おまじない 3
将来の結婚相手が見えるおまじないっていうのが、小学生のころのクラスで一瞬だけ流行ったことがあるんです。
地獄先生ぬ~べ~ってマンガがあるじゃないですか。クラスの男子がそれをお姉ちゃんから借りて、クラス内で読みまわしていたんです。それで知ったんですよ。
こっくりさんもやりましたよ、もちろん。あれホントに勝手に動くんですね! 誰だれ動かしてるのだれー! って、大騒ぎになりました。十円玉に指を乗せてる子たちがみんな違う違うって笑いながら首を振って、あんたでしょお前だろって顔を見合わせるんですけど、一瞬だけ全員真顔になったんです。全員、っていっても四人なんですけど、四人が左右に顔を見合わせて、もう一度首を振るんです、横に。その表情を見て、本人たちも後ろで見ていた外野も「あ、ガチだ」ってなって。悲鳴なんてあげられるものじゃないですね、あれ。男子の気を引きたい女子でさえ、黙りこくっちゃって。四人のうちのひとりが冷静に「こっくりさん、お帰りください」って言って、終わった気がします。たぶん。ちょっと、よく覚えてないんですけど、あれは本当に怖かったですね。確実に
こっくりさんの話はどうでもいいんです。すみません、脱線して。でもそれに参加した女子にHって子がいたんです。その子を好きな男子がいるってわかったりもして、女子は色めき立ちました。男子は「うげー」みたいな悲鳴をあげましたけど。
H、男子から嫌われてて。なんていうんですか。顔の彫りが深いって、子どものころに見るとどちらかというとブス枠になってしまうところありませんか。美醜の差がつかないんでしょうね、子どもって、わたしもでしたけど。Hはそれで、大人になったら化けるっていうくらい綺麗になる顔の素質を持っている子だったんですよ。子どもから大人になる成長途中の、どうも妙だな……って感じの段階って誰にでもあるじゃないですか。それが男子にはブスっていう言葉にして表現するしかなかったみたいなんです。
Hの母親は童顔の愛らしい感じの人で、母親に似ていないっていうのもあってかお母さんからはかわいくないって言われて育ってきたみたいで。そのせいもあってか、Hは自己卑下がきつい子だったんです。それも男子がちょっかいをかける格好の的になってしまって。
わたしはHが好きでした。なんか波長が合うんですよ。そういう友人、いるじゃないですか。この先の人生で、どんなに進む道が違っていても、何十年連絡を取っていなくても、きっと一生友達っていう関係性でいられるだろうなっていう相手。わたしにとってのHはそれでした。
おまじないの話でしたよね。本当にすみません。
さっきも言ったんですけど、こっくりさんをやっている最中にHを好きな男子がいるってわかったんですよ。名前も聞いてみたら、クラスにいる男子で。こっくりさんを見ている輪のなかにはいなかったんですけど、あいつか~って。Hも、まんざらじゃなさそうな顔をしていたんですよね。クラスの中心にいるわけじゃないけれど、はしゃぐときははしゃぐし、成績はそこそこ良いし、みたいな子でした。
その子はYってことにします。
だいたいわかりますよね。
将来の結婚相手が見えるおまじないを、Hは試したんです。
深夜零時、カミソリの刃をくわえて水を張った容器をのぞき込む。
見えた、って。Hは言ってました。
そうです。Yの顔が見えたんだそうです。
こっくりさんがすごいっていうか、おまじないがすごいっていうか。
Hが嘘をつくなんて思ってませんよ、わたし。Hの言葉を信じるしかないんですけど、でもHが嘘をつくわけはないので。こっくりさんの十円玉を勝手に動かしたとか、実は水面に誰の顔も映っていなかったとか、疑う気になれば誰だって疑えますけど、でもわたしも含めて、誰もHが嘘をついているなんて考えもしなかったんですよ。
Hから聞いたおまじないの話を続けますね。
Hの顔を映す水面が、室内で風もないのに揺らいだそうです。
自分の顔が、見えなくなるくらい。
それが落ちついてきたころ、どうもなんだか、髪型がおかしいなって気づいて。なんだって思ってまばたきをしたら、自分に似ても似つかない顔が映っているって。
Yの顔だって。
Hはビックリしたんだそうです。
それで。
