第1話 勇者の帰還
「ユーヤ様、儀式の準備が整ったとの事でございます」
若い女性の言葉に俺は王宮内に用意された自分の部屋を出る。
あ、ユーヤってのは俺の名前ね。
本名は
こっちではユーヤ・カシャーギーって呼ばれてる。どうもカシワギってのがうまく発音できなかったらしい。
地球の現代日本からこちらの世界ウィルテリアスに勇者召喚された大学生だ。(ウィルテリアスってのはこの国のある大陸の名前で、他の大陸に行ったらきっと別の名前があるんだろう)
俺は3年ほど前に突然召喚によってこの国(&クソ女神)に呼ばれた。
んで、その後、今時そんなのラノベでも採用されないだろ!って位、テンプレにテンプレを重ねて今に至るってわけだ。
部屋を出るとメイドさん(!!)がお辞儀をして出迎えてくれる。
メイドっていっても、某首都圏に出没するメイド服っぽい『何か』を着た半分風俗(すっげぇ偏見)の女の人なんかじゃない、本物のリアルメイド!パーフェクツな所作を崩さないプロの王宮メイドさんなのだ。
俺がこの世界に召喚されて王宮で過ごす間ずっとお世話をしてくれた(っていっても途中の2年間は俺は王宮にいなかったけど)とっても優秀な人である。ただ、この人ちょっとだけ困った癖があり、
「ユーヤ様、本当に今日元の世界に帰られてしまうのですか?」
「あ、はい。帰ります。エリスさんにも本当にお世話になりました。これで皆さんと会えなくなるのは寂しいんですけど、やっぱりあっちには家族もいますし」
俺を先導して歩くエリスさんにそう応えると、
「そうですか……結局、一度もユーヤ様は私(わたくし)に手を出してくださらなかったのですね」
「い゛?あ、あのエリスさん?」
「今からでも遅くはありません。そこの空き部屋でほんの1,2分ほどお時間をいただいて、サクっと手を出してくださいませんか?」
「い、いや、あの、聖女様も待っているでしょうし、さすがにそれはマズいんじゃないかと……」
「……残念です」
こういう冗談をちょいちょい飛ばしてくるのが困りもんで、なんで冗談と思うのかって?
だってこの人こういう台詞をまったくピクリとも表情を変えずに言うんだよ。ってか、1,2分って、さすがにそこまで俺早くないと思うよ!たぶんだけど、そんなに早くないよ!!(大事なことだから2度言うよ)
なまじすっごいスタイルの良い美人さんなんで、なおさらたちが悪い。
「はぁ」
「?なにか?」
「イエ、ナンデモナイデス」
何か一気に疲れた俺はそのまま無言でアホみたいに長い廊下を召喚の間のある王城内の塔まで歩いていった。
先の邪神との戦いから2月、王都に戻ってから1月が経過している。
戦いの後、比較的のんびりとした行軍で王都に戻ってきたが、その時の王都民の歓迎っぷりはもの凄く、王宮が酒や備蓄用の食料まで供出しての三日三晩のお祭りが繰り広げられた。帰りの道中でも魔族との戦乱から解放された民衆や貴族から歓待は受けたが、比較にならない弾けっぷりだった。
まぁ、自国が召喚した勇者が魔王と邪神を倒したことで『我々が平和を勝ち取った』って誇らしい感情と、永きにわたった魔族との戦乱に終止符が打たれた安堵感がここに来て爆発したんだろうってのは理解できるし、俺も元の世界に帰る事が決まってたから、今更嫉妬だの利害だのって面倒くさいものに巻き込まれる恐れも少ないみたいなんで、十分楽しませてもらった。
ちなみに戦いの終わった日と凱旋した日は祝日として来年以降祭りが行われるらしい。どっちか片っぽでいい気もするが、俺には関係ないのでそれはいいか。
