第18話 Side Story 男達のそれぞれの決意 後編

Side とあるオタクの決意


「うん、ああ、うん、でも無事で良かったよ。いや、柏木君と一緒にいたから、多分違うんじゃないかな?うん、そう?わかった、またね」

 プツッ、ツー、ツー

 僕は亜由美ちゃんからの電話を終えて一息吐くと、改めてテレビの画面を食い入るように見つめた。

 テレビは昼間起こった事件、都立美術館襲撃事件の模様を繰り返し伝えている。とりわけテロリストを全員倒し事件を解決した謎の人物を映像を交えながら大々的に報じていた。

 

「このコスチューム、間違いなく僕の、だよね?」

 僕は誰に問うわけでもなく思わず口にする。

 というか、今この部屋には僕しかいないわけだけど。

 画面には仮○ライダーウ○ザードのコスチュームを着た人物がテロリストを蹴り飛ばし、両手を床に凍り付かせている映像が映し出されている。

 さすが1440×1080の解像度を誇る地上波デジタル放送だけあって細部まで鮮明に映っている。もちろん僕のテレビはフルハイビジョン対応でその解像度を余すところ無く発揮していた。

 それを見るとこの人物の着ているコスチュームは僕の作った物で間違いない。

 ハンドメイドで物を作った事のある人なら判るだろうけど、同じ物をモデルに同じように作ったとしても僅かな差異から作り手の癖を見て取ることは出来る。

 だから、僕が自分の作った物を見間違えることはまず無い。

 まして、柏木君のサイズ変更でつい数時間前までこの手に触れていた物だけに間違えようもない。

 

 僕は作業台になっているデスクの上に置いてあるコスチュームを見る。

 これは柏木君の体型に合わせて一から作った僕の自信作だ。

 元になった番組の俳優さんよりも背が高く体つきもしっかりしている彼に撮影で使われた衣装を着せても縮尺が微妙に異なり違和感が出てしまう。

 だからマスクの大きさも含め、細部まで柏木君専用に調整した、より本物感を出したコスを作った、今まで僕が作った中でも一番に近い満足のいく作品だ。

 加えて、僕は午前中にこの衣装を着た彼の姿も動きもじっくりと見ている。

 それから判断すると画面に映っているのは間違いなく僕の作ったコスチュームを着た柏木君ということになるのだけど。

 

「柏木君って、あんなこと出来るの?」

 そう、あのコスが僕の作った物だとすると、着ているのは柏木君しかいないわけだけど、繰り返し映し出される映像には僕の知る友人にはとても出来そうにない動きと、どうやったのか想像も出来ない魔法としか思えない現象が映っている。

 というより、そもそも柏木君に限らず、人間にあんな事出来るのだろうか?

 もちろん、テレビのキャスターが言ってる通りCGとかを一切使っていないという前提だけども。

 映像には無いけど、他にも空を飛んだとか、銃弾を跳ね返すバリアを張ったとか、手で銃を握り潰した、なんてのも目撃者の証言として紹介されていた。

 普通に考えて、そんなのは特撮かアニメなどの創作の世界だけの出来事であって、現実世界ではあり得ない。はず。

 その柏木君と言えば、最近随分と雰囲気が変わった感じがする。

 以前から長身と人懐っこい表情で割と女子から人気があったけど、このところ大学内の他の学部の女子も噂してるのを耳にした。

 何ていうのだろうか、存在感とかそう言ったものが物凄い感じが今回コスプレをしてもらったときにもあった。

 まるでハリウッドスターにでもコスプレさせているみたいな気がした。

 

 

 柏木君と初めて会ったのは高校1年の時で、クラスが同じだった。

 僕はガリチビメガネで人と話すのが上手くないせいで中学の時からちょっとしたイジメ対象だった。

 直接的な暴力とかは無かったけど、バカにされたり無視されたりはしょっちゅうだったし、特に僕が特撮とかアニメとかが好きなことが学校でバレてからは『オタク』『キモい』とか言われて散々だった。

 幸い僕は勉強は苦手じゃなくて、高校も県立のそこそこの偏差値の学校に合格し、いつも虐めていたクラスメイトとは別の高校に行くことが出来た。

 それでも外見や性格が変わるわけでもないから、高校でも友達が出来るとか期待してはいなかったし、もっと趣味を突き詰めて行って、同じ趣味の友達でも作ろうと考えていた。だからクラスの人とあまり関わらないようにしていたんだ。さすがにまたイジメられたくは無かったしね。

