第16話 勇者はヒーロー? 後編
フロアの中は点在する形で展示物が置かれており、壁沿いに複数、40人ほどだろうか展示を見に来た観覧者と見られる人達が数カ所に別れて身を寄せ合っているような状態だった。
そのうちの一カ所、入り口から見て左側に10人ほどが固まっており、その手前に小さな女の子を抱きかかえて蹲る女性、そしてその女性を小銃を持った男から庇うように両手を広げて立ちはだかる小学生位の男の子がいた。
男の子とテロリストとの間は1メートル程しか離れておらず、更には
今にも発砲しそうな状況だ。
俺は咄嗟に男の子の前方に『障壁』を展開しつつ
と同時に、パン!パン!パン!と炸裂音が響く。
次の瞬間、男の目の前に移動した俺は小銃の中央付近を左手で掴み思いっ切り握りしめる。
メキョ!パキン!
そんな音がして小銃はひしゃげてくの字に曲がり用を足さなくなる。
「なっ!?」
突然目の前に俺が現れたことで男が狂乱気味に声を上げる。何が起こったのか理解できていないようだ。
だが相手が落ち着くのを待ってやる義理など全くない。
ってか、子供に銃を向ける奴なんざ死んで良し!
まぁ、一応殺すのは色々とマズそうなんで半殺しくらいで止めるつもりだが。
俺は相手に構わずそのまま小銃を持った腕を掴んで握り潰し、ついでに男の顎に裏拳を叩き込む。
顎の骨が砕ける嫌な感触が伝わるが気にしない事にする。
男はそのまま意識をどこかに飛ばしてしまったらしい。
俺が腕を掴んだままだったのでぶら下がるように白目を剥いている。
気持ち悪いのでその場にペイッっと捨てた。
ついでに後で気がつかれて何かされても困るので残った腕と両足を丁寧に踏み砕いておく。
元の通り動くようになるかは知ったことではない。
男の意識はかなり遠くの方まで行ってしまったらしくコレでも気がつくことはなかった。
処理を終えた俺は直ぐに今度は男の子の無事を確認する。
ってか、先にするべきだったよね。
俺の張った『障壁』はその役目を無事に果たしているらしく、発射された銃弾は見えない障壁に阻まれてその場で停止していた。
良かった!!
一応ミサイル並みの破壊力がある魔王の攻撃を防ぐことが出来る障壁だから大丈夫だとは思ってたんだけど、銃弾防ぐのなんか初めてで不安があったんだよね。
『治癒』も使えるし、最悪『エリクサー』もあるんだけどもう少しで危ない所だったのは反省しないとね。
でも障壁自体まだまだ強度には余裕がありそうだし、これなら少々の無茶は出来そうだ。
そして肝心の男の子はというと。
先程の姿勢のまま目を堅く瞑り体を強張らせている。
ってか、銃持ったテロリスト相手にこれが出来るって、すげーなこの子。
俺はしゃがみ込むと目を瞑ったままの男の子の頭を軽くポン!と叩く。
男の子はビクッ!と身を縮めると恐る——目を開けた。
「へっ?……ウ○ザード?……え?え?」
俺の姿を見てちょっとパニックになってしまったようだ。
うん、気持ちはわかる。
でも今はスルーしてほしいなぁ。自分の格好を思い出すと恥ずかしいので。
「もう大丈夫!よく頑張ったな!!」
俺がそう言うと、呆然と俺を見ていた男の子はハッとして周囲を見渡すと倒れているテロリストに気がついたのだろう少しだけ安心したような表情をした。すると、
「あ!あぁぁ……」
小さな声を上げたので見ると半ズボンの前が何かで濡れ、足を伝って床まで広がっていった。
男の子の顔が羞恥で真っ赤になる。
あれま。
んでも無理ないよね?
とんでもなく怖い思いをしたその緊張が急に取れたんだから。
寧ろ子供とは思えないくらい立派だったと思うね。
俺が小学生の時どころか中学・高校でもこの子みたいにする自信は全くないわ。
俺は顔の前で指を立てて静かにするように促して、
「大丈夫」
と男の子に声を掛けると、水魔法で粗相した水分を集める。
すぐに直径10センチほどのちょっと黄色みがかった水球ができる。
集まったコレは
頑張った小さな勇者に恥ずかしい思いをさせるわけにはいかんでしょ。
もちろん周りからは見えないように気を遣いましたよ?