んで、今日まで帰還が延びていたのは、一緒に旅を続けてきた聖女様(戦いの後に最初に出迎えてくれた白いローブを纏った美少女さんね)の疲れを完全に癒す必要があったのと、星の並びやら何やらで(ご丁寧に月星暦省臣(星や月の運行で暦を定めたりするこの世界では結構重要なお役所)の偉い人が説明してくれたんだけど、完全に理解不能だった)この日になった。
まぁ、ここまできたら多少帰るのが遅れても大差は無いし、確実に帰れそうだっていう安心感もあって俺も初めての王都観光を楽しんだ。
なんせ、前に王都に居たときは生きて帰る為に必死に訓練だの勉強だのをしてて王都見物なんか頭になかったし。
ちなみに、この国アリアナス王国の国王陛下にはこのままこの国に残るなら恩賞として領地と爵位を与えるとして残留を勧められたんだけどさすがに断った。
何より日本に帰りたかったし、勇者だの英雄だの呼ばれる俺が王国の家臣として仕えたって碌な事にならないのが目に見えてる。
美女の側室を何人でも選び放題って言われたときに、ちょっと、いや、かなり心がぐらついたのは秘密だ。多分表情にも出てはいない、はずだ。
そんなわけで戦いの報償にはその代わりにずっしり重い山盛りの金貨をもらってしまった。
これも戦後復興に資金は必要だろうし遠慮したんだけど、魔王&邪神を倒した俺が何の報償も受け取らないのは他に戦功あった人が報償を受け取れなくなってしまうという事で受け取ることにした。王国金貨はほぼ純金製らしいので、ぶっちゃけ嬉しいっちゃぁ嬉しい。
……けど、後でよくよく考えてみたら日本に戻っても入手方法説明できないから売れないじゃん……
しばらく歩いて、召喚の塔がある王城の中庭に到着する。
中庭では大勢の騎士たちが整然と並んでいた。
俺が中庭に出ると、
「世界を救った英雄に敬礼!!」
騎士団長さんのかけ声を合図に中にはを埋め尽くした騎士たちが一糸乱れぬ動きで俺に敬礼する。
……ビビった……
いや、かなり照れくさいってか、恥ずかしいんすけど。
なに、あなたたちこれ練習してたの?
ちょっと視線を巡らすと見知った顔の騎士達が微妙にニヤニヤしならがこっちを見つめていやがる。くそったれ。
一歩塔に向かって踏み出すと、騎士達は道を造るように整列する。
道の先、塔の前には国王アリウス陛下と王妃レフィーア陛下、レオン王太子殿下、その他に邪神の神殿で最初に俺を迎えてくれた仲間達がいた。
そのまま歩みを進め国王・王妃両陛下の前で膝をつく。
「礼は不要だ。立つがよい」
「畏れ入ります」
アリウス陛下の言葉に従って立ち上がる。
立ち上がった俺にアリウス陛下が近寄って話しかけてくる。
「で、やはりこの国に残ってはくれんか」
「陛下、そのお話は何度もお断りさせていただいたはずですが」
「メルスリアでは駄目か?……やはり胸が足らんか……ではエリスも付けよう!どうだ!エリスなら胸も尻もなかなかのものだと思うぞ」
陛下が何やらおかしな方向にぶっ飛んだ発言を身振り手振りを交えながら繰り出す。……陛下、手つきがヤラしいです……あと、王妃様が青筋たててます……
「ユーヤ・カシャーギー殿。異世界の人である貴方に過ぎた責任を押しつけてしまったこと改めてお詫びします。そして、貴方が成し遂げた救世という偉業を我が国の民を代表して感謝します」
そう言いながら王妃様が俺に対して頭を下げた。
「い、いえ、お願いですから頭を上げてください」
俺は慌てて言った。