 

 今思い出してみても僕は暗くて割と孤立していたと思う。柏木君ともあまり話はしていなかった。もちろん同じクラスだったから少しは話をすることはあったけど、彼自身は僕に対して特にネガティブな感じは無かったみたい。いつでも普通の友達と話すような感じで接してくれていた。

 

 友達になった切っ掛けは柏木君が他のクラスメイトと円谷映画の怪獣の話で『ダダ』の顔にヒゲがあったか無かったの話をしていたとき、僕は思わず口を出してしまったのが始まりだった。口を出した直後「しまった」と思って柏木君達の顔を見ると、他のクラスメイトが何か言う前に柏木君が「そうなの?んじゃぁさ、ガラモンとピグモンってどう違うの?」とか質問してきて、僕がそれに答えると素直に感心してくれたりした。クラスメイトはちょっと呆れてたみたいだったけど柏木君は気にしてないみたいだった。

 

 それから、クラスでも友達の多かった柏木君が僕と話をする事が多くなり、他の人とも話をすることが増えた。女子とはあまり話を出来なかったけど、男子からは漫画やアニメ、ゲームの事を話したり一緒にゲームすることもあった。

 結果、みんなの中の僕の評価が『何考えてるか判らない根暗なオタク』から『色々物知りなサブカル好き』にジョブチェンジしてしまった。

 

 おまけに『こんなゲームがあったら面白いのに』って話をしてたら「いや、斎藤頭良いんだから自分で作ってみればいいんじゃね?」とか柏木君が言い出して、クラスメイトに父親がゲーム制作会社の企画開発をしてるってのがいて、それから自分でも呆れるほどトントン拍子に僕のアイデアでゲームが作られてそれが結構ヒットしてしまったりした。

 

 今の僕があるのは柏木君のおかげと言っても決して大げさじゃないと思う。

 彼がいなかったら僕の高校時代はとても悲惨な物になっていたかもしれないし、そもそもゲームクリエイターとして収入を得られてるのも彼の御陰だ。

 だから僕はいつも機会があれば柏木君に恩返しをしなければならないと思っている。

 コミケのコスプレを頼んでいるのも、元々は高校時代に割の良いバイトを探してた柏木君の役に立つのとブースのアピールの為にコスプレイヤーを使うことを考えてたのでちょうど良いからと始めたのが切っ掛けだった。

 実際はほとんど恩返しになって無くて集客に役立ってくれてる分僕らの方が得しちゃってるんだけどね。

 

 えっと、すっかり思考が逸れてしまった。

 取り敢えず今考えることは、今日の事件を解決したというこの仮○ライダーウ○ザードの衣装を着た人物、これはまず間違いなく柏木君なわけで。

 何でこの格好をしてるかというと、おそらく、自分の正体を隠すためだろう。

 亜由美ちゃんと工藤さんが人質になっていて、助ける力が彼にはあった。でもそれを他の人に見られるわけにはいかなかった。

 きっとそう言うことなんだろうと思う。

 確かにテレビに映っている内容だけでも世間が大騒ぎするのは間違いないし、どうしてそんな力を持っているのかとか、いつからかとか、少なくとも普通の生活は出来なくなるだろうと思う。

 

 ……何て事だろう。

 常人を超えた力を持ち正体を隠して人を救う。

 正に特撮ヒーローそのものじゃないか!

 まさか現実でそんな存在が現れるなんて考えもしなかった。

 僕の中で『ヒーロー』には条件がある。

 欲に塗れてはいけない、卑怯な戦いをしてはいけない、そして、正体を隠さなければいけない。

 勿論演出上色々なキャラクターがいてもいいし、ダークヒーローもOKだけど、最低限その三つは備えて欲しいと思ってる。

 もっとも戦隊物みたいに5人で1人の悪役と戦うのが卑怯じゃないかってのはあるけど、そこはそれ、人質取ったり騙し討ちしたりしなければセーフということで。

 

