第8話 勇者のアルバイト 後編

 ファミレスでのアルバイトの翌日。

 俺は郊外にあるハンドクラフトのお店に来ていた。

 シルバークレイとかいう銀細工を自宅でできる道具が売っているらしいのでそれを手に入れるためだ。

 なんでそんなのを買いに来たのかって?

 それには、それほど深くない訳がある。うん、別にご大層なものじゃないんだよね。

 単に、『お金を稼ぐ』ためです。はい。

 

 3年もの間、異世界で必死に闘ってきた。

 そして、ようやく帰ってこれたのだから、やっぱり楽しみたいってのが人情ってもんでしょう?

 しかしこの世界ではそれなりに楽しむには暇とお金がある程度は必要で、学生だから多少の暇は作れてもお金だけは簡単にはいかないのが世の中の厳しさってものだね。

 もちろんファミレスでのアルバイトは続けるけど、それだけじゃ十分に稼ぐことは出来ない。

 力も魔法もあるから手段を選ばなければ良いのかもしれないけど、悪いことはしたくないし、目立つのも困る。

 そんなわけで考えたのが魔法の『錬成』を使ってアクセサリーを作り、ネットで売るという手段。

 幸い素材として銀や金の硬貨や塊(インゴット)、宝石や貴石の類はたっぷりとアイテムボックスに放り込んである。

 原価は限りなく抑えられるのだからやってみて損は無いだろうというわけ。

 残念なことにプラチナは持ってない。向こう異世界じゃプラチナって加工しづらい上に加工しても魔法の付与も出来ないし強度もないとして無価値あつかいだったから入手できなかった。科学的にはすごい金属なんだけどね。

 もちろん入手元は明かせないから目立つ宝石やこちらに存在しない素材は使えない。20カラット以上あるダイヤモンドやルビーなんか使ったら速攻問題になりそうだしね。

 ただ、そうはいっても全てを手持ちの素材だけで作るのもバレた時に誤魔化せないので、銀細工のキットを買ってうやむやにしてしまおうという事だ。

 うん、完璧!

 普通なら売り物になるくらいの細工をしようと思ったらそれなりの技術が必要なんだろうけど、俺の場合はそれを『魔法』でクリアしてしまえるしね。

 

 

 買い物を終えて自宅に帰り準備をする。

 結構高かったが必要経費として割り切ろう。元、取れるよね。

 

 サイトを立ち上げるにも商品はいくらか作る必要がある。

 とはいえ、今までアクセサリーなんかは作った事がない。

 参考までにネットで色々調べると指輪とかネックレスなんかが多いみたいだ。

 向こう異世界でドワーフの職人達が作っていた物を参考にして色々作ってみよう。

 ってか、その前に母さんと亜由美の物を作ってプレゼントするのもいいね。

 どうせならほんの少し魔法を付与して『疲労回復』や『健康維持』を組み込むとより良いかも。

 そうと決まれば早速制作開始だね。

 

 俺はアイテムボックスから銀と金の硬貨や宝石・貴石、ミスリルと魔石、神結晶を取り出す。

 母さんと亜由美なら余所に転売したり人にあげたりしないだろうからミスリルと魔石を使っても大丈夫だろう。

 家族用はよりしっかりとした『付与』をしておきたいしね。

 ミスリルは一見銀にしか見えないし、魔石はルビーかガーネットに見えるから特に問題ないと思う。

 

 まず、母さん用にネックレスを作る。素材はミスリル。デザインはユリと妖精が魔石を覆うようにした物。肩こりと腰痛に悩んでいたから『疲労回復』と『治癒(軽度)』を付与する。

 付与魔法ってのは文字通り物質に魔法が起動できるように特殊な方法で魔方陣を刻むんだけど、決められたルールに従って魔法の種類、範囲、強度、持続時間、魔力の供給方法、複数魔法を使用する場合はその順番なんかを間違いなく定義しなければならない。強い付与を組み込もうとすれば魔方陣も大きく複雑になる。少しでも狂ったり間違ったりしたら起動しない。ある意味精密機械と同じかもね。