「え?あ?ほ、本物?」
驚きながら水球の行方を目で追っていた男の子が呟く。
もう一度男の子の頭を軽く撫で、俺は立ち上がった。
その頃になってようやく周りがざわめきだす。
「え?あれ、仮○ライダー?」
「何が、どうなって?え?」
そんな声が周りから聞こえてきたが、とりあえず無視しよう。主に俺の羞恥心の為に。
「このフロアと下のロビーのテロリストは排除しました。皆さんは落ち着いて、ゆっくりで大丈夫ですから、階段を下りて脱出してください。
出来るだけ音や声を出さないように。
入り口から出れば直ぐに待機している警察官が来るはずです」
俺がそう声を掛けると戸惑い混じりではあるが何人かが立ち上がり階段へと移動を始める。
それに促されるように他の人達も少しずつ動き始めた。
まだ状況を理解しきれてはいないようだが今はそれで問題ない。
階下へと移動していく人達を見送っていると、さっきの男の子が声を掛けてくる。
その背後に男の子の母親と妹だろうか、5歳くらいの女の子を抱き上げた女性がいる。
「ありがとうウィ○ード!」
「坊やも凄かったぞ。よく頑張ったな」
俺がそう言うと男の子は少し恥ずかしげに、それでも誇らしげに笑った。
「あ、あの、この子を助けてもらって、ありがとうございました」
女性が女の子を抱いたまま頭を下げる。
でも俺を見る目は不審者を見る目そのまんまですね。
いや、判りますよ?
得体の知れないコスプレ野郎を目の前にすればそうでしょうけども。
もうちょっと何とかなりませんかね?
ちょっと凹みながら俺は親子に脱出するように促すと上り階段を上がる。
さて、いよいよ最後のフロアだ。
階段の踊り場まで上がり様子を伺う。
内1人が入り口に立ち階段を警戒しているようだ。
俺は素早く考えを巡らせる。
最後のフロアは人質となっている人数が一番多い。
『探査』をしたところ100人近くはいるようだった。恐らく
だが式典が開かれていた割には人がそれほど多くない。
人質の人数が多くなればそれだけ隙も多くなるからな。
そもそもわずか数人でこの規模の施設を占拠って事自体無謀だろ?普通に考えて。
そうなると
どう考えても自分達が無事に脱出する計画まであるとは思えない。
こいつらがどんな要求をしているのかは判らないが、最悪人質を巻き込んで自爆をしかねないな。
実際外に爆弾が仕掛けられてたしね。
俺は更に細部まで『探査』行う。
脳内に3DCGの様なマップが形成される。
いつもながら便利だよねこの魔法。
ただ情報量が多いので後で頭が痛くなるのが困りものだけど。
それはともかく、人質の位置、テロリストの配置、展示品とテレビ局でも来ているのだろうか機材の類も確認する。
人質はさっきのフロアと同じく中央部分を開けて周囲の壁沿いに集められているようだ。
フロアの一番奥側にひな壇の様な物が配置してあり、そこにテロリストと2人の人質がいる。
その少し手前、開けた場所にもう1人のテロリストがいる。コイツが全体を監視しているようだ。
更にそのテロリストの足下に鞄のような物が置かれているのが判った。コレは爆弾くさいな。
当然亜由美と茜の位置も確認しておいた。
うん、無事なようで何よりだ。
一通り確認が終わり作戦を決めると直ぐに行動を開始する。
先程片付けた
俺はまず『風魔法』と『氷魔法』で周囲の窒素を収束して冷却、直径50センチほどの液体窒素の水球を二つ作り出し、コレをそのまま保持する。
今回は最後のフロアなので『遮音障壁』は必要ない。
代わりにテロリストと周囲の人質の間に遠隔で『障壁』を展開する。
離れた位置からなので多少強度は落ちるが小銃程度なら防げるはずだ。
準備を終えた俺は踊り場から一気にフロア入り口に飛び込んだ。
油断はしていなかったのだろうが、テロリストは俺の動きにまったく付いてこれない。
直ぐさま入り口から中にいるテロリスト二人の小銃を持った手目掛けて液体窒素の水球を飛ばす。
ぶつかった水球は四散せずにそれぞれの小銃と手に纏わり付き凍らせる。
俺は入り口にいたテロリストに向き直り、男の股間を蹴り上げる。
グチャ!
