第10話 勇者の家庭訪問 前編
「う~ん、どうしようか……」
俺は自室の机に向かい、頭を悩ませている。
目の前の机の上には豪奢な装飾が施された一本の長剣が置いてある。
バスターソードという種類になるのか、通常の長剣よりも長く大剣よりは短い。所謂片手半剣と言われるタイプで、刺突にも斬撃にも対応している直剣だ。
俺がアリアナス王国に勇者として召喚されてから基礎的な鍛錬を終え旅経つ際に国王陛下から下賜された所謂『聖剣』という奴だ。
帰還する前に返そうと思ってたのにアイテムボックスに入れたまますっかり返すのを忘れてしまった。
ていうか、返せとか言われなかったんだよね。
『下賜する』とか言われたから、もしかしたらくれたのかもしれないけど、だけどなぁ……
俺は改めて聖剣を鑑定してみる。
『鑑定』
ウルリスの聖剣
ヴァリエニスがアリアナス王国第2代国王に与えた宝剣
アリアナス王国王族及び王族が所有を認めた者のみ使うことができる
光属性・攻撃力+100・魔法効果2倍・MP消費1/2
うん、かなりのチートだね。
これ個人に与えて良いもんじゃないだろ。魔法なんて実質効果4倍じゃん。
かたや、こちらは聖剣を持っていても使い道など無い。言葉は悪いが完全な無用の長物だ。
これはやっぱり返すべきだろう。
そもそも、なんか、気分的に落ち着かない。
なんだろ、図書館で本を借りたまま引っ越してきちゃったとかみたいな感じ?
いや、価値はまるで違うんだけどさ。
実は返す方法が無いわけでもないのだ。
完全な確証があるわけじゃないんだけど、うまくいく可能性はかなり高い。
ただ、問題は頼む相手なんだよなぁ。引き受けてくれれば良いんだけど。
翌日。
俺は再び魔法の検証をした山の中に来ている。
昨日考えていた、聖剣を返却する方法を実行するためだ。
キーワードは『召喚魔法』である。
実は前回魔法を試してから別の場所(自宅の部屋なんだけどね)でもう一度『影狼』を呼び出して確認した所、どうやら『送還』するとちゃんと
らしいってのは、影狼は喋ることはさすがに出来ないが、キチンと俺と意思疎通はできるんだよ。従魔との間にある魔力パスとも言うべきラインを通じて意志の相互伝達が出来るのだ。
まぁ、俺の方は何となく喋って指示を出したりすることがほとんどなんだけどね。
だって、なんか不安じゃん。
ちなみに、最初に比べると2回目は召喚にかかる時間が大分短縮されていた。
なんでだろ?もしかしたら一度召喚すると道みたいな物ができるのかね?
それはともかく、というわけで、召喚獣達はこちらに召喚してもキチンと異世界に戻れるわけで、これを使えば何とか聖剣をアリアナス王国の王様に返す事が出来るはずなんだよね。
ただ、影狼は話すことが出来ないし、見た目はまんま魔物だから王宮に行ってもらうことは出来ない。
まぁ、
そもそも
よって、直接王宮に行っても問題ない奴を呼ぶことにするつもりなんだけど。
問題は、俺の頼みを訊いてくれるかどうかなんだよなぁ……
俺は山の尾根の影、周囲から見えない位置に陣取ると魔力で召喚陣を描き『召喚』を実行する。
「「
数秒の後、召喚陣が起動し魔力光が拡大していく。
その光が直径20メートル程まで大きくなりやがて収束していった。
そしてその場に巨大な黒い龍、東洋的な龍ではなくまさしく西洋の伝説に出てくる偉容を持ったドラゴンが現れる。
でかい。頭から尾までの全長は30メートル近い。
その姿は見る者全てを畏怖させるに足る偉容を誇る。
まさにドラゴン・オブ・ドラゴン!
うん、久しぶりに見るとその姿はマジ、カッケェ!
