第11話 勇者の家庭訪問 後編

「ここが主殿の言う『大学』か? 随分と大きいのじゃのう」

 大学に到着したレイリアの第一声がこれだ。

 それには直接答えずに守衛所に見学の旨を伝え入門証をもらう。

 それをレイリアの胸に付けてやる。

 決して疚しいことは考えていない。いないったらいない!ちょっとポニョんとしたけど疚しいことは断じて無い! ……はずだ。

 

 とりあえずは事務局に見学の申請をしないとな。

「一国の王城並みの広さがありそうじゃの。ここにどのくらいの人がおるのじゃ?」

「確か学生だけで2千人くらいだったかな?教授や職員の数はしらないけど」

「ちょっとした地方の街並みの人の数じゃのぅ。このようなところが他にも沢山あるというのか?」

「確か首都圏だけで250くらいだったかな? まぁ、アリアナス王国の半分以下の面積に3700万人ぐらいが住んでるからな。それくらいはないと足らないんじゃないか?」

「さ、さんぜんななひゃくまん……」

 レイリアが絶句してる。うん、珍しいものを見た。

 そりゃ向こう異世界とは人口が違うからなぁ。

 アリアナス王国の王都でも10万人くらいだっけ? 確か王国全部でも100万人は居なかったはずだし。

 

 そんな話をしているうちに事務局に到着する。

「それでは身分を証明できるものの提示をおねがいします」

 書類を書いて提出したら事務員さんにそう言われてしまった。

 ヤバい! そうだよね普通は必要だよね?

 全然考えてなかった!

 

「ふむ、これで良いかの?」

 そう言ってレイリアが出したのは冒険者ギルドのカード!

 え? ちょ!

「はい。結構です。それでは手続きはこれで終了ですので、当大学をゆっくりと見学なさってください」

 うそ!? マジ?!

 ギルドカードって、コッチでも使えるの?!

 って、んなわけないじゃん!

「何を惚けているか! 魔法で相手の見たいものを見せただけじゃ」

 レイリアに笑われてしまった。

 いつの間に……

 ってか、魔法でそんなことまでできるのか。さすが龍族。まじパネぇ!

 精神に作用する魔法は闇系に属するんだけど、俺は『認識阻害』と『睡眠スリープ』くらいしか使えない。資料も殆ど無いからどんなものがあるのかさえよくわかっていないらしい。人種の場合、種族的に闇系は適性が低くて、特に精神系は取得できる人はほとんどいないらしい。

 まぁ、実際人間がそんな魔法を自在に使えるようになってたらとんでもない世界になりかねないし、むしろ良かったと思うね。

 向こう異世界で精神系の魔法がつかえるのは一部の魔族や上位龍種、エルフくらいだったらしい。

 ともあれ、これで授業受けても問題は無いな。

 そう思って授業に向かおうと振り返った瞬間、全身を寒気が襲った。

 

 

 満面の笑顔の茜がそこにいた。

「裕哉じゃない。一緒にいる女の人・・・はどなたかしら?」

 こ、コエェ! 笑顔なのにメチャクチャ怖い!!

 あれ? 笑顔って人の心を温かくしてくれるよね?

 今は梅雨の晴れ間の蒸し暑い日なのに体感(心感?)温度が-20℃くらいになってるんですけど?

「ふむ、主殿、知り合いのようじゃし、紹介してくれるかの?」

「あるじ、どの?」

 ひぃ! 茜さん! 冷気が限界突破してます!!

「あ、あ、茜、こちらはレイリアさんと言って、えっと、お、親父の知り合いでだな、たまたま日本に来たから案内してほしいって言うからだな!」

 必死にしどろもどろになって言い訳を始める。

 ってか、浮気がばれた男か? 俺は?

「ふ〜〜ん? お父さんの知り合い、ねぇ。……で? 主殿って何?」

「そ、それはな、レイリアはこっちの言葉にまだ慣れてなくてちょっとした古めかしい変な言葉遣いになってるんだよ!」

「主殿。我の言葉はそんなに変かの?」

 レイリアさんちょっと黙っててください。お願いします。

 茜はまだ納得できないようにジト目で睨んでいたが、

「初めまして工藤茜です。裕哉とはとっても長い付き合い・・・・・・・・・・なんですけど、こ〜んな美人の・・・知り合いがいたなんてビックリしました」

 あの、茜さん? なんで所々強調するんですかね?

