第19話 勇者の夏合宿Ⅰ

 暗い。

 暑く、そして息苦しい。

 意識はハッキリしている。

 体が動かない訳ではない。

 しかし、ここから出ることが出来ない。

 どの位の時間こうしているだろうか。

 いっそ、消えてしまいたいと考えてしまうのは俺が弱いせいだろうか。

 異世界で幾多の戦いを経ていても、今回の戦いに勝つことは出来そうにない。

 心が折れそうになってしまっている。

 このままではいけない、と、わかってはいる。

 しかし、俺はこの闇を振り払うことが出来ない。

 いっそ狂ってしまえたら……



 コンコン。

 誰かがドアを叩く音が聞こえる。

「兄ぃ、いい加減起きたら~?」

 亜由美の声だ。

「うぃぃ~~……」

 俺は頭まで覆い被さっていた布団をノロノロと跳ね除ける。

 声が聞こえたのか亜由美の気配が遠ざかっていく。

 

 気が重い。出たくない。

 テンションが最低値を絶賛更新中です。

 え?さっきの思わせぶりな前置きは何だって?

 気分だよ気分!


 …………黒歴史って辛いですね。

 俺がこんな精神状態なのはご想像の通り、先週の美術館襲撃事件の時のコスプレである。

 あの事件から1週間が経つ。

 あの後自宅に戻った俺は斎藤宅にバイクが置いてあることに気がついて慌てて戻ったりもしたのだが、取り敢えず亜由美と茜に連絡を取り、改めて無事を確認してほっとしたりした。

 これでようやく終わったような気がしていたのだが、甘かった。ってか、甘すぎた。

 

 娯楽に飢えたマスコミがあんな美味しい事件を放っておくはずもなく、連日朝から晩まで、事件の、特に突然現れてテロリスト達をブチのめし消えた謎の人物について、あ~だこ~だと自称専門家から芸人まで大騒ぎで放送している。

 もちろん真相に迫る事などまるであるわけもなく、好き勝手言いたい放題である。特に目撃したとされる証言などは酷いもので、曰く『富士山頂から光る物体が上野方面へ物凄いスピードで飛んで行った』とか、東京湾で舟釣りをしていたオッサンの『舟のそばを黒い物が水面すれすれを飛んで行ってまた水中に消えていった』とか、『不忍池にカッパが出た』とか、なんじゃそれってのが殆どだ。そもそも船釣りの奴は多分それトビウオですから。

 挙げ句の果てには偽物まで出たとか。なんとか。


 加えてこの騒動に輪をかけているのが、あの時に人質になっていたI国大使のあの人である。

 あの大使さん、事件直後に記者会見を開き、テロ自体の事はほんの2分しかコメントしていないのに謎(彼らにとっては)の人物についてどんなに凄かったか、どれほど素晴らしかったかなど20分以上も熱く、それはもうとても熱く語ってくれちゃったりしたのである。

 それは正に、錦○圭選手について語る松○修造氏の様に熱く暑く!

 

 とても流暢な日本語で語る大使さんは一躍時の人の様な扱いで連日テレビに出まくりである。ちゃんと大使としての仕事をしているのか気になるところだ。

 ただ、流暢ではあるが所々語尾がおかしかったり妙な表現を使ったりするので、おそらく日本のアニメで日本語を覚えたんじゃないだろうか、あの人。

 I国って宗教国家のはずだけど、大丈夫なのか?

 中東でも高名な日本通と紹介されていたけど、通じているのは別世界ですよ?

 

 まぁ、それはともかく、そんな訳でテレビをつけるたびにあの時の映像が繰り返し、しかも地上デジタル放送の鮮明な画像で放送されているのだ。

 あの時、式典を取材するために来ていたそれなりの数のマスコミの皆さんはコスプレをした俺の姿もしっかりちゃっかりがっつりカメラに収めていたのだ。

 迂闊だった。ドサクサ紛れに雷落としておくんだった。

 しつこい様だが、連日俺の黒歴史が繰り返し、それはもう繰り返し流されるのだ。

 

 テレビ見なきゃいいじゃん!とかおもうだろ?

 基本的にウチはリビングに人がいるときはテレビ点けっぱなしなのよ。

 それなのにそのニュースの時だけ消すのは不自然過ぎて出来ないし、母さんが家族の団欒を楽しみたい人なので部屋に引きこもってると変に心配されてしまうからそれも出来ない。

 結果的に俺のライフポイントを限りなくマイナスにしながら且つ表情には出さない様にテレビを見るしかないのだ。

 そして、見るたびに思うのだ。

 この時の俺はどうかしてたんだ!こんなのは俺じゃない!!

 

 なんで、テロリスト倒した後にコートの裾翻してターンとか決めちゃってんの?指を鳴らして『障壁』消したりしてるけど、そんなことしてたっけ?っつか、その動き必要ないよね?!あと、無駄に動きが派手じゃね??

 どうしちゃったのよ俺?なにしてくれちゃったりしてるわけ?!