 そしてその精密作業ができるだけの魔力操作が必要なんだよね。ドワーフってのはこの魔力操作が非常に得意で、俺もとある理由があってドワーフに一時期弟子入りして身に付けることが出来た。

 

 付与が終わった物を魔方陣が消えないように状態保存の魔法を掛け、細い金で縁取りして完成。

 同じようにして亜由美のネックレスもこちらは可愛らしく魔石を咥えた犬をデザインして作る。付与したのは『健康維持』。まだ若いから疲労回復は必要ないだろう。

 

 ついでに販売用の商品もいくつか作ってみる。

 こちらは普通の銀と縁取り程度に金を使う。付与を試してみたが素材的に無理があるようなのでミスリルを蜘蛛の糸並に細く加工して魔方陣の形に埋め込んでみる。魔力は周囲の物を吸収するように魔方陣を形成したけど、この規模じゃほとんど気休め程度の効果しかないだろうな。まぁ、効果バツグンでも問題あるだろうし良いか。

 指輪やネックレス、ブローチが20個ほど完成したので素材を片付ける。

 取りあえずサイトを立ち上げるならこれで良いだろう。普通に作ったのとは比較にならないペースだろうね。

 これならそれほど負担にならずに出来るだろう。

 

 

 そうこうしているうちに夕方になっていたようだ。

 母さんが仕事を終えて帰宅したらしい。

 俺は出来上がったネックレスを持ってリビングに降りていった。

「母さん、これ、作ったからあげる」

 そう言ってネックレスを手渡す。

「いいの?高そうなネックレスだけど、裕哉が作ったの?いつの間にこんな特技を?」

 母さんは少し戸惑いながらも嬉しそうに受け取ってくれて、早速身に付けて鏡を見ている。

 良かった。喜んでくれたようだ。この分なら普段から着けてくれるだろう。看護師だから指輪とかは駄目らしいんだよね。

 

「ただいまー」

 亜由美が帰宅すると、母さんが亜由美に見せびらかすように、

「見てみて!裕哉が作ってくれたんだって!」

 そう言ってネックレスを見せる。

「え~!兄ぃ、私のは?私の分!」

 拗ねたように亜由美が言うので自分の部屋から亜由美用に作ったネックレスも持ってきて渡す。

 亜由美は嬉しそうに受け取って母さんと見せ合いっこしてきゃいきゃい騒いでいる。なんか、和むね。

 

「で、兄ぃ、これどうしたの?」

「いや、バイト代わりに色々作ってネットで売れないかなって思ってな」

 俺がそう答えると、亜由美はしげしげとネックレスを見ながら、

「うん。値段にもよるけど、これなら十分売れそう」

 そう太鼓判を押してくれた。

 うん、第三者の高評価は有り難いね。少しは期待できそうだ。

「まだホームページも作ってないからこれからだけどな」

「私も手伝って良い?」

 正直有り難い申し出だね。女の子の方がこういうセンスはありそうだ。どちらかというと男性向けよりも女性向けの商品を作った方が楽しそうだし。

「いいのか?売れたら亜由美にもマージン払うから頼むよ」

「やった!頑張ってホームページ作って売りまくる!!」

 母さんは一気にテンションが上がった亜由美を微笑ましく見ながら「勉強もしないと駄目よ」そう釘を刺した。

 

 母さんが作ってくれた夕食を食べ終わると早速亜由美が俺の部屋に入り込んでホームページ作りが始まる。

 商品用に作った物を見てあれこれと商品紹介文を考えたり、写真を撮ったりと結構大変だ。

 個人でサイトを運営するのはお金のやり取りとかが難しいので通販サイトに登録したり、とても一日で終わるものじゃないみたいだ。正直簡単に考えすぎてた。

 これ、一人でやってたら絶対挫折する自信がある。

 おれ、経済学部の癖にこういう小売り関係無知過ぎるわ。反省……

 