「おお! そなたが『アカネ』か! 主殿からよく話を聞いておる!」

「ゆ、裕哉がよく話をしてたんですか?」

 茜が心なしか嬉しそうに聞く。

「うむ! チュウガクとやらからの腐れ縁で悪友のようなものじゃとな!」

 茜がピキッと額に青筋を立ててこちらを見る。

「ふ〜ん……腐れ縁で悪友……ねぇ……」

 し、視線で殺されそうです。

「お、俺たち授業があるから! じゃぁ!!」

 俺はレイリアを引っ張って逃げるようにその場から立ち去った。

 

 

 大学内の講義室。

 間もなく授業の開始時間となり、俺はレイリアと共に席に着く。

 俺の右側にレイリアが座り、左側には、

「なぁ、なんで茜が一緒に来てんだ?」

 何故か茜が座っている。

 これからの授業は『国際経済』であって、教育学部の茜が受けるはずが無いんだが。

「いいでしょ、別に? 私も午後は必修無いし、個人的な興味があったし。他意はないわよ」

 いや、むしろ他意しか感じないんですけど?

 それと、さっきから俺の足をガシガシ蹴るの止めてもらえないでしょうか?

 そんなこんなで、授業の内容を興味津々で聞くレイリアと俺に視(刺?)線をロックオンした茜に挟まれて集中できない授業を終えた。

 

 校舎を出てレイリアに大学内を案内していく。

 当然のように茜がくっついてきている。

「こっちが学食でその向こう側に購買があるの。その向こうの道を行くと運動部の部室棟ね」

「ほうほう、運動部とはなんじゃ?」

「いろいろあるけど、うちの大学は野球部とラグビー部、柔道部が結構有名みたいね」

 っていうか、むしろ俺の方がオマケっぽい。

 レイリアの質問に主に茜が答えてる。ってか、すでに俺いらなくね?

 さっきから茜が俺に喋らせてくれないんだけど、指摘はしない。

 だって恐いから。

 それにしても、歩くたびに突き刺さる視線がウザい。

 見目の良い女性2人も連れているせいか男共が殺気のこもった視線を投げかけてくる。女たちも興味深げに見てくるし。

 うん、実に目立ってるね。俺たち。

 明日からの大学生活が不安になってくる。

 

「柏木く〜ん? ちょっと良いかい?」

 突然俺の肩に誰かの腕が回されたかと思うと、そんな声を掛けられた。

 見るとそこに見知った顔が。

「章雄先輩。なんすか? まぁ、聞かなくても解りますが」

 五所川原章雄(ごしょがわらあきお)。俺の所属するツーリングサークルの先輩で法学部の3年生。

 外見は、うん、チャラい。金色に染めた長髪でソコソコのイケメンで、何より実に軽薄そうな笑顔が印象的な典型的チャラ男!

 美人は男連れで無い限り声を掛けるのが礼儀だと公言して憚らない。

 イタリア人かよ。

 いや、性格は悪くないんだよ?

 彼氏持ちの女の子は口説いたりしないし、気遣いもできるし面倒見も良い。公立大の法学部に入学できるくらいには頭も良い。

 ただ、外見のチャラさが災いして彼女無し。ナンパも連敗続きらしい。

 こんな外見してるくせに真面目でおとなしい女の子が好みとか、そりゃ無理があるだろ?