非常に嫌な音と感触の直後男は崩れ落ちた。
股間を押さえることも出来ずにピクピク痙攣している。
うぁぁ……
自分でやっておいてなんだけど、悲惨なことになってるな。
俺の股間までキュッとなってくる。
この技?は自分へのダメージも大きすぎるので余程のことが無い限り封印しておこう。うん。
念のため『
若干内股になりながらフロア内部に侵入する。
水球を受けた二人は突然の攻撃に対処することも出来ずに悶えている。
運の良いことに人質を取っている奥の奴は水球を振り解こうとしてもう一方の手も一緒に凍り付かせていた。
俺は素早く手前の男の足下にある鞄をアイテムボックスに放り込む。
そしてそのまま男を殴り飛ばそうとしたが一瞬早く男が距離を取ったのでそれは叶わなかった。
ッチィ!
今までのテロリスト達の中では一番反応が良いな。
気を取り直し、奥にいる男を先に処理する事にする。
俺は二人の人質の前に割り込むように移動すると両手を凍り付かせて膝をついている男の鳩尾を殺さない程度に手加減して蹴り上げる。
「ゲハァ!」
男が苦しげに倒れ込み両手が床に付いた途端、両手と一緒に床まで凍り付いた。
期せずして拘束できたのでちょうど良い。
日頃の行いは大事だね。
改めて最後に残った男の方に向き直る。
男は痛みからだろう顔を顰めながら懐から携帯電話くらいの何かを取り出していた。
『くそ!こうなったら』
おそらくは爆弾の起動スイッチだろう。
爆弾は回収してあるが一応奪っておこうかと動き出す直前、
『動くな!』
男が制止する。
いや、俺には『言語理解』の魔法で理解できるからアレなんだけど、アラビア語らしき外国語で叫ばれても意味ないと思うなぁ。
そんな俺の心の声に構わず、
『我等に神の祝福を!』
男はそう叫ぶと手に持った機械のスイッチを押す。
…………
何も起こりませんね。ハイ。
建物周辺も建物内も回収確認してありますから。
アイテムボックス内は時間止まってるし。
わかってはいたけど、一瞬マジで焦ったわ。
『な、何故だ!』
信じられない事が起こったように何度もスイッチを押すが状況は何も変わらない。
アホが慌てる様は見ててメシウマだが、いい加減さっさと終わらせよう。
大体身勝手にこんなことしでかす奴に神の祝福なんざあるわけ無いだろうが。
俺は男に近づく事無く『雷撃』を叩き込んだ。
もう既に近づくのすらめんどくさい。
突然宙に発生した雷に打たれ、男は煙を上げて昏倒した。
そして『
念のため隠れているのがいないかを探査と目視で確認する。
それらしいのは見あたらないのでようやく緊張を解くことが出来た。
「大臣!大使!ご無事ですか?!」
SPっていうんだっけ?
夏なのにスーツ姿の男が数人人質になっていた二人に駆け寄ろうとして『障壁』に激突した。
地味に痛そう。
あ、ヤベ。解除するの忘れてた。
俺が障壁を解くと、SPの人達は二人を守るように囲み、俺から距離を取る。
おぉ~~!!
流石プロ!素早く隙のない動きに感心してしまう。
それなのに何でさっきは引き離されていたのかは判らんがまぁ事情があるんだろう。
「大臣、下がってください!我々の陰に!」
どっかで見たことあると思ったらこの人大臣さんなのか。
そう言えばニュースでそんなこと言ってた様な気が、する、かも。
確か名前は・・・・覚えてないな・・・
考えてみれば大臣で顔と名前を知ってるのなんて
国会議員自体、
コレで良いのか?日本の大学生!
「君は一体何者だ!」
SPさんの一人が困惑を顔に滲ませながらも警戒するように聞いてくる。
他の人達も何時でも大臣&大使さんを連れて逃げられるように準備している様だった。
対してI国大使さんは何やらキラッキラした目でこっちを見てますが、どうしたんだ?
「テロリストは全員排除しました。下のフロアの人達も既に建物から脱出しています。
皆さんも外に出た方が良いと思います」
俺は問いには直接答えずにそう言った。
こんな格好しておいて答えられるわけないじゃん。
俺は改めて周りを見渡す。
亜由美と茜の無事な姿を見て安心する。
亜由美の奴がこっちをガン見してる気がするが気のせいだろう。うん。
他の人達は戸惑ったような視線で俺を見ている。
ここにきてようやく人質になっていた人達がざわめき出した。
少しずつ状況が理解できてきたらしい。
「あれって、仮○ライダー?」
「え?本物??」
「仮○ライダーウィ○ードだ!!」
あ、そこはスルーでお願いします。
「た、助かったの?」
「建物出てもいいのか?」
まだ不安そうな雰囲気ながら幾人かが階段を下り始めると恐るゝ後に続く人が増え始める。
暫く様子を伺っていた大臣御一行もこちらに警戒は残しつつ退出を始める。
大使さんは逆に近づいてこようとしたけどSPさんに襟首捕まれて引き摺られて行った。
あんなことして大丈夫なんだろうか?
