第7話 勇者のアルバイト 前編

 あの事故のあった日から2日たった。

 どうやら事故に遭った女の子は本当に亜由美の同級生だったらしい。

 もっとも、特に友達ということでは無いらしく、クラスメイトとしてたまに話をするくらいだとか。

 一応入院することになったらしいが、事故の状態の割には怪我が軽く1週間位で学校に復帰できそうなんだそうだ。

 ってか、なんでそんなに詳しい情報を妹が持っているのかが非常に気になる。個人情報駄々漏れじゃねーか。

 

 男の方は多分行政処分だけだろうなぁ。特に酒を飲んでいたわけでも無いようだし、賠償は保険任せってところか。

 もっとも、あの時に俺は男に『闇魔法』で『呪(しゅ)』を掛けておいたから罰にはなっているはずだ。

 向こう異世界の王都に居るときに魔法の修行中見つけた魔法書にあった闇魔法。

 内容は、「興奮すると下痢になる」なんていう嫌がらせに特化したような魔法。

 ちなみに俺が解呪しない限り一生そのままだ。他に解呪出来る人なんかこっちの世界にいないだろうしね。

 亜由美の情報だと、男が警察の取調中に突然漏らしたとか。何というか、お巡りさんごめんなさい。

 何より、警察内部の情報まで何故持ってるんだ?我が妹ながら怖すぎる。

 

 ところでその魔法書、他にも「好きな人の前に立つと猛烈に股間が痒くなる」とか「10歩歩くごとに頭髪が1本づつ抜けていく」「足の小指をぶつけたときの痛みが10倍になる」などといった、実戦や生活の役には立たないが実に嫌らしい効果を持つ魔法が多々載っていた。

 魔法の開発者は全て同じ人物のようで、その人の心の闇に何があるのか実に気になったものだ。

 いや、その内容に妙に惹かれて習得してしまった俺が言うのも何なんだけどね。

 向こう異世界で色々と嫌がらせをしてくれた馬鹿貴族を実験台にしたんだけどな。

 

 

 それはともかく。

 今日からバイトにも復帰しなければならない。

 講義の課題のレポート提出があったから少し休みをもらっていたのでこっちの時間で2週間ぶりのシフトだ。

 もっとも俺にとっては3年以上間が空いてるんでちゃんと仕事ができるか非常に不安だったりする。

 というわけで、シフトの開始時間よりも1時間も前に店に出勤することにした。

 

「おはようございま~す」

 事務所の扉を開けつつ挨拶をする。

 ちなみにファミレスは割と遅くまで営業している関係なのか、芸能界みたいに何時でも出勤時は「おはようございます」だ。いや、芸能界が本当にそうなのかは実際知らんけど。

「お疲れ様です。柏木君随分早いのねぇ」

 当ファミレスでマネージャーをしていらっしゃる、水崎彩音(みずさき あやね)さんが挨拶を返してくれる。

 店長が別の場所にある新店舗に行きっぱなしなんで、実質的なこの店のトップである。

 20代半ば位かね、女性に歳は恐すぎて聞けないが、クールな感じの超美人さんである。スタイルも素ん晴らしい。特にお胸がバインバインで目に毒で実に困る。

 こんな女性にベッドの上でさっきの言葉を言われたら年単位で立ち直れなくなりそうだ。

「いや、ちょっとシフトが空いちゃってたんで忘れてないか不安で、早めに来てメニューとかの確認をしておこうかと」

 俺がそう言うと、水崎さんは少し笑って、

「相変わらず真面目で助かるわ。今日はホールをお願いね」

 そう言った後、事務仕事に戻った。

 

 なにはともあれ取り敢えず先に着替えをしておこう。

 店の制服に着替えるために更衣室に入る。

 自分のロッカーから制服を出して下着だけになり、制服に袖を通す。が、ヤバいこれも小っちゃいじゃん。

 スラックスは何とかなりそうなので下だけ履いて更衣室を出ると、水崎さんに少し大きめのシャツを頼むことにする。

「マネージャー。すみません。ちょっとシャツの大きさが合わなくなっちゃったみたいなんで新しいのもらえますか?」

 俺がそう言うと水崎さんはこちらを振り返ると固まってしまった。どことなく顔も赤いような。

「あの・・・」

「え?あ!えっと、シャツね?シャツ!」

 何か水崎さんが妙に挙動不審になってしまった。

 上半身裸はまずかったか?

