第20話 勇者の夏合宿Ⅱ

「おい、どうなってるんだ?」

 会長が合宿の確認事項を話している側で、俺は隣に座った茜に詰問する。

「驚いた?」

「当たり前だろ?お前何にも言ってなかったじゃんか」

「少し前に免許取ったし、先週バイク納車されたから、折角だから裕哉のサークルに入ろうと思ってさ」

「……ひょっとして、駐輪場に置いてあった400Xって茜のか?」

「えへへぇ~。買っちゃった♪」

 茜は心底嬉しそうに笑った。

 くそぅ、そんな顔されると文句も言えん。

 

「にしても、よく親父さんが許したな」

 茜の親父さんは娘を溺愛している。それはもう尋常じゃ無いくらいに。

 どうも茜に反抗期らしい反発が少なかったせいもあるらしいのだが、茜に対してはダダ甘である。

 茜には現在高校生になる弟もいるがそっちはわりと扱い適当らしい。

 そして、例に漏れず茜に近づく異性に対しての敵愾心は尋常じゃない。

 中学、高校と茜に彼氏が出来なかったのはそのせいじゃなかったのかと俺は思っている。実際、俺が茜の受験勉強の為に茜の家に勉強を教えに行ったとき(実は茜より俺のほうが成績よかったのよ)、醤油入り無糖炭酸を『コーラ』だと言って飲まされた。もっともその後で茜とお袋さんに〆られてたが。

 

 そんな親父さんが茜にバイクを許可するとは思わなかった。

 いや、だってあの年代の人ってバイク=危ないって意識あるでしょ?

 俺でも最初は母さんに反対されたし。まぁ、母さんの場合病院でバイク事故の怪我人沢山見てるからってのもあるだろうけど。

 

「あのね、実はお父さんとお母さん昔バイク乗ってて知り合ったんだって」

「そうだったの?」

「私を妊娠した時に乗るの止めちゃったらしいんだけどね」

「意外すぎる。俺には『バイク乗ってる男なんて碌な奴がいない』なんて言ってたのに」

「あれは……何でも良いから文句つけたかっただけだと思う」


 俺たちがそんな会話をしていて、気がつくと会長の話は終わっており、サークルメンバー全員が俺達に注目していた。

「おいおい。仲が良いのは判るがちゃんと話は聞いた方が良いと思うぞ~」

 3年の岡崎先輩が実にイヤらしくニヤニヤしながら言う。

 黙っていれば美人な女の先輩なのだが、中身は完全に親父、それも昭和のくそ親父なので相手にしていると碌な事にならない。

「あぅ」

「すんません」

 茜が顔を真っ赤にして小さくなる。

 俺も非常にバツが悪い。

 神崎先輩を除いたほぼ全員がニヤニヤ笑ってやがる。

 くそ!これ後で絶対からかう気でいやがる。


「まぁいい。ルートと日程、宿泊先は今配った紙を各自確認しておけ。23日は朝7時までに大学の正門前に集合だ。他に何も無ければ今日は解散する」

 そう言って神崎先輩は会を締める。

「それと、柏木は工藤に合宿の詳細や準備の説明をしてやれ」

「うぃっす」

 俺は返事をしつつ席を立つ。

 すると、章雄先輩がニヤつきながら近寄って来た。

 正にからかう気満々だ。なので先手を打つことにする。

「あ、章雄先輩!この間、株主優待目当てにオリ○ント工業の株買うって言ってたけど、結局買ったんですか?」

「い!? ちょ、ちょっと待った!俺そんなこと!!」

「あ!言っちゃ不味かったっすか?そりゃそうっすよね!すんません!!」

 俺の台詞に面白い位動揺する章雄先輩。

 部室に居た約3割が「へぇ~?」とニヤつき、3割が蔑むような目で章雄先輩を見る。

 言ってる意味が判っていない残り4割(茜を除く)にニヤついてた連中がオ○エント工業の内容を耳打ちし、更に冷たい視線が増える。

「お前、容赦ねーなー」

 岡崎先輩が呆れたように俺に言う。

 何を言う。攻められる前に攻めなければこちらが標的になるだけでしょうが。

 

 章雄先輩をスケープゴートにしてさっさと退散することにしよう。

 俺は茜を促して部室を後にする。

「ちょっと待った!柏木君そりゃないよ!!」

 後ろから何やら聞こえた気がするが、おそらく気のせいだろう。うん。

 

 

 駐輪場に戻った俺と茜はそれぞれのバイクを出しつつ話を続ける。

「それにしてもいつ免許取ってたんだよ」

「2ヶ月くらい前に取ったのよ。教習所自体は2ヶ月位通ったけど」

「随分掛かったな。行く時間取れなかったのか?」

「うっ!……一本橋とスラロームで落としまくりました……」

 コイツこんなんでいきなりロングツーリングとか大丈夫なのか?

 不安だぞ。

 それでも嬉しそうに自分のバイクを見ている茜を見ると、昔俺が初めてバイクを手に入れたときのことを思い出す。

ソイツ400X新車だろ?よくそんな金有ったなぁ。羨ましい」

「最初は私も中古で裕哉と同じバイク買おうと思ってたんだけど、お父さんが『車検もない、誰が乗ったか判らんバイクなんか駄目だ!』とか言ってお金出してくれたの。少しは私も出したけど」

「あ~、なるほどね。親父さんらしい」

「まだ慣れてないからちょっと恐いけどね」

「そんなんでいきなり合宿とか本気か?」

「だって……」

 茜は悔しそうな表情をしつつ少し落ち込んでいるらしい。

 

 しょうがない。

 コイツのこういう表情にはどうも弱い。

「まだ合宿まで何日かあるから、俺と少し中距離のツーリングでもするか?どうせ慣らし運転もまだだろ?」

「ホント?!」

 途端に表情を明るくして茜が詰め寄ってくる。

「お、おう」

 茜の勢いにちょっとたじろぐ。恐いよ。

 俺は必要な物の買い物や準備を含めて日程を茜と調整する。

 色々と揃えたりもしなきゃならないから結構忙しくなりそうだ。

 

 

 

 前期試験の結果も出てようやく夏休みが開始された。

 結果はどうだったって?