 

 あ゛あ゛あ゛あ゛~~~……

 穴があったら入れた、じゃなくて入りたい。いや、いっそ埋まりたい。そしてしばらく具体的には2ヶ月半程隠れていたい。

 コ○ヨさん、黒い過去を消せる”消しゴム”を是非とも開発してください。例え10万以上しても買いますので、どうかお願いします。

 

 

 うだうだ考えても仕方ないが今日は午後からサークルの集まりがある。

 俺は自分の精神に鞭打って動き出すことにする。

 部屋を出てリビングに下りていく。

 亜由美がリビングでポテチを食べながら寛いでいた。

 そう言えば試験休みとか言ってたか。

 幸いなことにテレビは報道番組ではなくドラマか何かをやっているようで、髭面スキンヘッドの厳ついガチムチのオッサンが上半身裸でパイプ椅子を持ちどこかのお屋敷の中で暴れ回っているシーンを映していた。

 

「兄ぃ、おはよ。ご飯は置いてあるよ」

「はいよ」

 俺は返事をしながらキッチンに置いてあった食事を温める。

 準備しながらも亜由美に話しかける。

「ドラマか?それ?」

「ん。『家政婦はムタ』の再放送。引退した元プロレスラーがスーパー家政婦になって派遣された所で色んなトラブルや事件に巻き込まれるの。どんな豪邸にも必ずあるパイプ椅子とピンチになると吐く毒霧が必見」

「なんだよ、それ?」

 ツッコミ所満載過ぎて何を言っていいのやら。

「現在シーズン4」

「続いてるのかよ!」

 これ以上ツッコむのは止めておこう。にしても、版権は大丈夫なんだろうか。

 

 俺が準備を終えて食事を始めると、ドラマが終了したらしくチャンネルを切り替えながら亜由美が俺の前に座る。

 間の悪いことに映し出されているのは『例の事件』の映像である。

 俺は出来るだけテレビを見ないように飯を掻き込む。

 

「やっぱりこのコスプレしてるの兄ぃに見えるんだけど」

 あれから亜由美は俺を疑っているらしく、ことある毎にそう聞いてくる。

「何度も言ったろ?俺はあの時斎藤の家に居たって。事件はテレビで知ったけど、どうやったって間に合わないだろうが!大体、俺に空飛んだり魔法が使えるわけ無いだろ?」

 俺は内心を出来るだけ表情に出さないように気をつけながらいつもと同じ答を言う。

「う~~、確かに兄ぃが魔法使いになるのはあと10年先だけど」

「ちょっと待て!今の台詞には断固異議を申し立てる!!」

 何で俺が10年先までDT確定みたいに言われてるんだ?

 いくら何でもそんなことは無い。はずだ!……よね?

 

「……まぁ、いくら兄ぃでも、こんな”恥ずかしい”格好で美術館に来たりはしないか」

 サクッ!

「しかも、あの”ポーズ”は無いよね~」

 グサァ!

「絶対あれ中の人、満面のドヤ顔してるよね」

 ドシュッ!!

 ……亜由美さん、そろそろ許してくらはい……

 

 俺は致命傷(精神的な)になりそうなダメージを何とか誤魔化しながら別の話題を振る。

「前にも言ったことあるけど、俺来週からサークルの合宿だから、家のこと頼むな」

「そう言えばそうだっけ?いつまで?」

「23日から10日間」

「いいな~大学生って。楽しそう」

 まぁ、俺も楽しみだけどな。

 ガチの運動部と違って俺の居るサークルはバイクで遠距離ツーリングするだけの緩~い合宿だしね。

 

「なるほど、だから茜さん張り切ってたんだ……」

「何か言ったか?」

 亜由美の奴がボソボソと何やら独り言を言っていたが聞き逃した。

「何でもな~い。兄ぃ、頑張ってね」

「?何の話だ?」

「あ、私もそろそろ部活行ってくる!」

 誤魔化すようにわざとらしくテレビを消してリビングを出て行った。

 亜由美の態度に疑問を抱きながらもそろそろ俺も支度をして家を出なければならない時間になっていた。



 大学に着きバイクを駐輪場に置く。

 俺の置いた場所の側に真新しいバイクが置いてある。

「お!400Xか。コイツも良いなぁ」

 つい他の人のバイクも気になって見てしまう。

 置いてあったのはホンダ400Xというバイク。カラーリングは俺のと同じ赤が基調だがこちらのほうが渋めで車体もこっちのほうが大きいし、新車らしくピカピカである。

 もちろん今の自分のバイクCB250Fも気に入ってるのだけど、やっぱりロングツーリングに行くならもう少し排気量が欲しい。

 大学生の身分で400ccの新車を買えるというのはちょっと羨ましいものだ。

 いや、別に悔しいわけでは無いけどね。

 ……傷つけてやろうか……

 危険な思考に陥りそうになるのでさっさとサークルの部室に行くとしよう。

 

 部室に入ると既に数人が椅子に座って談笑している。

 会長はまだのようだが、章雄先輩を始めとして半数以上が席に着いていた。

 そして、何故か茜もいる。

 何故に?

「なんで茜が居るんだ?」

 確かにたまに茜が部室に遊びに来ることはあったが、今日は合宿の打ち合わせだ。部外者がいるのはおかしいし、茜の性格上図々しく居座ることはないと思うのだが。

 

「みんな集まってるか?」

 俺の問いかけに茜が答える前に神崎会長が部室に入ってくる。

 神崎かんざき 竜吾りゅうご、我がツーリングサークルの会長で、俺よりも更にでかい推定190cm体重95kg超の体格、某元カリフォルニア州知事のような厳つい相貌と寡黙で低く太い声、ハーレーダビットソン XL883を駆るその姿はまさにコマ○ドーかターミ○ーターのようである。お陰で、割と緩いサークルにも関わらず軽く扱われることは無かったりする。

 会長の後から数人が部室に入り、これで全員が揃ったことになる。

 

「まず先に、見知っている者もいるだろうが、新たに教育学部の工藤が今日からサークルメンバーとして加わる事になった。工藤は来週からの合宿にも参加する」

 と、会長が衝撃発言を繰り出した。

 思わず茜を見る。

 茜は『してやったり』と言わんばかりの表情で俺を見て笑っていた。

 

 ……どうしてこうなった?

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