第21話 勇者の夏合宿Ⅲ

 エンジン音を響かせながら俺を含めた4台のバイクが連なって走る。

 走り始めて30分程で市街地を抜け周囲は長閑な田舎の風景に変わる。

 それと同時に体を通り抜ける風が涼しいものになっていく。

 この感覚はバイクならではだと思う。車だと例え窓を全開にしていてもこれほど風を体に感じることは出来ないし、自転車では速度が遅すぎて急激に変わる風の変化が判らないだろう。まぁ、自転車競技の選手とかなら違うのかもしれないけどね。

 俺はこの風が体を通る感覚が一番好きだ。

 汗でグショグショになっていた服が一気に乾いていくのが気持ちいい。

 真夏の市街地でバイクは死ぬけどな。

 

 俺達は先頭に章雄先輩、その後に茜が、そして俺と久保さんが続く。

 こういったグループでのツーリングの場合、先頭が全体のルートやペースをコントロールして、最後尾が後続車両へ気を配りながらポジションを整えていく。本来なら最後尾は俺がやるべきなのだが今回は茜のフォローがあるので久保さんにお任せである。

 久保さんは1年とはいえ、高校1年の時からバイクに乗っていたらしいのでキャリアとしては俺と殆ど変わらないし、存在感のある大型バイクボンネビル790なので適任ではある。

 流石、会長の采配だ。

 俺は茜に気を配っているが、ライン取りに若干の不安はあるがとりあえず今のところは練習の甲斐もあって安定していて問題なさそうだ。

 

 

 秩父を抜けると本格的に山道に入る。

 出発してから約2時間が経過したところで章雄先輩の指示で途中のコンビニで小休止をとる。

 俺は軽く伸びをしてから茜に話しかけた。

「どうだ?初のグループツーリングは?」

「う~~、まだ楽しむ余裕はあんまり無いかも。でも気持ちいい!」

「この辺まではこの間も来たばかりだから大丈夫だろ? でもこれから先はコーナーも多いからライン取りは気をつけてな!特に初心者は右コーナーでIN側に寄りすぎる事が多いから、対向車がオーバーしてくると危ない」

「うん、気をつける」


 俺が茜に注意事項を話していると飲み物を買ってきたらしい章雄先輩と久保さんが戻ってきて冷たいお茶を渡してくれる。

 ホント章雄先輩って気が利くよな。なのになんでモテないんだろ?

「柏木君、また何か俺の悪口考えてない?」

 なぜバレる。

「工藤さんもお疲れ様。見た感じ大丈夫そうだったけど、何か気になる事とか無い?」

「章雄先輩ありがとうございます。そう言えば少し気になったんですけど、時々すれ違うバイクの人でピースする人がいるんですけど、あれって何ですか?」

「あ~、あれは、昔からバイク乗ってる人に多いんだけど、昔はバイク乗り同士はすれ違う時に挨拶するのが当たり前だったらしいんだよね。だから今でも偶にそういう人がいるんだよ。俺も相手がしてきたら返すようにしてる」

 俺の父さんの時代は皆していたらしいってのは聞いた。

 面白い文化だから今でもすればいいのにって思うけどね。

 でも、自分からするのはちょっと勇気がいる。だって無視されたら凹むじゃん。

「工藤さんももう少し運転に慣れて余裕ができたら返してあげてみたら?」

「そうですね。そうしてみます」

「んじゃそろそろ再開しますか。次は蓼科で他のメンバーと合流して昼食だからそこまで一応ノンストップだけど、トイレとか何か違和感を感じたら直ぐに合図すること!」

「「「はい」」」

 章雄先輩の言葉でツーリングが再開する。

 

