかきながらワンカップ片手にスルメ齧ってるし。

 造形は美人なのに色々残念な人だ。昭和のおっさんかよ。

 章雄先輩は女の子達に酌をして回ってる。マメな事だ。ってか、パシらされてないか?あれ。

 

 

 食事も終わり、みんなが単にだべっているだけの状況になったタイミングで、俺は茜に声を掛けて一緒に外に出る。

 民宿の外は入口を離れると外灯も少なく、晴れた空には満天の星が綺麗に見える。

 思わず目的も忘れて見入ってしまった。

 暫しの後、気を取り直して茜に向き合う。

 何故か茜の顔が赤い。飲み過ぎたか?

「茜。俺のフォローが遅くなったせいで危ないことになった。悪かったな」

 俺がそう言うと茜は慌てたようだ。

「そんなことない!私が裕哉の注意を守れなかっただけで、こっちこそご免なさい。

あ、あと、助けてくれてありがとう。裕哉が居なかったら多分怪我じゃ済まなかったかも」

「いや、後から考えるともう少しやり方あったかもって思う。どちらにしても茜が事故らなくて良かったよ」

「う、うん。アリガト」

 何か、二人きりでこんな会話をしていると物凄い照れる。

 薄暗くて見えないのでまだいいが、多分俺の顔は赤くなってる気がする。

 とはいえ、茜を連れて外に来たのはそのことだけじゃなくて、茜に渡したい物があるからだ。

 

 俺は浴衣の懐から小さな箱を取り出して茜に渡す。

 茜は不思議そうな顔をしながらそれを受け取る。

「何?これ」

「あ~、なんだ、茜来月誕生日だろ?ちょっと早いけどプレゼント代わりだ。俺が最近シルバーアクセ作ってるの知ってるだろ?」

「し、知ってる。亜由美ちゃんが裕哉の作ったネックレス自慢してたし」

 亜由美の奴そんなことしてたのか。

「でだ、茜の誕生日プレゼントにって作ったんで、手作りの安物だけどな」

「いいいいいの?」

 いが多い。

「ああ。気に入ると良いんだけどな」

「ありがと。開けて良い?」

 俺が頷くと茜は恐る恐るという感じで小箱を開ける。

 中には翼を広げたフクロウが大きな青い石を抱えているデザインのネックレスが入っている。

 あんまりリアルにならないように少しデフォルメされた可愛らしいデザインにしてある。

 実はコレ、この間のテロ事件の後、何かあった時のためにいつもの『健康維持』と『疲労回復』に加えて、危険が迫ったときに自動発動するように調節した『障壁』と『治癒』の魔方陣を付与してある。その為に金属部分は全部ミスリルで石は魔石よりもより大容量・高濃度の魔力が込められた神結晶を使用した。この神結晶、魔素の濃い場所で極稀に採掘される物でほんの小さな結晶で屋敷が買えるほどの値段で取引されているらしい。ひょんな事でいくつか手に入っていたのをマジックボックスに放り込んであった。

 同様の効果を持ったアクセサリーは亜由美にも既に渡してあり、気に入ったらしくいつも身につけているのでちょっと安心している。

 茜にも早く渡しておきたかったのだが、彼氏でも無い男がいきなりこんな物プレゼント出来るわけが無く、丁度8月に茜の誕生日があるのでそれに併せて渡すつもりだった。

 そんなこんなで渡しそびれている内に今日の事故未遂だ。

 またいつ今日みたいな事があるか判らないから早めに渡しておきたいと思って外に連れ出したのだ。

 

「可愛い!コレ本当に裕哉が作ったの?いいの?」

「お、おう。出来れば身につけてくれると嬉しい」

「……うん。大事にするね」

 茜はそれを手のひらに包み込むと胸に抱きしめるようにした。

 喜んでもらえたようでほっとする。

 茜はもう一度ソレを繁々と見やると箱から取り出し身につける。

「ど、どうかな?」

 何コレ。すっげぇ恥ずかしい。

 それに、身につけたネックレスを見せるために開いた胸元がエロ過ぎます。

 思わず凝視しそうになった視線を無理矢理外し、誤魔化そうと息を吐くと周囲に複数の気配を感じた。

 何やらボソボソと声も聞こえる。

「よし。もうちょいで柏木が工藤を押し倒すぞ」

「いや、工藤先輩が柏木先輩にキスするんじゃないですか?」

「いや~、柏木君結構ヘタレだからねぇ。工藤さんから押し倒すんじゃないか?」

 ……何してんだアイツら。

 見ると、物陰に岡崎先輩と章雄先輩それに久保さんがこちらを覗いている。

 茜もそれに気がついたようだ。

 顔を真っ赤にして俯き震えている。

 こ、これはマズイかも……

 

「皆さん。な・に・を・し・て・い・る・ん・で・す・か・?」

 茜が俯いたまま底冷えするような低い声で問いかける。

「い゛?いや、柏木君が工藤さん連れて外に出たのが見えたからどうしたのかな?って気になって……」

 章雄先輩が顔を引きつらせながら弁明する。

 久保さんも引きつった笑いを浮かべながら何度も顔を上下に振る。

 岡崎先輩の姿は既に見えない。素早すぎる。

「心配していただいてありがとうございます。少しお話があるのでお二人とも付き合っていただけますか?いいですよね?」

「か、柏木君?工藤さんが怖いんだけど?」

「せ、先輩?ちょっと何とか取りなしを!」

 助けを求めるかのような二人に俺はニッコリと笑みを浮かべながら、親指を立ててソレを下に向ける。

 それを見て絶望的な表情を浮かべた二人が茜に襟を掴まれて引き摺られて行った。

「く、工藤さん!ごめん!謝るから!!」

「先輩!私はただ章雄先輩と岡崎先輩に連れてこられて!!」

「ちょっと?久保さん?それは無いんじゃない??」

 とうとう久保さんが先輩達を売るが今の茜には通じない。

「うぎゃ~~~~」

 何やら太った猫が潰れるような声が聞こえた気がするが、気にしないでおこう。

 

 

 翌朝、ゲッソリとした章雄先輩と久保さん、まだちょっとむくれている茜も広間で朝食を取り、準備を整える。

 神崎会長の点呼と今日の予定の確認が終わり各自チェックアウトを済ませる。

 それからバイクに各々荷物を積み込みつつタイヤやブレーキ、エンジン周りやチェーンなどの点検を行う。

 新しいバイクでも当然点検は必要なのだが、メンバーの中には数十年前に生産されたバイクもあるのでメンテナンスは重要なのである。

 各グループでルートと休憩場所の確認が終われば今日のツーリングスタートとなる。

 ちょっとお疲れ気味の章雄先輩が俺達に声を掛ける。

「えっと、今日もポジションは昨日と同じで。工藤さんも動揺があるかもしれないので何かあれば直ぐに合図するように。それじゃぁ出発しよう」

「うい~っす」

「わかりました」

「うぅぅ工藤先輩怖い」

 一人何やら違う返事をしているな。

 まぁ、とにかく合宿2日目スタートだ。

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