第2話 勇者の魔法Ⅰ
俺を包んだ光が急速に消えていく。
そして完全に光が消えたとき、俺はそれまで居た召喚の間ではない別の場所にいた。
周りを見渡す。6畳ほどの大きさの部屋の壁には全国の地図や関東の地図、ホワイトボードやロードマップの並んだ書架、工具棚や様々な部品、オイルなどが雑然と置かれ中央に長机が2つ、その周りにパイプ椅子が適当に置かれている。
どう贔屓目に見ても片付いているとは言えない小汚い部屋だが、間違いなく俺が異世界に召喚される直前にいた大学のツーリングサークルの部室だ。
懐かしさのあまり泣きそうになるが、以前よりも随分と天井が低い。
あれ?ここって、こんなに天井低かったっけ?
と思ったら、何故か俺がパイプ椅子の座面に立ってた。
あ、そっか、召喚されたとき俺は椅子に座ってたんだっけ?
んで、向こうに着いたとたん後ろに盛大にひっくり返って後頭部をぶつけた覚えがある。
ちょっと恥ずかしい気持ちを抑えながら椅子から降りる。
良かった。部室に誰もいなくて。
もし誰かいたらいったいどう見えたんだろうか。いきなり消えて次の瞬間椅子に立ち上がって周りを見渡す長身(だと思う)の涙ぐんだ男。
うん!どん引きする自信があるね!我ながら嫌過ぎる。
机の上に置かれていた俺のスマホの画面をONにして日付を確認する。
一応あのクソ女神が同じ場所同じ時間って言ってたから大丈夫だとは思うけど、今一信用しきれないからな。
スマホに表示される日付と時間を確認してホッと息をついた。
間違いない。夢にまで見た元の世界と日付・時間だ。充電も切れていないから一年ずれてたなんてオチも無いだろう。
ただ、ちょっと心配なのが俺が色々ちゃんと憶えているかって事だな。
友達やサークルの先輩後輩、バイト先のよく話す人なんかは大丈夫だと思うけど、講義くらいしか顔を合わせない奴や教授達、それほど親しく無い人なんかはかなり不安がある。顔も名前も。
一番ヤバイのは大学の勉強関係だね。異世界にいたときは欠片も思い出すことなんか無かったから相当頑張らないと進級できない可能性が出てくる。いや、結構ちゃんと単位は取ってたはずだから多少は余裕あるだろうけど、前期考査は全滅かもなぁ……。
スマホのスケジュールを確認して記憶を掘り出す。
今日は特に予定は無かったらしい。予定が無いにも関わらず何故部室にいたのかは憶えてないが、まぁ、予定なんか無いときでも適当に部室で暇を潰すことも多かったから不思議でもないな。
こういうときはやたらと何でもスマホにメモしてた自分の癖が有り難い。
全てを3年前の自分の記憶頼りなんて絶対に無理だ。ラノベの主人公達はいったいどうしてたんだろうか……ほとんど帰ってないのか?・・・
それはともかく。
さて、さっさと懐かしの我が家へ帰るとするが、その前にマッ○にでも寄ってチープなチーズバーガーとポテトのセットでも食おう。いや~、特に好きだった訳じゃないけど
今日の予定を考えながら、部室に置いてあった俺のヘルメットとバックを持って部室を出た。
大学の門の近くにある2輪&自転車置き場に着くと懐かしい(俺にとっては)奴が原付スクーターに乗って何やらボーっとしていた。こちらの気配に気がついたのだろう、すぐに声を掛けてきた。
「裕哉じゃん。帰り?」
「あ、あぁ、……久しぶり」
何とか表情を変えないように全精力を傾けて応じると、ジト目でこちらを見返してきた。
その表情も懐かしくて思わず泣きそうになる。
こいつは
ルックス・スタイル共に中々で昔から人気もあったがサバサバした性格で、俺とは付き合うだの何だのといった色気のある方向に行ったことは一度もない。
「一昨日会ったばっかりだと思うけど?」
「そうだっけ?」
返しながら動揺を隠して何気ない風を装う。
ゴメンなさい。俺にとっては3年ぶりなんです。思わずハグしたくなるのを必死で堪えてるんです。勘弁してください。
俺がそんな風に脳内会話をしていると、茜は俺をジーっと見て、
「裕哉、何かあった?」
と突然聞いてきた。
「何かって何だよ?」
答えようがないので質問を質問で返す。
「んー、顔つきとか雰囲気とか?いきなり変わった気がする」
「気のせいだろ?人間そんな急に変わんねーよ。特に何かあったわけでも無いしな」
「そっかな~……もしかして、彼女でもできた?」
といきなり斜め上の発言をかます。
「ぶっ!アホか!んなわけあるか!」
「そ~だよね~。彼女居ない歴=年齢の裕哉にそんな甲斐性あるわけないし」
茜さん、随分失礼な発言してくれますね。まぁ、実際彼女なんて居ないし
「彼氏いない歴=年齢の茜さんには言われたくありませんねぇ」
「失礼ね!私は彼氏が出来ないんじゃなくて作らないだけです!!」
男も女も付き合ってる相手がいない奴はみんなそう言うんだよ。
俺は違う!出来ないだけだ!!……ちくしょう……
「へぇへぇ、そりゃ悪ございました」
茜との久しぶりのこういう会話も楽しいが、今日はボロが出ないうちに退散することにする。
「まぁ、そんなこと良いや。俺寄るとこあるから帰るよ」
「どこ寄る気?」
「マッ○。急に食べたくなったんでな」
「私も行く!最近行って無いし」
Why?マジ?何で??