 メルヘン街道(ほんとにそういう名前が付いてる国道299号線があるのよ)を走り八千穂まで来ると流石にカーブが多くなりRも急になってくる。

 俺はあまり茜に接近しすぎないように距離を保ちながらその挙動に注意しつつバイクを走らせる。

 やはり右カーブの時にセンターに寄りすぎているのが見える。

 一度止めて注意した方が良いかもしれないな。

 俺がそう考えて登りが終わった頃に章雄先輩に合図をしようと考えているその時にそれは起こった。

 

 前方の章雄先輩の姿がカーブの先に見えなくなった直後、トラックがセンターラインを大幅に超えて曲がってきている。

 位置的に確実に茜のラインとぶつかる。

 俺は咄嗟に茜が回避行動を取れないと考えて、トラックの前方に斜めに『障壁』を展開して強制的に進路を変更させる。

 同時にギヤを落としスロットルを全開にする。

 更に『風魔法』を追加して一気に加速。茜の横に並ぶ。

 案の定、茜は状況が理解できず固まってしまっているが、既にカーブに進入している状況でこのままだと曲がりきれずに突っ込む。

 

 危険だがちょっと無茶をするしかない。

 俺は茜の直ぐ側に寄ると左手で400Xの右ハンドルを茜の手ごと掴むとスロットルを開けながら強引に車体を右に倒す。

 万が一転倒した場合は茜を抱えていつでも後ろに飛べるようにしながら、腕力とアクセルワークで2台のバイクをコントロールする。

 くそったれ!思った以上に難しい!

 力と繊細さを左右別々に要求されるって、どんな曲芸だよ!

 ステータスのお陰で反射神経と動体視力はついていけてるが、難しいものは難しい。

 それでも何とかカーブを抜けて直線に入った所で左に寄せて止まる。

 カクン!

 あ、2台揃ってエンストした……

 

「茜!大丈夫か?」

 俺はとりあえず自分のバイクを少し前に出して左に寄せて降りつつ茜に声を掛ける。

「え?あ!う、うん」

「一旦バイクから降りてみろ」

「わ、わかった、って、痛ッ!」

 俺の言葉にバイクを降りた茜が右手を押さえる。

 あ、400X操作するのに茜の右手ごと結構な力で握ってしまったから痛めたか。

「ちょっと見せてみ」

 そう声を掛けて茜の右手のグローブを外す。

 手の甲が赤くなっていて、手首に少し腫れがある。

 俺は素早く魔法で診断すると手首の筋と間接が炎症を起こしていた。

「悪い。ちょっと力入れすぎたかもしれない。痛むか?」

 バレないように『治癒』を掛けながら茜の視線をそらすために話しかける。

「あ、うん。少し痛かったけど、だいぶ良くなったから大丈夫」

 俺が茜の手を取り赤くなった部分を包み込む込むようにマッサージをして(端からはそう見える)いると茜の顔が赤くなっているのがフルフェイスのヘルメット越しにも判る。ってか、首まで真っ赤になっている。

 あの~、茜さん、そんなに赤くなられると俺まで恥ずかしくなってくるんですけど……

 

「あの~、先輩。こんな所でいちゃつかれても困るんですけど、そろそろこっちに戻ってきてもらえないですかね~」

「うお!」

「うひゃぁ!!」

 突然掛けられた久保さんの声に俺と茜が飛び上がる。

 そういえば他にも居たんだ。

 完全に意識から抜けてたよ。

「柏木君。ちょっと2,3発殴らせてもらってもいいかな?」

 章雄先輩が何やら据わった目で危険なことを言ってくる。

「ちょ、ちょっと章雄先輩目がマジっすよ」

 章雄先輩、そこまで追い詰められてるんですか?