元の世界じゃどうか知らないが、この世界では王侯貴族が平民に頭を下げるなんてのはあり得ない。感謝や謝罪を口にはしても頭を下げることは『権威を損ねる』として絶対にしない。良いか悪いかではなくそう言う文化だ。それは別に見下してるってことじゃなくて(もちろん平民や小国の貴族などをナチュラルに見下す貴族もいるが)、その必要があるときは保障や賠償、恩賞で表現するっていうのがこの世界の常識なのだ。
「そうですか。わかりました。……でも、私(わたくし)も本当は貴方がこの国に留まって欲しいと思っているのですよ」
王妃様はそう言うと柔らかく微笑んだ。
あの、王妃様が王様の足を思いっきり踏んづけてグリグリしてるから、王様声も出せずに悶えてますけど……
……その細いヒールは立派な凶器だと思います……
「ひょっとしたらお前が義弟になるかもしれんと思ったのだがな」
そんなことを言いながら今度はレオン王太子殿下が歩み寄ってくる。
銀髪長身の超イケメンだ。文武両道のイケメン王子ってどんな乙女ゲーだよ。……僻みじゃないよ……
「殿下までそんなことを言い出しますか」
ちょっと引き攣りながら応じる。何だってここの王族はみんなして人に女を宛がおうとするんだよ。
「何、お前が居なくなったら少々退屈になるかと思ってな」
「人で暇つぶしをしないでください」
俺がため息をつくと殿下が笑いながら後ろに下がった。
ちなみにその間国王陛下は足を押さえて蹲ってた。王様涙出てますよ。
仲間達にも目を向ける。
「世話になった」
大柄な厳つい顔をしたブルーノ・レッグが声を掛けてくる。
アリアナス王国の騎士で極端に無口だが常に冷静沈着で頼りになる30歳位の男だ。
勇者として召喚された直後から武器の扱いやら手入れなんかを教えてくれたし、最初から最後まで旅についてきてくれた。
「そりゃ、こっちの台詞だな。何度も助けられた。本当に世話になった。ありがとう」
俺がそう言うとほんの少し笑みを浮かべて、
「体に気を付けろよ。大変だったが俺も楽しかった。娘に自慢できる」
「え゛?」
マジ?ブルーノ結婚してたの??3年も一緒に居たのに聞いてないんすけど?!
俺が地味にショックを受けてると、隣にいた金髪イケメンも声を掛けてきた。
「最後まで締まらん顔だな。民衆が見たらさぞ幻滅するだろうよ」
「うるせ~よ」
この男はイルヴェニア皇国の天才(自称)魔術師のウィスパー・ランス。皮肉屋で口は悪いが別に嫌な奴ってわけじゃないし、割と俺とも歳が近いんで話をした回数で言えば仲間内で一番多いだろう。
旅の途中で聖女様達の沐浴を一緒に覗こうとして折檻されていたのは良い思い出だ。俺がさっさと逃げたんで一人で犠牲になったのをしばらくグチグチ文句言ってたが。
「ウィスパーにも世話になった。元気でな」
「ふん!僕を裏切ってさっさと逃げた薄情者などとっとと帰るがいいさ」
まだ根に持ってるのかよ……
最後の一人、猫耳と猫しっぽの少女に向き合う。
「スン、スン……う゛う゛ぅ゛……」
「う゛」
ちょっとたじろぐ。
かなりの美少女と言って良い顔が涙と鼻水でデロデロになってる。
「ユ゛~ヤ゛ざま゛~~!ほんと~に行っちゃうんですか?~~~」
「あ、あぁ、ごめんなティア」
「ティア無理を言うものじゃない。ユーヤは異世界からの異邦人だ。向こうには家族もいる」
ブルーノがフォローしてくれるがティアの表情は変わらない。
「じゃあ゛私も連れて行って下さい~~」
ティアがそんなことを言うが、そもそも二人になったときに送還がうまくいくかどうか判らないし、第一、猫耳&しっぽの美少女なんか向こうに連れてったら大騒ぎになるに決まってる。