 

 結局1週間ほど掛けてサイトは完成した。

 せっかく始めたのだから少しは売れて欲しいものだ。

 亜由美はやたらと張り切っている。ちょっと心配なくらいだ。

 クラスの友達にも話すとか言ってたけど、中学生の小遣いじゃちょっと厳しいんじゃないだろうか。

 

 ファミレスでのバイトはあれから順調に続けている。

 特に変なお客さんもあれから来ていないし、俺のお漏らし冤罪も広がることなく沈静化したのでほっとした。

 んで、今日もバイトの勤務中。

 

「ありがとうございました」

 俺がお客さんの会計を済ませ、そう挨拶をするとお客さんもにこやかにお店を出て行った。

 すると、一台のフルスモークのミニバンが駐車場に入ってくるのが見えた。

 お客さんの様なのでそのまま入り口前で待機する。

 店に入ってきたのは6人の男。どこかで見たことがあるような気がするが思い出せない。

 男達の中の一人が俺の顔を見るなり先頭を歩いてきた男に何やら耳打ちしている。

「おめーか。ちょっと顔貸してくれや」

 いきなりそう言ってきた。が俺には何の事やら判らない。

「何かご用でしょうか?」

 普通にそう聞いてみる。

「先週うちのもんがおめーに恥かかされたらしいじゃねーか」

 そう言われて耳打ちしていた男の顔を改めて見て思い出した。

「あー!あの時のお漏らしブラザーズ!!」

「だ、だれがお漏らしブラザーズだ!」

 いや、だってねぇ、4人全員お漏らしだよ?掃除大変だったんだから。

 しばらく臭いが残ってたし、水崎さんがファ○リーズかけまくってたのよ。

「とにかく、顔貸してもらおうか」

 リーダーみたいなものなんだろうか。やたらと大物ぶった態度で顎をしゃくる。

 しょうがない。さっさと終わらせてお引き取り願おう。

 俺はホールにいた山田さん(フリーター男)に少しだけ外す事を告げ、先導するように店を出た。

 そのまま店の裏手の路地に回る。

 うん。ココならあんまり目立たないね。

 

「良い度胸じゃねーか」

 リーダーっぽい男が言う。

 それに答える前に俺にはすることがある。

 相手をするにしてもどのくらい手加減すれば良いか判らん。

 ステータスを考えるに相当力抜かないと簡単に人が死にかねないし。

 

 取りあえず店の裏側のブロック塀をデコピンの要領で中指で弾く。

 バキャン!

 あ、ブロックの真ん中辺が粉々に砕けてしまった。

 どうも戦闘モードになると力加減が難しい。

 今度はさらに力を抜いて再挑戦。

 ゴ!!

 砕けはしなかったけど割れてしまった。

 もう少しか。

 ガ!!

 うん、今度はヒビで止まってる。こんなもんだろう。

 

 さて、相手をしようか。と思って振り返ると、ん?さっきよりも皆さん遠くなってません?

 ココに来たときは俺まで3メートルくらいだったと思うんだけど、今は10メートル近く離れてる。何で?

 しかも、さらに少しずつ離れて行ってる気が……

 俺が不思議に思って一歩踏み出すと脱兎の如く逃げ始めてしまった。

 あっという間に姿が見えなくなる。

 あれま。結局俺何もしてないよ。

 でも、車乗って帰らなくていいのか?置いてかれても困るんだけど……

 

 連中が戻ってくる様子がなかったので俺も店に戻る。

 店の入り口から入ると水崎さんが心配そうに出迎えてくれた。

 俺は軽く笑いながら心配ない事を告げて仕事に戻った。

 ……でも、考えてみたら仕事中に勝手にお店出たこと怒られなかったけど、いいのか?

 

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