第14話 勇者はヒーロー? 前編
薄暗いマンションの一室。
そこに男達が真剣と言うよりは何か思いつめたような表情をしながら顔を突き合わせていた。
「準備はどうだ?」
「指示通り完了している。それより大使の予定はどうなっている」
「時間も場所も変更は無い。全て予定通りだ」
そこまで確認すると中心にいた男に少し余裕めいたものが出る。
男達は全部で七人。
さして広くも無い部屋は男達が詰めているせいで実際よりもかなり狭く感じられる。
部屋には物がほとんど無く、あまり生活感も感じられない。ただ、部屋の隅に積まれたいくつかの木箱と積まれたゴミ袋がここで人が生活していた事を伺わせている。
リーダーなのであろうか、中心の男が話を再開する。
「平和ボケした国だと聞いていたから簡単に考えていたが、思ったよりも手間が掛かったな」
「まさか武器の調達があれほど難しいとは思わなかった。しかも、賄賂がまったく通じないのがこれほど不便だとはな」
別の男が応じた。
「政治家は無能でも官僚組織がしっかりとしているんだろう。どちらも無能な我が国とは大違いだな」
「笑い事じゃ無いな。おまけにこの国じゃ外国人はヤケに目立つし、警察の数も多い上にみんなクソ真面目ときやがる」
「おかげで揃えられた銃器の数は最小限だ。正直不安もあるが」
「今回の作戦はあくまで『交渉』だ。武装した民間人もいないし問題ない。この国は人が死ぬ事を過剰に嫌うから人質ごと爆破されることもないだろう」
一通り意見が出尽くした事を確認してリーダーらしき男が言う。
「予定通り作戦は決行する。ただし、この国は中東・アフリカ諸国にも支持者が多い。必要以上の市民の犠牲はわが組織に悪影響を及ぼすかもしれん。無意味な虐殺はできるだけ避けろ」
「無意味じゃなきゃ良いんだろ?異教徒どもがどれほど死のうが別にかまわないさ」
「寧ろ救いの慈悲とも言えるがな。だが、作戦の成功が最優先だ。そのためならば我々の命さえ大した問題ではない」
男は全員の顔を見渡しながら再度言葉を発する。
「決行は明日の午前11時。場所は東京都美術館。ターゲットはI国大使と日本政府の高官だ」
男の言葉に全員が頷く。
その表情にはとこか狂気が宿っているようだった。
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・
「お疲れ様。この位でいいかな」
斎藤が全体のチェックを終えて満足そうに笑みを浮かべる。
「もういいか?これ脱いでも」
「うん、もういいよ。一人で脱げる?」
「大丈夫。もう慣れた」
俺はそう言いながら首の下側にあるファスナーを開けて頭に被っている物を脱ぐ。
改めてソレを見る。
紛うことなく仮○ライダーのマスク。確かウィ○ードとか言う奴。んで、もちろん今着ているマスク以外の衣装も同じ仮○ライダーの衣装である。
何で俺がこんな格好をしているのかというと、もちろん俺が魔法を使う元勇者だから、ではなく、単にアルバイトである。
「柏木君の体型が随分変わってたから調整が大変だったよ」
「あ~、悪いな。ちょっと筋トレにはまってな」
「別にこれくらいなら大丈夫だけどね。おかげで動きもかなりキレてたし、受けそうだからね」
「アレ、マジでやんなきゃ駄目か?」
「もちろん!今時コスプレの格好だけじゃ誰も注目してくれないよ!」
「はぁ~~~~。しゃーないか」
「柏木君のラ○ダーは評判良いからね。もちろんバイト代は出来るだけ払うから頼むよ」
斉藤が楽しみで仕方がないという顔で俺にそう言った。
ところで、何の話をしているかというと、前述の通りアルバイトの事なのだが、そのアルバイトとは毎年夏と冬の年二回行われるイベントでこの仮○ライダーのコスプレをして友人のブース(店って言っていいのかな?)の宣伝とイベントを盛り上げるためのパフォーマンスを行うことがその内容だったりする。
つまり、所謂コスプレイヤーという奴だ。
普通はそう言うのは女の子がやった方が盛り上がると思うのだが、
いや、特撮物にも女の子は不可欠だし可愛いと思うのだが、あくまでメインは男のコスプレらしい。
そんなわけでほとんど毎回俺がアルバイトとして駆り出されている訳。
しかも、その時にはモデルとなったヒーローの動きを真似たり決めポーズなどもしなきゃならない。
俺としても多大に羞恥心でメンタルがガリガリ削られるとはいえ、一日6時間程度、交通費別途支給と食時2回付で2万円は貧乏学生にとっては美味し過ぎる条件なので断るのは躊躇してしまうのだ。
間もなく始まる前期考査の試験が終われば夏休み。その開始直後にはサークルの合宿が予定されている。
そこでかなりの費用が掛かることを考えると8月半ばにこの臨時収入は正直非常に有り難い。
ファミレスのバイト代だけでは心許ないし、この間始めた銀細工のネット販売もまだ売れたのは計10個、売上8万円程度だ。
この内2割が
そこからカモフラージュ用に揃えた道具の費用を差し引くと2万位しか残らない。
もっとも、まだ中学生である亜由美はこの金額に大喜びだったが、俺としてはまだ原価回収をしたばかりの状態。
おまけに先日のレイリア訪問と帰った後のゴタゴタで完全な大赤字。
俺のお財布は火の車状態なのである。