「よう、レイリア。急に呼び出してすまなかったな」
俺の呼びかけに、珍しく驚いたような戸惑った様子を見せる黒龍。
「主殿か?元の世界に帰ったのではなかったのか?まさか…」
戸惑いと共に心配そうな声で問いかけてきた。
うん、2メートル以上あるお顔が俺の正面を向いた状態で声を掛けられると普通に恐いんですけどね。そのままパクリとされてしまいそうだ。
「いや、ちゃんと帰れたよ。ココは俺のいた世界」
「なんと!ではここが主殿の言っていた『日本』という国か!!」
「そういうこと」
「う~む、主殿の召喚魔法が界を渡ることが出来るとは流石に思わなかったぞ」
うん、それは俺も完全に予想外です。
「主殿との再会は喜ぶべき所だが、何用じゃ?ただ会いたくなったから呼んだというわけでもあるまい?まぁ我はそれでも構わぬがな」
「あ~、いや、ちょっと頼みたいことがあってな?」
「なんじゃ?」
「ちょっと返すのを忘れた物があってさ。それをアリアナス王国の王宮に届けて欲しいと思ってな。頼まれてくれないかな?」
俺は拝むようにして頼み込む。
というのもレイリアは基本的に人と関わることを忌避している。俺や仲間達以外とはほとんど関わろうとしなかったし人間社会のことに関してはほぼ無関心だ。
俺と従魔契約を結ばなければ魔王や邪神との戦いにも関わることはなかったかも知れない。
そんなレイリアにしてみれば王宮なんぞ好き好んで行きたいとは思わないだろう。
俺とレイリアとの関係は他の従魔達との関係とは少し異なる。
普通従魔と契約をするには相手を屈服させて契約を結ぶ。その場合完全な主従関係となり、主の命令は絶対的な効力を持つ。
でもレイリアとの従魔契約は事情が違う。
俺に対する言葉でこそ『主殿』などと呼びはするが、俺はレイリアに対して命令することはできない。従魔契約は単に魔力的なパスを通じて相互の情報交換を円滑にすることと、召喚魔法を活用するために結んだ契約だ。
どちらかと言えば友人や仲間と言う方が近い関係だろう。
第一、契約した時点では俺よりもレイリアの方が遙かに強かったしね。色々な意味でいまだにレイリアには勝てる気がしない。
だから、俺はレイリアに何かしてもらうには頼むしかないし、それを聞き入れるかどうかはレイリア次第だ。
俺に無理強いをすることはできないし、する気もない。
「ふむ。そういうことか」
「頼めるか?」
俺がそう言うとレイリアは目を閉じてしばし黙考する。
「その頼み受けても良いが、一つ我の願いも聞き届けてくれるか?」
「願いってなんだ?」
俺はその願いの内容を半ば予想しながら訊き返す。
「うむ。せっかく何度も話を聞いていた主殿の世界に来られたのだ。色々と見てみたいと思ってな」
レイリアは俺の予想通りの願いを口にする。
俺としても
ただ、そうは言ってもドラゴン姿では困る。自衛隊が出動する騒ぎになりそうだ。リアル円○映画なんて勘弁だ。
「それは構わないが、その姿じゃ無理だ」
「わかっておるわ」
幾分不本意そうな弾んだ声という器用というか、難易度の高い返答をすると、レイリアの体を淡い光が包みみるみる大きさが縮み形も変化していく。
数秒後、そこにインドのサリーのような衣装を纏ったエキゾチックな相貌の美女がいた。
褐色の肌に肩の後ろまであるセミロングのウェーブヘア。俺より少し低い程度の長身にスラリとした体躯。
何より前面に見事な双丘!バインバインのスイカが2つこれでもかと自己主張をしている!!
相変わらず非常にケシカランお姿をしていらっしゃる。
健全な青少年の精神衛生上、非っ常に好ましくないってか、誠に好まし…ゲフンゲフン…
「主殿は相変わらずじゃの」
思わずオッパイをガン見してしまった俺をからかうように笑う。
いや、あの、ごめんなさい。あんまり見せつけるようにたゆんたゆん揺らさないでください。お願いします。
「これで良かろう?」
レイリアは自分の姿を示しながら俺に問う。
俺は頷く。
これならアジアからの旅行者に見えないこともないだろう。ちょっと美人すぎるが、それはまぁしょうがない。
え?説明不足?
いやだって、ドラゴンが人化できるのなんて定番でしょ?