 いや、でも水崎さんくらいの美人ならこんなの見慣れててもおかしくないと思うんだけどなぁ。

 

 すぐに水崎さんが別のシャツを出してくれる。

 受け取って更衣室に戻ろうとすると、

「合わせてみるから後ろ向いて」

 そう言いつつ俺の背中にシャツを合わせる。

 肩に水崎さんの手が触れる。ちょっと…いや、かなりドキドキするシチュだね……

 合わせ終わったシャツを受け取る。

 水崎さんがちょと名残惜しそうに見えたのはきっと俺の妄想だろう。うん。溜まってるのか?俺……

 

 着替えが終わり、メニューと注文端末を見ながら仕事の手順を確認する。

 多分だけど、何とかなりそうだ。

 

 

 そんなこんなでお仕事開始。

 久しぶりすぎて身体が動くか心配していたが、爆上がりした身体能力のお陰か特に問題なくこなすことができた。

 結構憶えてるものだね。

 久しぶりの忙しい接客がすごく楽しく感じる。張り切りすぎて端から見て可笑しくないかちょっと気になるが。

 

 忙しい時間帯が過ぎ、closedまでもう少しという時間になると店内にいるお客はかなり少なくなる。

 そんな時に時々困った客がくるのもこういうお店の宿命って奴なのかね。

 先ほどから店内に大声で下品な笑い声が響いている。4人の半グレっぽい男達が騒いでいるのが見えた。

 残っている他のお客さんも迷惑そうだ。

「あの、他のお客様にご迷惑になりますのでもう少し静かにお願いします」

 アルバイトの大森さんって女の子が果敢にも注意をするが無駄っぽい。

「あぁ?大して客なんかいないんだからちょっとぐらいいいだろーが!」

 でかい声で恫喝するもんだから大森さんが泣きそうになってる。これはマズいね。

 すぐさまその場所に行き、大森さんを下がらせる。

「お客様、お静かに出来ないのでしたらお帰りいただけますか?」

「あぁ?俺たちゃ客だぞ?お客様は神様じゃねーの?」

 男達は嘲るように見ながら俺に凄んでくる。

 んでも、ちっとも恐くないんだよねぇ。向こう異世界の荒くれ冒険者連中やら盗賊連中やらと比べると土佐犬とチワワ位に差がある。

「例え神様でも『疫病神』はお断りですので、お帰り下さい」

 俺がそう言い放つと流石に男達の顔色が変わる。

 激高して立ち上がった瞬間に、魔力を込めた『威圧』を叩きつける。もちろん店内にいる他のお客さんに影響がないようにピンポイントに絞ってるから問題は無い。

 物理的な圧力すら伴う『威圧』に男達の激高して赤くなった顔が今度は一瞬で土気色に変わる。

 時間にしてほんの10秒ほどだろうか、男達の気持ちが折れたのを見計らって『威圧』を解く。

 途端に男達は椅子に崩れるように座り、荒く息を吐いた。

「お会計をして、お帰りいただけますか?」

 俺がそう言うと、壊れたように何度も首を縦に振りながらノロノロと立ち上がった。

 

 俺が先導するようにレジに行き会計を済ませると足元をガクガクさせながら男達は店を出て行った。何やら気色の悪い人形のような動きだね。初めて見るよあんなの。

 俺が片付けのために男達の座っていた席に戻ろうとしてふと床を見ると何か水を零したように点々と床が濡れているのに気がついた。

 ……これって、もしかして……

 しゃがんでよく見てみるとどことなく黄色っぽく見えなくもない。なにより微かに匂ってくるこれは……

 ……マジかよ……アイツら漏らしやがった……

 

 掃除道具を取りにバックヤードに行くと水崎さんが心配そうに近づいてくる。

「柏木君、大丈夫だった?なにもされてない?」

 そう声を掛けてくれる。よほど心配だったのか少し目が潤んで頬も赤らんでいる。

「ごめんなさい!本当なら私が行かなきゃならなかったのに」

 水崎さんはそう言うが、女の人にアレの対処は無理でしょ。逆に別の被害まで出そうだ。出てこないで正解だね。

「あぁ、大丈夫ですよ。何ともありません」

 そう言うと水崎さんはようやく安心したようだった。

「ただ、どうも漏らしちゃったみたいで、掃除をしないと」

 俺がそう言いながらモップを取り出すと、水崎さんは顔を真っ赤にしながら

「えっと、大丈夫?着替えとか、ある?」

 ちっがーーーーーーーーう!!!!

「違います!俺じゃないです!!あいつらです!!!」

 俺が必死に言いつのる。その誤解だけは解消しなければ恥ずかしくて死んでしまう。

「そ、そう……わかったわ」

 何とか誤解は解けたと信じたい。

 でも、水崎さん何でちょっと残念そうな顔してるんですか??

 

 幸いお客さんが少なかったし、新しく来たお客さんもいなかったので問題なく掃除をすることが出来た。

 大森さんも手伝ってくれたし。

 もっとも大森さんはゴム手袋にマスク、ゴムエプロンまでしての完全防備だったけどね。

 うん、わかるよ。非常によく分かる。

 でも、「本当に柏木さんのじゃないんですね?」って確認するのは止めて欲しい。

 冤罪被害ってこんな所でも発生するんですね。

 変な広がり方をしないことを祈るばかりです。

 

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