「うん。この迸る殺意を鎮めるために、一度死んでくれないかな?」

「殺意鎮めるために殺したら鎮める意味無いっすよ!」

 そうして始まったいつもの掛け合い。

 久保さんも呆れたように俺と章雄先輩を見ている。

 

「ま、まぁ、事故らなくて何よりだよ」

 章雄先輩が気を取り直したように言う。

「ですよね~。柏木先輩凄かったですね。どうやったらあんな事出来るんですか?」

「いや、無我夢中でやっただけだよ。もう一度やれって言われても無理!」

 久保さんの賞賛に苦笑いをしながら答える。

 実際もう二度とご免だ。心臓に悪すぎるし、今回は茜が完全に茫然自失して俺の動きに抵抗しなかったから上手くいったけど、同じ事をする自信は欠片も無い。

 ってか、今回はIN側に寄りすぎる茜のフォローを事前にしておかなかった俺のミスだ。

 本当に事故らなくて良かった。

 

 俺達がそんな遣り取りをして仕切り直そうとしていると、

「手前ぇら!どうしてくれるんだ!!」

 そんな怒鳴り声を上げながら柄の悪そうなオッサンが走り寄ってきた。

 誰だ?あれ?

 そんな俺の疑問を感じたのか久保さんが教えてくれた。

「先輩達を避けた後、あのトラック山側に突っ込んで事故ったんですよ」

「あ~なるほど」

 疑問は解消したが、俺からしてみれば『それがどうした?』って感じなんだが。

 そうこうしている内にそのオッサンが俺達の目の前まで来て一番手前にいたからだろう俺の胸ぐらを掴んで大声でがなり立てる。

「このクソガキ!配送中なのに責任とってくれんだろうな!!」

「あ゛?」

 なに言ってんだこのボケ。

「あ?ヘタクソな運転で対向車線走って人を事故らせようとした挙げ句、勝手に自爆したバカが俺達に何だって?」

 トラックが事故ったのは俺の『障壁』で強制方向転換させられたせいだろうが、勿論それは言わない。ってか、知ったこっちゃ無い。

 俺は胸ぐらを掴んだオッサンの手首を骨が軋む位の力で握りながらメンチを切る。

 うん、我ながらチンピラっぽい。ちょっと楽しい。

 握られたオッサンの手が紫色になるのに比例して顔色も白くなってきた。

「う、うぐぁ、い、いや、その」

 何を言ってるのか判らないので手を放してやる。


「で?オッサンのせいで事故りそうになった俺達に、まさか何か文句とか言うつもりじゃないよな?」

 俺は茜が事故りそうになった怒りを込めてピンポイントで殺気を叩き付ける。

 さっきは本当に危なかったからかなり本気の威圧だ。

「い、いえ、スミマセンでした」

「あ゛?それだけか?ん゛?」

「か、柏木君?それくらいでいいんじゃないかな?」

 俺のガラの悪い返答に章雄先輩が横から取りなす。

 というか、章雄先輩さっきの威勢はどうしたんですか?ヘタレっすか?

「先輩。今はそれくらいにして、先に進んだ方が良いんじゃないですか?この人は後で父に叱ってもらいますから」

 ん?どゆこと?

 俺の疑問はみんなの疑問らしい。

 みんな不思議そうに久保さんを見る。さっきから真っ青ガクブルのオッサンもだ。

「トラック見るとどうやらうちの会社の従業員みたいですから」

うちの会社?」

「言って無かったでしたっけ?父は会社経営してるんです」

 そう言って久保さんが出した企業名は非上場ながらそれなりの規模の会社だった。

 トラックにそのグループ会社のロゴが入っていたらしい。

 なるほど久保さん良いとこのお嬢さんだったのね。

 それを聞いたオッサンはもう死にそうな顔してるが、コレはほっとこう。

 

「と、とりあえず、ツーリングを再開しようか」

「そうっすね。このバカは久保さんにお任せするよ。茜ももう大丈夫か?」

「はい。今回の事はきっちりと父に伝えておきますので」

「わ、私も大丈夫」

 章雄先輩の提案に全員が同意し、バイクに跨る。

「工藤さんは動揺を引き摺らないようにして。ペースは少し落とすから」

「は、はい」

 茜も一度大きく息を吐いてセルを回す。

 そして章雄先輩を先頭にツーリングが再開された。

 

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