 頑張ったよ?うん、俺、頑張った!

 休み中にやらなきゃいけない課題がかなり増えたが、うん、大丈夫だよ?

 ……まぁ、結果はご想像の通りです。はい。

 だって3年もブランクがありゃしょーがないじゃん!

 経済理論や経済史なんか全部脳味噌から抜けてってるよ。

 必死で勉強したけど流石に範囲全部は無理でした。

 まぁ、向こう異世界で得た『言語理解』のお陰で外国語は余裕だったけどね。

 何はともあれ、先のことは休み明けに考えるとしよう。

 折角の大学生活の夏休みだ。今を楽しまないでどうするというのか!

 人それを現実逃避と言う。

 

 そんなわけで、今日からサークルの合宿が始まる。

 あれから茜の遠乗りに付き合ってツーリングに関してアドバイスしたり、必要な物を説明がてら一緒に買いに行ったりして準備を進めて、何とかなりそうな目処はたった。

 俺は今、茜と待ち合わせをして集合場所まで来ていた。

 徐々にメンバーも集まってくる。

 ちなみに一番乗りは流石の神崎会長である。

 集合場所の中央で腕組みをしながら微動だにしない。まるで彫像のようだ。

 思わずちょっと突っついてみたくなったが実行はしていない。怖いし。

 

 今回の合宿は先ず長野方面へ移動し安曇野で宿泊、翌日から日本海側に抜けて秋田まで、4日目は秋田の海沿いで休養日、その後は青森、岩手、宮城を経由して猪苗代湖で8日目休養日、その後山間部を通りながら帰還する、全10日間のロングツーリングである。

 元々割と緩いサークルなので、合宿と言いながらかなり余裕のある日程なのだ。

 ってか、大まかなルートと宿泊場所が決まっているだけで、バイクに乗って観光がてら回るって感じだね。

 殆どっていうか、9割9分遊びです。

 

 サークルメンバーは全部で12人いるので、これを4人ずつ3グループに分けて移動する。

 3年が3人居るのでそれぞれのグループのリーダーとして指示が出る事になっている。

 ちなみに、我がグループのメンバーはリーダーが章雄先輩で、後は俺と茜、1年の久保有香くぼゆかさんの4人である。俺と茜が一緒なのは何やら作為的な物を感じるが、まぁ俺も茜が心配なので良いだろう。

 一応バイクの紹介もしておくと、前にも言った気がするが、章雄先輩はDUCATIドカティ ストリートファイター848。久保さんはTRIUMPHトライアンフ ボンネビル790。んで、茜がHONDA 400Xで俺がHONDA CB250Fである。

 今気がついたがこのメンバーで250cc以下車検無しって俺だけじゃん!

 くそ!ブルジョア共が!

 

 そうこうしている内にサークルメンバー全員が集まったらしい。

 会長&岡崎先輩と事前の最終確認をしていた章雄先輩が俺達の所に来る。

「みんな集まってくれ。あ~!柏木君この間は何て事してくれたんだ!!あの後誤解を解くのが大変だったんだからな!!」

「ハテ、ナンノコトデショウ」

「何でいきなり怪しいカタコトになるの?!」

「そんなことより、今日のルートの確認をしましょう」

「軽く流すのヤメて!泣くよ?」

 俺と章雄先輩の軽口の応酬を久保さんと茜がちょっと呆れた目で見ている。

 いつものコミュニケーションですが、何か?

「いつもあんななの?」

「章雄先輩と柏木先輩ですか?そうですよ。特に最近は」

 どうやら茜と久保さんも打ち解けたようで何よりだ。

 狙い通り!……偶然だけど。

 

 そんなことをしている内に他のグループは出発しだしてしまった。

「いけね!と、とりあえず国道299号で秩父を抜けるからそのルートで。信号で離れても先で合流できるようにするから焦らないように。柏木君は工藤さんのフォローをしてくれ。久保さんは後続にも気を配るように。それじゃあそろそろ出発しようか」

「ういっす」

「はい」

「了解です」

 俺達はそれぞれ返事をするとヘルメットを被りバイクに跨る。

 

 今日は天気に恵まれてるのはいいが、既に全員汗だくである。

 サークルのというか、バイク乗りのルールとして市街地以外の場所を走るときは真夏であっても厚手の長袖長ズボンが必須である。

 これはバイクの場合どれほど熟練していても転倒することがあり、もし転倒しても必要以上に怪我を酷くしないためである。なので人によっては40度近い炎天下でも皮ツナギを着ている人もいるくらい。

 流石に俺はそこまではしないがサークルメンバーは全員真夏とは思えない格好である。勿論茜にもそれはきちんと話してあるので大丈夫。

 市街地抜けるまでは暑くてしょうがないが走り出せば多少はマシになる。

 

 全員の準備が整ったのを確認した章雄先輩がバイクを発進させる。

 さぁ!ツーリングサークル合宿のスタートだ。

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