 だから昨今の正体を隠さないヒーロー物はちょっと不満なのだ。

 もちろん創作物と現実は一緒には出来ないし、出来るとも思っていない。

 でも彼の持っている力は創作ヒーロー達に匹敵するものだと思う。

 となれば彼の友人・・である僕のするべきは、彼の意志を最大限尊重しつつバックアップする事なんじゃ無いだろうか。

 古い特撮ヒーロー物でも、ヒーローの正体を知りつつ助ける役柄が必ず用意されていた。

 今度は僕がそれになれば良い。

 そして、彼が正体を隠しつつ活躍が出来るようにサポートすれば、彼は安心して細々としたことを親友・・の僕に任せることが出来るはずだ。

 

 そうとなればあんな紛い物の衣装で済ませるのは僕のプライドが許さない。

 彼に相応しいコスチュームを是が非でも用意しなければならない。

 仰々しい甲冑スタイルではなく現代的なスマートな感じが良いだろう。別にテレビの特撮物みたいに派手派手しい必要はないが一目でヒーローだと判らなければならない。素材はアラミド繊維の生地とチタン合金が日本で一般にも入手できる限界だろうからそれを使うとして、加工はどうしようか。

 デザインも一から考えなければならない。

 

 やるべき事考えるべき事が山積みだし、これからコミケの準備も本格化させなければならないから時間が足りない。

 それでも特オタの名にかけて最高の物を作らなければ!

 待っていてくれ柏木君!

 君の大親友・・・である僕が君の為に相応しい衣装を必ず作り上げてみせる!!

 

 僕は決意を胸にデザイン案を考え始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

Side とあるテロリストの決意


 あら、いらっしゃい。

 今日は1人多いのねぇ。

 へぇ~!公安の方なの?

 公安っていうと、秘密警察みたいなものでしょ?

 アタシの国の秘密警察っていったらマフィアよりも酷いけど、アナタはとっても優しそうねぇ。

 ちょっと好みかも。

 そんな嫌そうな顔しなくても良いじゃない。

 で?今日は何を聞きたいのかしら?

 え?アタシが組織に入った切っ掛け?

 そんな事聞いてどうするの?

 ……まぁ、いいわ。

 何から話せばいいかしらね。

 

 改めて自己紹介するわね。

 アタシの名前はレダ・マグダウェル。

 ピチピチの24歳よ。

 アタシが生まれ育った所はI国にある小さな集落でね砂漠にも近かったから貧しかったわ。収穫できる麦は何とか飢えない程度しか取れなくて、家畜を育てるのも苦労していたわ。アタシも両親も礼拝は欠かさなかったけどそれほど敬虔でもなかったわね。みんな生きるのに精一杯でそれどころじゃなかったのよ。

 何ヶ月かに一度政府の役人が来るのだけど、その時はみんな見つからないように食料を隠して女達は年寄り以外は家に閉じこもって絶対に出なかった。

 何故って?

 食料が見つかれば根こそぎ「税だ」って持ってかれてしまうし、若い女がいれば例え人の妻であろうと連れて行かれてしまうのよ。

 こちらがどれほど飢えていようが役人には関係ないのよ。

 一度連れて行かれた女達が戻ってくることも無いわ。

 もっとも戻ってきたところで役人達に散々玩ばれた女に生きる場所なんてどこにも無いけどね。

 だから食料は種の状態であちこちに分けて隠すの。もし見つかっても種籾だって言い訳が出来るようにね。

 そして女達は服の中に短刀を隠すの。連れて行かれたら行った先ですぐに死ねるようにね。え?だって連れて行かれる前に死んだら今度は他の誰かが連れて行かれるじゃない。

 国に抗議?

 無駄よ。そんなことしようものなら問答無用で投獄よ。

 アタシ達に国がしてくれたことなんて何も無かったわ。

 

 アタシが11歳の時、集落を含めた一帯を組織が占領したの。

 アタシ達の生活は一変したわ。

 組織は沢山の食料と武器をアタシ達に与えてくれた。

 そしてアタシはすぐに兵士として訓練されたの。強制された訳じゃないけど、他に選択肢なんてなかった。

 だってそうでしょ?

 組織に参加すれば食料と家族の安全が保証される。参加しなければ死ぬしかないわ。国にとっては一度占領された地域に人間なんて全部敵としか見ないしね。

 アタシも頑張って訓練したわ。

 戦闘技術や武器だけじゃなくて、語学や計算なんかも一生懸命勉強した。

 幸いアタシは一度見たものや聞いたことなんか忘れることが殆ど無いくらい記憶力だけは良かったから、すぐに認められて可愛がってもらえたの。

 お陰で割と早くに英語・フランス語・ロシア語を覚えたわ。

 組織の理念だとか教義だとかも色々教わったけど、アタシにとってそれはどうでも良かった。

 だって元々|教典すらまともに読んだことすら無いのよ?