「駅前のマッ○でしょ?先に行って席取っとくから」
そう言って茜は俺の返事も聞かずにスクーターを走らせていってしまった。
どうしてこうなった?
そんなことを思いながらも指定のマッ○にバイクを走らせる。
ホンダCB250F、俺の愛車だ。
高校の時に学校に内緒でバイトして小型と中型の自動二輪の免許を取って、中古でコイツを買った。
久しぶりの感触にテンションが上がるがスピードは上げないように気を付ける。俺的時間3年ぶりだし、馬よりかなり早いからね。帰ってきた早々事故なんて洒落にもならん。
店に着くと既に席を確保した茜が小さく手を振っていた。
「遅いよ」
お前が早すぎるだけだろ。
文句を言いたいが言ったら最後何倍になって帰ってくるか判らんから口には出さないけどな。
さっさとカウンターで注文の品を受け取り、茜の向かい側の席に座る。
「……やっぱり裕哉、変わった!」
「またかよ」
「雰囲気とか、歩き方とか。それと何か体型も違う気がする。雰囲気も」
いや、雰囲気2回言ってますけど。
それにしても茜が鋭すぎる。女ってみんなこうなのか?男の浮気は女の人には直ぐバレるなんてのも聞くけど(いや、経験なんぞ一度も無いし、そもそも浮気じゃないけど)、さてどうやって誤魔化すか。
「最近鍛えだしたからそのせいでそう見えるんじゃね?」
「そ~かな~……」
茜は納得いかなげだ。
「……ひょっとして、惚れたか?」
わざとらしくニヤニヤ笑いながら吹っかけてみる。
「はぁ?アンタ目からコーラ飲みたいの?」
こっちを睨みながら物騒なことを言いやがった。
茜さん、普通の人は目でドリンクは飲めませんよ?
あんまりからかうと本当に実行しそうなんで止めておく。別に怖かった訳ではない。決して無い。
その後は茜の追求もなく、たあいのない馬鹿話をしてから茜と別れて帰宅する。
久しぶりの我が家は何も変わっていないらしい。
いや、こっちの時間では朝俺が大学に行ってから数時間しか経ってないし、まだ外側なんだけどね。
周囲は既に薄暗くなってきている。1年で一番昼が長い時期とは言ってももうすぐ7時だしね。
バイクをガレージに入れて玄関から家に入る。
結構家の中は暗かったが、
予定では母さんは今週準夜勤だから居ないし、亜由美は部活かね?
家には誰もいないらしい。
親父?単身赴任で海外です。今は中東だったかな?
日本時間(でいいのかな?)でも1年会って無いし、そもそも多くても年に数回しか会わないんだよなぁ。
顔、憶えてる自信がねぇ……
階段を登って自分の部屋に入る。
かなり暗い。俺の部屋って窓が東側だから夕方は早く暗くなるんだよね。
さすがによく見えないから、俺は『ライト』の魔法を使って明かりを灯す。
自分の部屋を見回し、ようやく帰ってきた安堵感に身を委ねる。
机にバックを置き、そのままベッドに倒れ込む。
懐かしい自分の部屋の匂い(臭いじゃないよ)に笑みが零れる。
そして、改めて部屋を隅々まで見回して、固まった。
思わず叫んだ。
「なんで魔法が使えてるの?!」
部屋の天井近くに『ライト』の魔法で創った光球が浮かんでいた。
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