大臣達が入り口を出た直後、テレビでしか見たことのない格好をした特殊部隊っぽい人達がなだれ込んでくる。
これはSATって言う奴か?
俺と他の人達との間を遮断するように移動し数人が小銃を構える。
防弾チョッキにヘルメットを被った隊員達が素早く必要最小限の動きで展開する。
正直メッチャ格好いい!
俺に銃が向けられていなければもっと良いんだが。
警戒しているのか一気に飛びかかってこないのが救いだけどね。
部隊の数人が倒れているテロリストの状態を確認していた。
一人が少しだけ前に歩み出る。
「何者だ?テロリストの仲間では無いようだが。彼らを倒したのは君か?」
「そうです。事情があって近くにいたので突入して排除しました」
「名前を教えてくれないか?」
「こういった格好をしている時点で察していただきたいのですけどね。それと、美術館近くの噴水脇のベンチに仕掛けられた物とこのフロアに持ち込まれていた物、二つの爆弾を回収しています。それの処理をお任せして良いですか?」
爆弾と聞いて隊員達に緊張が走る。
「ど、何処に置いてあるんだ?」
「ここにあります」
俺はそう言うと回収した二つの爆弾(一つはバックごと)をアイテムボックスから取り出す。
ズザァァ!
何もない所から突然出てきた爆弾に驚いて隊員達が一斉に距離を取る。
うお!びびった!
「大丈夫です。今は『障壁』で覆っていますし遠隔式の様ですがリモコンは破壊してありますので直ぐに爆発することはありません。どこか場所を指定して頂ければそこに置きます」
「わ、わかった。少し待ってくれ!」
隊員さんがそう言って無線で何やら遣り取りし出した。
ひょっとしてこの人が隊長さんなのかね?
待っている間周りを見渡してみる。
あ、亜由美の奴入り口の側でまだこっちを見てやがる。さっさと避難してくれ。
更に視線を動かすと、俺に向けられた数台のテレビカメラとマイク。
げ!!
そういえばテレビの人達もいたんだっけ?忘れてたヨ……
自分の迂闊さに地味に凹んでいると、遣り取りを終えた隊長さん?が話しかけてきた。
「外に爆発物処理班が防爆壁を設置している場所がある。そこまで行ってもらいたい」
「わかりました。案内をお願いしても?」
「勿論我々も同行する」
俺が頷くと銃を構えたまま後ろ向きに移動する数人の隊員達が階段へ向かう。
大丈夫なんだろうか?
転んでその拍子に引き金引いたりしないよね?
少し気になりながらも後に続く。
その俺の後には残りの隊員とテレビの人達。&亜由美と茜。
一階に着くと非常口が開けられていてそこから外に出る。
外には更に沢山の警察官&機動隊&SAT?の人達がこちらを囲んでいる。
何か物凄い凶悪犯にでもなったような気持ちだ。
『俺は無実だーー!!』って大声で叫んでもいいっすかね?
そのまま進むと前方に大きな壁が建てられた一角があった。
どうやらコレが防爆壁というものらしい。
俺は促されるまま中に入り爆弾を中央部分の地面に置いてから外に出る。
勿論置くと同時に障壁は解除しておいた。
出た途端周りをSATの隊員達に囲まれる。
まぁ、予想してたけどね。
「ご協力感謝する。申し訳ないが聴取のため警察署まで同行願いたい」
さっきの隊長さんがそう言ってくる。
流石にこのままお疲れ様ってわけにはいかないのは判るけど、こっちもそれは困るわけで。
「あ~、申し訳ないですけどそれは勘弁してください。それじゃ、俺はこれで失礼します」
返事を聞かずに『転移魔法』を発動する。
この展開を予想してた以上準備はしてますよ?もちろん。
隊長さんの驚いた顔が一瞬見えた後、俺は斎藤の自宅にいた。
離脱成功!!
斎藤はまだ眠っているようだ。
そりゃそうだろうこっちを出てからまだ1時間も掛かってないからな。
俺は急いで衣装を着替えるとコスチュームの状態を確認。
痕跡を残さないようにしてベットの上に畳んで置いておく。
そして、靴を持って自宅へと転移した。
とにかく今日は疲れたよ。
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