 自分の意志なんて何一つ叶えられないのに信仰心なんて持てるはず無いじゃない。

 周りの人だって多かれ少なかれ似たようなものよ。

 

 笑っちゃうのは、そんなアタシ達の組織に先進国から何の苦労も知らない人達おばかさんが「あなたたちの理念に感銘を受けた。一緒に戦いたい」とか言っていっぱい合流してくるの。

 組織もお金や技術を持ってる利用価値の高い人は大事にするけど、殆どの人は単なる戦闘員。いえ、戦闘でも役に立たない人が大部分だから奴隷と同じ扱いね。

 もちろん仲間だなんて思ってないわよ。だって単に自分の自尊心が満たされないからって組織に託けて人殺しをしたいだけの人なんて、どんな組織だって必要とするわけ無いじゃない。

 

 アタシは組織の命令で情報収集や他の国のエージェントとの交渉なんかを担当してあっちこっちに飛び回ってた。

 日本に来たのは3年前ね。

 アタシの語学力を見込まれて情報収集のために来たわけだけど、最初は苦労したわ。日本語って難しいわね。

 今回の襲撃を指示されたのは3ヶ月前よ。

 それから武器の調達を始めたけど十分な数を揃えることは出来なかった。拳銃くらいならそれなりの数が揃えられたんだけど、それ以外は密輸自体難しかったし、途中で摘発されてしまうこともあったから、結局人数を少なくせざるを得なかったの。

 本当ならアタシは襲撃に参加する予定じゃなかったんだけど、何人か入国できなくてね。

 計画を見直す事も考えたのだけど、組織の命令で強行したのよ。

 

 途中までは上手くいったわ。

 建物の外で爆弾を爆発させて意識をそちらに向けさせて、一気に突入した。

 日本人って本当にのんびりしてるのね。アタシ達が小銃乱射しながら入っていっても何が起こったのか判らずに呆然としてるの。

 お陰で大して苦労もしないで大使とこの国の高官を人質にすることが出来た。

 でも、アタシはあまりに上手くいった事に不安があったの。

 何か、嫌な予感っていうかね。

 

 それでもやっぱり油断もしてたのでしょうね。

 階段を見張っていたアタシは、何かが突然飛び込んできた直後に凄い衝撃を受けて、後はアナタ達の知っている通りよ。

 今は囚われの身って事ね。

 でもアナタ達には感謝してるのよ?

 怪我の治療もしてくれたし、拷問もされてない。寧ろ普段の生活よりも余程快適よ。

 それに……お陰でアタシは本当の自分に出会えた気がするの。

 失って初めて得るものがあるって本当ね。

 

 この国は本当にステキな国よ。

 ねぇ、相談なんだけど。

 アタシが知っている限りの組織の情報と支援している国や組織、個人の情報を全て提供するわ。

 だから刑務所から出ることが出来たら、この国に亡命させてくれない?

 もちろん衣食住を全て提供しろなんて言わないわ。

 東京の新宿にはアタシみたいなのが仕事できる場所があるんでしょ?

 そこで働きたいの。

 もちろんアタシに出来るだけの協力は惜しまないつもりよ?

 

 そう、そりゃ即答なんて出来ないわよね。

 でも考えてみて欲しいわね。

 

 ええ、えぇ、わかったわ。

 それじゃあ、なにかあれば又来てちょうだい。





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 後日、裁判が行われレダ・マグダウェル被告には懲役5年が言い渡され、即日収監された。

 しかし、6ヶ月で仮釈放される。異例の早期釈放の理由は明らかにされていない。

 刑務所内でマグダウェル受刑者と同房になるのを拒否する受刑者が多数に上ったとの報告もあったが関連があるかどうかは不明である。

 釈放後、マグダウェル元受刑者は政府の用意した住居に移り、予てから希望していたという新宿のゲイバー『ブルーハート』にて『リンダ』と名乗り勤務する傍ら、国家公安委員会の非公式外部協力員として活動していたとされている。

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