第13話 Side Story レイリアの喜悦 後編
『ばいく』に乗り走ることしばし。
眼前に広がる複数の建物の手前にある門のような物の手前でばいくを降りる。
しかしこれは門と言えるのだろうか。
人の背よりも低い程度の鉄柵が見えるがなんの役に立つのか理解できぬ。
一飛びで越えられそうだし作りも随分と華奢に見える。
まして、警備の者があのように建物の中にいては警備の意味がないではないか。
通る若者が何やら警備の者に見せながら通り過ぎていくが、あんな適当な見方で不埒な者を防げるとは到底思えぬ。
実に不可解だが主殿が何も言わないところを見るとこれがこちらの普通なのであろう。
主殿が警備の者から何やら渡された物を我の胸に取り付けようとしている。
つい悪戯心を出して胸を突き出してやったら主殿の目尻が下がる。
実に分かり易くて微笑ましいのぅ。
主殿が頼むのならこのような物いくらでも触らせてやるのに。
しようのない主殿じゃ。
その後、主殿に付いて建物の中に入っていく。
やはり向こうの世界とはかなり違う。
窓が大きいし数も多い。なによりそこにはまっているのは考えられぬほどの大きさの透明な硝子。
向こうでは窓は鎧戸が付けられ昼間は開けはなっているのが普通だし、硝子も一部の王侯貴族が手のひら程度の物を明かり取りに付けるくらいじゃ。
それに建物の中に入ると、外からは考えられぬほどの涼しさ。
これが『くーらー』というものか。
我は暑さ寒さはさほど感じぬが、これは快適そうじゃの。
加えて、建物の中に居るというのに実に明るい。
我は幾度目かの感嘆を込めて小さく息を吐く。
聞けば王国より遥かに小さな場所に3700万もの人が住んでいるとか。
いったいどこにそれほど人が住むことができるというのか。
さらにはこちらの世界には70億人もの人がいるとか。
途方もなさ過ぎて想像もできぬ。
うむ。考えるのは止めておこう。
先程から人とは比較にならぬほど優れた我の頭ですら混乱しておる。
最早比較するだけで頭が痛くなってきた。
いつの間にやら事務局とやらに到着しており、主殿が手続きをしておった。
「それでは身分を証明できるものの提示をおねがいします」
年嵩の女がそう言うと主殿は固まってしまったようだ。
我はこちらの世界の身分証など持っておらぬからのぅ。
仕方ない我自身のことでもあるし、力を貸そう。
我は女に対して求める物が見えるように魔法をかける。
精神感応系の魔法で人族では失われたものじゃ。
こういう系統の魔法はほとんど失われているらしい。
おそらく
確かに人には過ぎた魔法じゃし、我も余程のことが無い限り主殿であっても教えるつもりは無い。
「裕哉じゃない。一緒にいる
我が主殿に説明していると後ろから主殿が声をかけられた。
我も振り返り声の主に目を向ける。
背はそれほど高くないが目鼻立ちはくっきりとしており中々に整っておる。
体つきは少し痩せ型かの。胸は我ほどではないが人並みにはあるようじゃ。
そしてその挑むような目つき。
ふむ、もしかしてこの者が『アカネ』かもしれぬのぉ。
一応主殿に確認をせねばな。
「ふむ、主殿、知り合いのようじゃし、紹介してくれるかの?」
「あるじ、どの?」
どうやら我の主殿への呼び方が気になるようじゃの。
「あ、あ、茜、こちらはレイリアさんと言って、えっと、お、親父の知り合いでだな、たまたま日本に来たから案内してほしいって言うからだな!」
主殿がしどろもどろになっておる。
まるで上官の娘に手を出そうとして見とがめられた騎士のようじゃ。
見ている分には面白いが、主殿を困らせるつもりもない。ここは話を合わせておくべきじゃの。
我も自分から名乗る。
「初めまして工藤茜です。裕哉とは
我の予想通りじゃったの。
「おお!そなたが『アカネ』か! 主殿からよく話を聞いておる!」