いいじゃん。美人はどんなことでも許されるって昔の偉い人だかも言ってたはずだし。
「んじゃ、行くか。わかってるとは思うけど、異世界のことは一切内緒で頼む」
「うむ。こちらの世界は異世界のことを知らぬのだったな」
「ああ、話したところで頭のオカシイ人だと思われるだけだけど、余計な騒ぎはゴメンだからな」
レイリアが承諾するのを確認した俺はバイクの置いてある山道へレイリアと共に転移する。
「これが主殿の言っていた『ばいく』というものか? 思ったよりも小さいのじゃのう」
レイリアさん、男の子に小さいは禁句ですよ。
「そりゃ馬なんかに比べればな。こんなんでも馬よりもはるかに速いしパワーもあるぞ」
俺はレイリアに予備のヘルメットを被せながら後ろに乗るときの注意事項を説明する。まぁ、馬よりゃ簡単だから大丈夫だろう。
レイリアが後ろに跨り俺の腰をつかんだのを確認してバイクを発進させる。
少し走ると山道が舗装道路に変わる。
「おぉ!道が驚くほど滑らかじゃの! それに乗り心地も良い」
後ろではしゃぐような声を上げている。
スピード自体は空を駆けるドラゴンにはもの足らないだろうが、せいぜい異世界を満喫してもらおう。
俺は俺で背中のポニョポニョの感触を楽しませてもらってマス。
レイリアは見慣れない風景や車、建物を見てははしゃいだ声を上げていた。
こんなレイリアは俺も初めて見る。
なにせ龍族は数千年の寿命を持ち、レイリア自身も数百年生きているらしいから、当然なのかもしれないがね。
「ううむ。人というものはすごいものじゃのぅ。話には聞いておったがこれほどとは思わなんだ」
駅前に戻った俺はレイリアを案内しながらファミレスに寄り食事を摂りつつ談笑する。もちろんバイト先ではない。
こんな美人連れていったら後が面倒になりそうだからね。
現に今も周りの男たちの視線がガンガン刺さってくる。
ちょっと優越感!
いいだろ?ちょっとくらい自慢げにしたって。
そりゃ俺の彼女ってわけじゃないけど……
「魔法ってのが無い分、科学が発展したのがこの世界だからな。レイリアには不思議に思えるのかもしれないけどな。逆に俺が
「うむ、そうかもしれんな。それにしても食事も美味い。特にこの『ぱふぇ』とか言うものは絶品じゃの! これのためなら国の一つぐらいは滅ぼしても構わんと思うくらいじゃ!!」
滅ぼすなよ頼むから! フリじゃないからな!!
レイリアはパフェのアイスやらクリームやらを口の周りにつけながらご機嫌だ。
最早残念美人と化している。しかも次の獲物|(パフェ)をメニューを見ながら物色している。
「お~い、貧乏学生なんだから少しは遠慮してくれ」
「なんじゃ情けないのぅ」
遠慮無しに注文しようとするレイリアに俺が言うと不満そうに口を尖らす。
「しょうがないだろ? ただでさえ食い物は
「どちらの世界も世知辛いのは変わらぬか。そうじゃ! ならば我の鱗か爪でも売ったらどうじゃ?」
「売れるか!」
さも得意げに良いこと思いついたって顔で言うレイリアに速攻で却下する。
こっちの世界に存在しないドラゴンの素材なんて謎物質過ぎて売れん。
もし売れたとしても稼ぐ金以上の厄介事を招き寄せるのが関の山だ。
「じゃあ、わしの『ぱふぇ』はどうなるのじゃ!」
「すでに3個も食ってるだろうが!!」
なんだって2人で5千円もファミレスで費わなならんのだ?
金が幾らあっても足らねぇよ。
まだ食い足りなそうなレイリアを引きずってファミレスを出る。
「さて、ある程度は楽しんだろ? 俺はこの後午後から大学で授業受けなきゃならないから……」
「うむ。主殿の学校か。我も付いていくから気にするな」
「な? ちょ、マジ?」
「何じゃ? もしかして主殿の大学とやらは部外者は入れないのか? そうならばその間は我は街を散策しながら待っておるが」
まだ帰る気ないのかよ。
レイリアはさも残念そうな顔を作りつつ、何か期待するかのように俺の顔をチラチラ見ている。
あざとい!
いつの間にそんな芸当を身につけましたか?
ってか、レイリアを1人で放置はマズイよ。
こんな美人さんが一人で街うろついてたら絶対トラブルに巻き込まれる。
何か問題が起こった時に周りの被害がとんでもないことに。
俺は焦る。
何か方法はないか? 考えろ! 頑張れ俺!!
「……頼むから大人しくしていてくれよ」
無理でした……
こんなキラッキラした目で見つめられて拒否できる男がいたら見てみたいよ。
ったく、普段のクールビューティーはどこいった。
絶対に何か騒動になりそうな気がしているが、俺がいないところでトラブル起こされるよりはまだマシ……かもしれない……
確かうちの大学でオープンキャンパスの日じゃなくても申請すれば見学はできたはずだし……
もはや諦めよう。
俺は長い一日がまだまだ続くのを考えて深く溜息をついた。
何事もなく見学が終わりますように……
俺は半ば無駄という予感に苛まれながらそう祈らずにいられなかった。
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