 結婚願望も強くて、相手には専業主婦をしてほしいとか、子供好きでたくさん子供が欲しいとか。

 ちなみに愛車はDUCATIのストリートファイターという848ccのモンスターバイク。

 何か、外見と中身が色々とチグハグな御仁なのだ。

 良い人なんだけどなぁ……

 

「スッゴイ美人連れてんじゃん! なんで俺に紹介してくんないのよ?」

「先輩のストライクゾーンからは外れてんじゃないすか? 大体、バイトとレポートで忙しいんじゃなかったんですか?」

「何言ってんだよ!それはソレ、これはコレだろ!?」

「んなこと言ってるとまた留年しますよ?」

「ぐ! ユーヤちゃんも言うようになったね」

 章雄先輩はバイク買うために大学入学直後からバイトに明け暮れて1年生半ば過ぎの段階で3年進級単位取得絶望になり留年が確定したという、留年確定最短記録保持者だったりする。

 うん、絶対に見習いたくないね。

「主殿、知り合いかの?」

「ああ、同じサークルの五所川原章雄先輩。見た目は軽薄そうでチャラいけど、それなりには良い人だから」

「……柏木君その紹介の仕方はちょっと辛辣すぎないかい? もしかして俺のこと嫌ってる?」

 俺はそれには答えず章雄先輩にレイリアを紹介する。

「いやぁ〜、レイリアさんとんでもない美人っすねぇ!比較される女の子が可哀想なくらいだ!」

「へぇ〜、センパイ、誰と、誰を、比較するんですかねぇ」

「げ!い、いや、茜ちゃんも負けないくらいの美人だよ? うん!」

 レイリアの横でにこやかに殺気を飛ばしている茜に気がついて慌ててフォローする章雄先輩。

 ヘタレっすね、先輩。

 俺も人のことは言えんが。

 

「よお五所川原! 随分楽しそうじゃねぇか。俺らも混ぜてくれよ!」

 突然周囲が騒がしくなると、そんな大声が響いてきた。

 声の方を向くと運動部らしいジャージ姿の縦にも横にもゴツい男が近寄ってきている。

「チッ!またメンドくさい奴が! 柏木、ラグビー部の飯島だ」

 章雄先輩の説明に俺もまた面倒が降ってきたことに溜息を吐く。

 学内でも有名なラグビーの選手であり、粗暴さでも知られている。

「この子は大学の見学で来てるんだ。お前には関係ないんだからさっさと部活行ったらどうだ?」

「チャラ男がウルセェんだよ!てメェは引っ込んでろよ!」

 章雄先輩の制止をテンプレ通りの答えで応じる筋肉デブ。

 そこで簡単にヘタレないでくださいよ章雄先輩。

 とはいえ、あまり騒ぎになりたくはない。

「まぁまぁ、飯島センパイ。この子は俺の連れなんで、今はちょっとカンベンしてもらえないっすか?」

「ああ? 大学の見学だったら俺が変わってやるから、てメェはもう行っていいぞ?」

 執り成す俺の胸倉を掴んで凄むデブ飯島。

 ハムスターが威嚇してるのと大して変わらんのだが、さて、どうするか。


「なるほど、阿呆はどこにでもおるの。……で? 貴様は主殿にいったい何をしているのかの?」

「が?ぐぁぁぁぁ!!」

 俺が対応に迷ってたら、沸点の低い人が居ましたよココに。

 レイリアがデブ(すでに名前無)をアイアンクローで釣り上げてる。

 デブは叫びながら暴れるが微動だにしない。

 そりゃ見た目は美女でもドラゴンだしね。宙ぶらりんでバタバタしてもどうしようもないでしょ。

「レイリア、その辺にしてくれよ。あんまり騒ぎになりたくない」

 はっきり言って既に遅いがね。

「フン! 命拾いしたの」

 チンピラかよ。

 レイリアが手を離すとデブはその場で顔を押さえて蹲る。

 嗚〜呼、顔に手形がクッキリと。しばらくは落ちないんじゃないか?あれ。

「大丈夫っすか?センパイ」

 俺はデブの腕を掴んで引き起こしつつ、

「コレに懲りてあんまり調子に乗らないほうがいいですよ?」

 ピンポイントに殺気を込めて小声で警告する。

 うん、わかってくれたらしい。ちょっと青ざめながらコクコクとうなずいている。ってか、顔は青ざめても手の跡は赤いままですね。

「ちょっと! いったいどうなってるわけ? レイリアさんっていったい何者なの?」

 茜が俺に小声で喚く。

 忘れてた。そう言えばいたんだ茜。

 ボソっと呟いただけなのに足を蹴られた。

「ちょっと力が人より強いだけだよ」

 俺は適当に誤魔化す。……本当に適当だな……

 茜が納得してないのはわかってるが放置だ、放置!