ちなみに、レイリアの帰った後はご機嫌取りのため、茜&亜由美に東京のホテルのデザートバイキングを御馳走する約束をさせられた。一応あの後果物を買って帰ったのだが許してもらえなかったばかりか、何故か更に不機嫌になってしまったのだ。
レイリアを送還した後にメロンを買ったのが駄目だったらしい。何故メロンをチョイスしたのかは秘密だ。
そんなわけで、この際精神的な色々は無視してでもやるしかないと諦めているのだ。
「いつも思うんだが、なんで新しいのじゃなくて少し前の奴の衣装がメインなんだ?最新作の衣装も用意してるくせにそっちはブース用にしてるし」
「それは、コスプレ会場だと最新作よりもクオリティの高い人気作品の方がうけるからだよ。それに最新作だと完成度の低い他のレイヤー達から妬まれやすいからね」
俺にこんな説明をしているのは友人の斎藤 洋介。特撮オタクでイベントでの俺の雇い主。
高校時代の同級生で、今は同じ大学の理学部基礎科学科に在籍している。
幅広い知識があり、学生の身ながらゲームクリエイターとして既に結構な収入を得ているらしい。
ゲームやアニメなどサブカルチャー全般を網羅しているらしいが、本人曰く『特撮ヒーロー物が一番!』との事だ。
確か話をするきっかけになったのも俺が特撮物の話を別のクラスメイトとしていた時に出た素朴な疑問に
んで、金を持ってるオタクがこだわり抜いた衣装の完成度はハンパ無い状態だったりする。
とても手作りとは思えないほどクオリティが高く、コイツの主催するブースも毎年特撮関連としては異例の売上を誇るらしい。
なんでも、ゲーム関連の企業ブースに匹敵するほどとか。
そんなわけで、バイク絡みでいつも金欠気味だった俺は
同級生に雇われるってのは些か情けない気もするが、金の前には俺のちんけなプライドなど無力なのだ。
斎藤が動きの参考のためのDVDを止めて取り出す。
「コーラでも飲む?先に着替えてもいいけど」
「サンキュ。とりあえず休憩させてくれ」
俺がそう応じると斎藤はキッチンに飲み物を取りに行った。
テレビの画面が切り替わりニュースを流している。
---次のニュースです。昨日夕方東京都内の繁華街で『ホ○トプレミアム!』と叫びながら下半身を露出させたとして35歳の自称無職の会社員が都迷惑防止条例違反の疑いで逮捕されました。男は取り調べに対し『交際相手に馬鹿にされたので世間に認めさせてやろうと思ってやった』と供述しており、居合わせた目撃者によると『プレミアムっていうより「ブナシメジ」、寧ろ缶詰のホワイトアスパラみたいだった』と証言しています。これを受けてホ○ト株式会社の広報担当は『当社の製品名がこのような事件に使われてしまったのは非常に残念。尚、製品に缶詰のアスパラはありませんし当社の製品は皮を被っておりません』とのコメントを発表しました。警視庁は男に対し更に詳しい状況と余罪について追及することにしています---
何だよこのニュース……
この男こんな報道された日にゃ社会復帰できねーだろ。ご愁傷様。
俺は斎藤が出してくれたコーラを飲みながらに思わずツッコミを入れてしまった。
見るとはなしにニュースを見ていた俺に斎藤が話しかけてくる。
「そう言えばこの間大学にすごい美人を連れてきたんだって?」
「……どこから聞いた?」
「亜由美ちゃんからLINEもらった」
そう言えばコイツ
一緒に出かけることこそ無いもののメールや電話は偶にしているらしい。
まぁ、心配っちゃ心配だが、
無論、手を出すそぶりを少しでも見せたら
「おかげでデザートバイキング連れてく羽目になった」
「あははは。相変わらずだね亜由美ちゃんは。そう言えば亜由美ちゃん今日は?」
「あ~、何か茜と一緒に『ペルシャ美術展』とやらに行くって言って朝から出かけたぞ。茜が親父さんにチケットもらったらしい」
「そう言えばそんなのをやってるってテレビで言ってたねぇ」
---今入ってきたニュースです。今日11時頃東京都美術館で爆発があり、居合わせた市民から警察に通報がありました。爆発の直後小銃のような物を持った複数の外国人と見られる男が館内に侵入。館内に居た客と式典のために居合わせていたI国の大使と外務省の職員、文科省の笹川大臣を人質に取って立てこもっていると見られます---
「……東京都美術館って、ペルシャ美術展やってるところじゃなかったっけ?」
「な?!マジで?!」
俺が驚いて聞くと、斎藤は素早くタブレットで確認する。
「間違いないみたいだよ。その展覧会の初日が今日で、大使が居たのも記念式典のためみたい」
それを聞いて俺は舌打ちする。
直ぐに亜由美に電話を掛けるが繋がらない。茜もだ。
人質になっているからか、単に美術館の中だからかは判らないがどちらにせよ電源が入っていないみたいだ。
とにかくこうしちゃ居られない。
なんとかして茜と亜由美の無事を確認する。
もし人質になっているのならどんな手を使ってでも助け出す。
さて、とはいえどうするか。
状況が切迫していれば考えるまでもないが、それでも出来れば俺の正体を隠した状態で何とかしたい。
無意識に周囲を見渡すと、俺の目に先程脱いだラ○ダーのマスクが映った。
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