家族の居ないティアを一人で残すのは心配だし、向こうの友人達に見せびらかしてやりたい気持ちも無いわけじゃないが、先のことを考えるとこっちで自分の人生を歩んだほうが良いに決まってる。
罪悪感は半端ないが……
「ごめんな」
俺はティアの頭を優しく撫でながらそう言うしか無かった。
ちなみに、仲間は後二人いて、その内の一人は召喚の間で待っているはずで、最後の一人は王都に凱旋する前に『人混みは嫌いじゃ』とか言って住んでいた所に先に帰って行った。
「……わかりました……」
少しして、ようやくそう言ってくれたのを聞いてから、
「では、お世話になりました」
俺はみんなに頭を下げ、召喚の間のある塔に足を踏み入れた。
……やべぇ、泣きそう……
塔に入ると正面に大きな扉があり、両脇に控えた衛兵がその扉を開けてくれる。
扉を潜ると石畳の滑らかな床に大きな魔方陣が描かれた広間に出る。
その魔方陣の手前に白いローブを着た女性が待っていた。
「遅くなって申し訳ありません聖女様」
「構いませんよ。送還の儀を行う時間にはまだ余裕がありますから。皆さんの気持ちも判りますし」
俺の謝罪に女性、アリアナス王国第2王女であり聖女でもあるメルスリアがそう応えてくれた。
「それに、今まで通りメルと呼んでください。ユーヤさんにそのような口調で話されるとなにか気恥ずかしくなってしまいます」
そう言って柔らかく微笑んだ。
くそ、相変わらず可愛いなぁ~ちくしょ~!
「それにしても」
そう言いながらメルが俺の姿を見返す。
「ユーヤさんのその姿は召喚の時以来ですね」
とどこか懐かしそうに言った。
今の俺の格好はもちろん甲冑姿でもなければこっちの世界の平民の服でも無い。
Tシャツにパーカー、カーゴパンツにスニーカーという日本のごく普通の格好だ。
本当はパーカーの下に綿のシャツも着てたんだけど、こっちで鍛えまくったせいで体のサイズが変わってしまい着れなくなってしまった。無理に着ると某暗殺拳の伝承者の如くシャツが弾け散ることになりそうだ。
「取っておいてくれて助かりましたよ」
「全てが終われば帰れるはずだと申し上げたのはこちらです。そのくらいは当然ですよ」
そう言って笑ったあと、少し表情を引き締め、
「本当ならばユーヤさんには関係のない『ウィルテリアス』の問題に巻き込んでしまったこと、そしてそのことを恨むわけでもなく私たちの我が儘を叶えてくださった事、その御恩は決して忘れません。ユーヤさんが護って下さったこの世界を私達は必ず復興してみせます」
そう言ってメルは深々と頭を下げ、それから悪戯っぽく笑いながら、
「実は私(わたくし)も夫としてユーヤさんが残って下さる事を期待していたんですけどね」
と続ける。
オゥ、メルスリアさんあなたもですかい
何だって今になってそんなこと言うんですかねぇ
魔王&邪神討伐の旅の間にはそんな隙見せなかったクセに・・・
そう言ってくれてたら……って、なんも変わらんな。一国の王女を嫁に迎えるなんて俺には無理すぎる。
「そろそろ時間ですね。では送還の儀を始めましょう」
そう言ってメルは魔方陣の中央に行くように促す。
「色々ありがとう。大変だったし辛いこともあったけど、楽しかったよ」
そう言ってメルに笑いかけると、メルが一瞬泣きそうな表情をして、それでも直ぐに笑顔を見せた。
「私も楽しかったです。お元気で。・・・でも!覗きは駄目ですよ!」
バレて~ら……
俺が魔方陣の中央に立つとメルが呪文の詠唱を始める。
そして、俺を光が包み込み。
一瞬の浮遊感の後、光が消え、俺は元の
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