「んじゃ、章雄先輩、俺たちはそろそろ帰ります」

「あぁ!ちょっと待って!せめてメアドだけでも!!」

 食い下がる先輩をスルーして大学を出るために駐輪場に向かって歩き出した。

 

 

 大学を出た俺たちは適当に街を散策した後、帰宅することになった。

「なぁ。本当に家まで来る気か?」

「なんじゃ、ダメなのか?折角だから主殿の御家族にも是非お目にかかりたいのじゃが」

「いや、ダメってことは無いんだが」

「何よ。ヤマシイことがないんだったら良いじゃない」

「なんで茜まで一緒に来ることになってるんだよ」

 そう。あろうことかレイリアが家に来たいと言い出したのだ。

 それも茜までくっ付いて。

 親父の知り合いって言った手前、茜が来るのは非常にマズイんだが。

「大丈夫じゃよ。我が魔法で誤魔化すゆえ安心せい」

「頼む」

 ボロが出ないように頑張るしかないか。

 

「おかえり」

 家に着くなり亜由美が待ち構えていた。

 玄関開けた瞬間の対応がコレだ。

「いきなりかい! どこで今日のこと知った?」

「私と茜さんはメル友。少し前に茜さんから兄ぃが女の人を連れ込もうとしているって連絡もらった」

 人聞きが悪すぎる。ってか、お前らいつの間にそんなに仲良くなった?

「……まぁいいや。母さんは?」

「もう帰ってるよ。お客さんのことは報告済み」

 手回し良いな。おい。

 俺は亜由美をレイリアに紹介して家の中に促す。

 キッチンにいた母さんにも紹介して、レイリアと茜が夕食を家で食べることをお願いする。

 母さんはレイリアを甚く歓迎してくれた。

 親父の話も出たがレイリアがうまく誤魔化してくれたらしい。

 食事も問題なく済ませ、風呂も終わった。

 そこまでは良い。しかし何故か今日は茜もうちに泊まることにいつの間にか決定していて、今はレイリア・亜由美・茜の三人は亜由美の部屋で話をしているらしい。

 ここまで俺の意思は一切反映されていない。

 というよりも早々に追い出されて俺は自室で頭を悩ませている。

 レイリアのやつ大丈夫だろうな。

 下手なこと言ってあの2人に勘付かれないだろうか。

 一度様子を見に行ったんだが、

「「「女同士の話に口を挟むな!さっさと寝ろ!!」」」

 そう言われてしまった。

 なにも口を揃えて言うことないじゃんか。

 気になりつつも俺は寝ることしかできなかった。

 

 

 翌朝、早めに朝食を終え、レイリアを見送りに玄関を出る。

「では、世話になったの。楽しい一時じゃった」

 そうレイリアが亜由美と茜に挨拶をする。

 ちなみに母さんは既に病院に出勤済みでここにはいない。

 レイリアはこの後1人で駅に向かうという口実で家を出て、人気の無い場所から召喚された山に『転移』して俺と合流することになっている。

 なので俺との別れの挨拶はフリだけだ。

「じゃあ気をつけてな」

「うむ、主殿もまたな」

 そう言うなりレイリアは俺に顔を寄せる。

 俺の唇に何か柔らかいものが触れる。

「な⁉︎な、な、な⁉︎」

「「!!」」

 レ、レイリアさん?いきなりなんでキスするんですか⁉︎

「ではの」

 レイリアは悪戯っぽく微笑むと身を翻して歩いていってしまった。

 マジ?

 この状況で放置っすか?

 ギギギィとおそるおそる後ろを振り返ると、

 貞◯が居た。いや、鬼か?

「フゥ〜〜〜〜」

 俺は大きく息を吸うと、一気に駆け出した。

「あ⁉︎ ま、待ちなさい!!」

「兄ぃ!逃げるな!!」

 そりゃ逃げるでしょ!

 だって怖いもん!!

 俺はレイリアに文句を言うために合流すべく一気に加速した。

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