「ゆ、裕哉がよく話をしてたんですか?」
我の言葉を聞きアカネが喜色を浮かべる。
「うむ! チュウガクとやらからの腐れ縁で悪友のようなものじゃとな!」
主殿に聞いたのはそれだけでなく『大切な友人』とも言っておったが、まぁ、それは良かろう。面白そうじゃし。
その後は慌てた主殿に引っ張られて『授業』とやらの行われる場所まで移動した。
無論、アカネも一緒に付いてきている。
ふむ、アカネの人となりを知るには良い機会が巡ってきたの。
『授業』が始まった。
我は主殿の隣に座りその内容に耳を傾ける。
言っていることの半分も理解できぬが、非常に高度な内容であることは判った。
我ら上位龍も長命さ故に人を遥かに超える英知を持つとされているがこれほどの知を持つ者は我の知る内にはおらぬ。
このような学問を修めることができるならその者は向こうの世界でならば賢者と呼ばれるであろう。
主殿の話では分野ごとに専門は異なるが、毎年この国だけで50万以上の者がこの大学と言うところで学問を修めるらしい。
まさに途方もない数じゃ。
この国ではこの賢者と互するほどの人材が毎年それだけ出てくることになる。
なるほど、だからこそこれほどの文明を築きあげることができるわけじゃな。
それにしてもアカネが話を聞くのではなく主殿を睨み付けるのに忙しいようじゃが、聞かなくても良いのかのぅ。
『授業』が終わり、主殿とアカネと共に外に出る。
それにしても広い敷地じゃ。
これがすべて大学ということなのだから感心する。
余程の労力をかけて教育を行なっているのだろう。
我の隣でアカネがいろいろと説明をしてくれる。
どうやら主殿に喋らせたくないようだが、うむ、愛いのぅ。
これ幸いと我も色々と質問を重ねる。
我が教わる側に立つのは久しぶりじゃ。実に楽しい。
一人蚊帳の外になってしまった主殿だが、何やら友人らしい者と話している。
随分と気安い間柄のようじゃ。
声を掛けると我にも紹介してくれた。
「いやぁ〜、レイリアさんとんでもない美人っすねぇ! 比較される女の子が可哀想なくらいだ!」
我を褒めながら楽しそうに笑う。
軽薄に見えるが心根は悪くなさそうじゃの。
少し弱すぎるとは思うが、この世界ではこれが普通なのかもしれぬな。
そのように考えていると不躾で不快な声が響く。
何やら喚いているようじゃがどこにでもこういう阿呆はおるものじゃのぅ。
普段の我ならば即座に消し飛ばすところだがここは主殿の世界、勝手をするわけにはいかぬ故黙殺する。
じゃが、我が何も言わぬのを良いことに看過できぬことをその阿呆は行いおった。
主殿の胸ぐらを掴みあろうことか恫喝らしき言葉を吐いておる。
これは少々お仕置きが必要か。
我は阿呆の顔を掴みあげて教育を施そうとすると主殿が止めた。
不満は残るが主殿の迷惑になっては本末転倒だ。
お仕置きは次に会ったときにすることにしよう。多少利子が付くかもしれぬが。
その後は皆で再び街を巡る。
用途の判らぬ物を売っている商店や何列もの椅子に多くの者が座って塀のような物に向かって何かをしているやたらと煌びやかで騒々しい商店、食い物を持ち帰れる屋台のようなところなど実に沢山の商店が並んでいる。
商店を色々と見て回り、『すいーつ』なる物を堪能する。
『ぱふぇ』には及ばぬがうむ、これも中々良い。
服屋にも寄ったが、どうやらこの国の服屋は生地を扱っていないようじゃった。
う~む、生地は素晴らしい物が多いが作ってある服はどれも妙にヒラヒラしているか或いは締め付けるかのような物ばかりで今イチじゃのぅ。
そのうち今日はどこに泊まるのかという話になった。
我は当然主殿の家に行くつもりじゃ。
主殿の御家族には是非とも会っておきたいからの。
当初難色を示していた主殿も諦めたのか了承してくれた。
すまぬのぅ。我の我が儘なのはわかっておるんじゃが、ここは呑んでもらおう。
何、心配せずとも我がうまく対処しておくから安心せい。
アカネが邪推したのか不機嫌になるのが手に取るように判る。
「ならばアカネも一緒におればよかろう」
そう言うとアカネは即座に了承した。
主殿の家に着く。
思っていたよりもかなり小さな家だった。
主殿は普通の家庭に育った一般人とはよく言っておったが確かなようじゃな。
建屋に入ると主殿の妹御を紹介してくれる。
少し小柄ではあるが均整のとれた体躯に健康そうに焼けた肌。
はっきりとした大きめの目をした可愛らしい少女が我を興味深げでありながらも少し警戒するように見ている。
主殿によく似た芯の強そうな良き娘のようじゃ。
これは是非とも我の知らぬ主殿のことを聞きながら親しくならねばの。
御母上にも会うことができた。
穏やかでありながらも凛とした雰囲気を持つ、正に我が想像したとおりの人物であった。
このような女性(にょしょう)であればこそ主殿をあのように育てることが叶ったのであろう。
人種でありながらも我が認めるに足る者であるな。
主殿にそのことを小声で告げると、
「頼むから直接そんなことを言わないでくれよ」
と釘を刺された。
失敬な。さすがに我とてこの世界の人種に対しそのような見下す言い方を本人にせぬよ。
まして主殿の御母上殿じゃ。
嫌われるかもしれぬことなどするはずがなかろうに。
食事と風呂が終わり客間へと案内された。
が、直ぐに妹御が『話をしよう』と誘いに来る。
願ってもないことじゃ。
妹御(『アユミ』というそうじゃ)の部屋に行くとアカネも居た。
うむ、ますます良い。
二人とも我の知らぬ主殿を沢山知っておるはず。
少しでも聞き出したいものじゃ。
「えっと、レイリアさん。単刀直入に聞きますけど、裕哉とはどんな関係なんですか?」
アカネが鋭く聞いてくる。
ふむ、異世界の事を話せぬとなると中々説明が難しいのぅ。
「我と主殿とは魂で絆を結んだ同士じゃ。だがそれは色恋のことではないがな」
我はアカネが聞きたいであろうことを先に告げておく。
「そ、そうなんですか?」
アカネが少し安心したような顔をする。
「じゃが! 男として魅力を感じておらぬと言うわけでもない」
続けた我の言葉にアカネは途端に不安そうにする。
表情の豊かな娘じゃ。
実に可愛らしい。
「兄ぃのこと、好きなんですか?」
今度はアユミが聞いてくる。
「好きか嫌いかで言えば間違いなく好きであろうの。ただ、その種類は我にもよくわかってはおらぬ」
我は胸の内を正直に話す。
主殿と我では種が異なる。
無論それが我にとって障害となることも無いのじゃが、多少の躊躇いはある。
主殿がそれを望むかどうかも判らぬしの。
「ライバル?」
アユミがアカネに向かって問いかける。
「ラ、ライバルって、そんなんじゃ……」
アカネが顔を真っ赤に染めて何やらモゴモゴと口の中で呟いている。
その様子を見て我もアカネに問う。
「我も聞くがアカネは主殿とどのような関係じゃ?」
「か、関係って、お、幼馴染と言うか、友達というか……」
「なんじゃ、はっきりせんのう。伽は済ませておらぬのか?」
「と、伽⁈」
「ん? 女が男とまぐわうことを伽とは言わぬのか?」
「ま、ま、まぐわうって!」
アカネは耳や首まで真っ赤にして俯いてしまった。
ふむ、この様子では本当に何もなさそうじゃの。
まったく、此れ程までに雌の匂いをさせている
我がアカネと話している間口を挟まなかったアユミは我をジッと見ている。
この娘はよくわからぬ。
どうやら兄である主殿に相当懐いているようではあるが、アカネとは
仲が良さそうじゃ。
さてアユミの目には我がどう映っているかのぅ。
やがてアユミが我に向かって言った。
「私はレイリアさんのことよく知らないから、これから見極めることにする」
「ふっ、手強そうじゃの。お手柔らかに頼む。アカネもな」
我は破顔してそう応じた。
こういう遣り取りは初めてじゃが、実に楽しいと感じる。
上位龍としてはまだまだ若輩ではあるものの、普人種より遥かに生きている我としては初めての経験じゃ。
それからは主殿の昔の話や失敗談などを聞きながら、結局夜が更けるまで話に花を咲かせることになった。
朝になり我は向こうの世界に戻るために主殿の家を出る。
主殿とは召喚された場所で落ち合う予定じゃ。
「じゃあ気をつけてな」
主殿と仮初めの挨拶を交わしたとき、ふと悪戯心がわいた。
「うむ、主殿もまたな」
そう言いつつ、我は主殿に口づけする。
唇を離した後アカネを見やり微かに笑う。
これは挑戦状じゃ。
我と主殿とは一緒にいた時間はアカネに遠く及ばぬ。しかし共に死線を抜け支え合った濃さでは負けぬ。
どちらが主殿の
動揺しているらしい主殿を置いて我は踵を返した。
山中にて待つことしばし、主殿が転移してくる。
そして我の顔を見るなり文句を言ってきた。
「レイリア。なんてことしてくれるんだよ!」
「なんじゃ、主殿は嫌じゃったのか?」
「い、嫌ってわけじゃないけど……」
段々主殿の気勢がしぼんでくる。
主殿の少し赤くなった顔を見ると愉快じゃ。
「はぁ、まあ、もうしゃーないか……ほれ!」
主殿は一つため息を吐くと、我にミスリルでできているであろう小箱を投げて寄越した。
箱をよく見てみるとどうやら空間拡張と時間停止の付与がされているようじゃ。
中身を取り出してみる。
「おお!これは!!」
出てきたのは至高の食べ物である『ぱふぇ』!!
「あ〜、なんだ、レイリアが随分気に入ったみたいだったからな。昨夜バイト先に無理言ってテイクアウトしてきた」
「主人殿!!」
感極まった我は主殿を胸に抱き締める。
「フガ!」
こういう心憎いことをしてくれるから主殿は堪らんのじゃ。
しばらく抱きしめていると我の背中を軽くトントンと叩いていた主人殿の手がバタバタと激しいものに変わってくる。
こんな誰もいないところでそれほど照れることも無かろうに。
更にしばらくすると強引に主人殿が我の腕から抜け出てしまう。
「こ、殺す気か!」
「なんじゃ、失礼な。我の胸に抱かれるのは気に入らぬか?」
「窒息するわ!」
「そう言いつつも最初は堪能しておったではないか」
「う……」
図星を指されて主人殿は顔を背ける。
おお、そんなことより溶けてしまう前にぱふぇを仕舞っておかねば。
箱の中身を確認してみると全部で4種類20個ほどの『ぱふぇ』が入っていた。
なんとか1日ひとつで我慢せねば直ぐになくなってしまうのぅ。
「主殿に対価を払わねばならぬの」
「いらねぇよ。それより届け物を頼む」
主殿はそう言って聖剣を我に渡す。
「うむ。確かに預かった。任せよ!して、渡すのはアリアナス国王で良いのか?」
「ああ。もし国王陛下が受け取れなければメルにでも渡しておいてくれ」
「承知した」
「じゃあ、送還するぞ」
「それは良いが、できれば二月に一度ぐらいは我のことを呼んではもらえぬか?」
「ん?あ、あぁ。俺もレイリアには会いたいし、レイリアが良いなら又呼ばせてもらうよ」
「約束じゃぞ!」
我は念押ししてから送還の魔法陣に入る。
次の瞬間には我は塒に戻っていた。
やはり送還はあっさりし過ぎて味気ないのぅ。
じゃが、再会も約したし、主殿は約束は守る御仁じゃから期待して待つことにしよう。
そのためにもさっさと頼まれごとは片付けねばな。
王都に行ってティアと
その時には『ぱふぇ』も食べさせてやるかの。
我は再会前の鬱屈した気持ちなどどこにもなくなった自分の心に満足しながらアリアナス王都目指して飛び立った。
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