Hはカミソリの刃を落としたんです。
「は? ってなりますよね。なりましたよ、話を聞いていたわたしたちも。え? なに? みたいな。わざとって何? みたいな」
なんでそんなことをしたの――って、話を聞いていた女子が訊ねました。
Hは、顔こそごくごくふつうの、それこそ真顔っていう、ゼロの表情でした。
「だって○○(Hをバカにしていた男子複数名)たちと仲がいいのに、私がブスって言われてるの聞いて笑ってたじゃん。嫌い、ホント嫌い。そのくせヘラヘラして私に近づいてきて、声かけてきて、その口で私を陰でブスブス根暗キモ女って言うくせに。裏表の差が本当に嫌い。大っ嫌い。いっちばん嫌い」
小さい「っ」にあんなに力を込めてしゃべるHの声、はじめて聞きました。声を張り上げていたわけでもないのに、わたしも友達も、背筋がビクンと震えました。先生に怒られたときみたいに。
H、本気で怒ってるんだって。
カミソリ落としたら本当に水面赤くなったよってこともHは教えてくれたんです。でもそれも、まあ自己申告だし。だからその、信じるか信じないかはあなた次第です、的なやつですよね。
でも、Hは腹に据えかねていたんですよね。わたしたちには隠していたけれど。
お風呂場の桶に落としたカミソリの刃をつかんで、水面に映るYの顔をぐちゃぐちゃになるようにかき混ぜたって。そしたら絵の具を筆で洗うときみたいに、どんどんどんどん赤さびみたいな色がにじんできたっていうんです。
まあ、信じるかどうかは、ですけど。
そしたら当然、水って真っ赤っかになるじゃないですか。なんかもう、水で赤い絵の具のついた筆を洗うっていうレベルじゃなくて、水そのものがなんかもう「赤」になったそうです。「赤」っていう色の塊みたいな。「赤」っていう色を表現する抽象的なものじゃなくて「赤」の具現化みたいな。
そこまでやったらさすがにHも気持ち悪くなって、すぐ洗面所に捨てたんだそうです。真っ赤な水を。結局はただの水だったので、赤かったけど、血なまぐさいわけでもないし、Hがカミソリで手を切ったわけでもないので、とりあえず流して捨てて、おしまい。
その後ですよね。
Y、交通事故に遭ったんです。
小学校のすぐ手前に川があって、橋があるんです。道路から橋に入ると、道が少しだけ狭くなるんです。歩行者用の橋がそのとなりにあるんですけど、Y、自転車に乗っていたので、車道を走っていたみたいで。
隣を走っていたトラックが、Yの自転車に触ってしまったんですって。それでYは転倒して、自転車がトラックのタイヤとどこかに挟まって引っかかってしまって、Yの体は引きずられる形になっちゃって。
運が悪いって、言葉にするとすごく軽いですよね。
Y、すごく運が悪いとしか言いようがないんです。聞いた話なので本当かどうかはわからないんですけど。
顔を地面に押しつけたまま引きずられたみたいで、地面で顔をすりおろしたような状態だったそうです。トラックの運転手は何かにぶつかったとわかってすぐブレーキを踏んだそうなんですけど、それでも何十メートルって進むじゃないですか。停車するまでのあいだに、Yの顔は半分以上減っていたんだそうです。
橋ってアスファルトじゃなくてコンクリート製のところもあるじゃないですか。ちょっと白みがかった道で、そこに、Yの顔を削ってできた真っ赤な線が色濃く残るほどだったって聞きました。
顔、ぐちゃぐちゃってレベルじゃないですよね。
Hのおまじないが効いたわけじゃないでしょうけど、でも、なんていうか、繋げずにはいられないじゃないですか。
わたしたちがその小学校を卒業してから、橋に顔のない少年が立っているっていう怪談をよく聞くようになりました。わたしが最初に聞いたのは高校生のときだったので、ああYのことがそんなふうに言われるようになったんだなって思いました。怪談ってそうやってできるんだなって。
顔のない少年は、橋の上から川面をのぞき込んでいるんだそうです。
うつむいているから、顔は見えないでしょう。だから、通行人が「何をしているの」って声をかけるんだそうです。すると頭がこっちを向くんですって。
血まみれの、顔を削り取られた頭が。
その顔を見た人は恐怖のあまり、悲鳴をあげて逃げようとするんですけど、間違って川に落ちて死んじゃうんだそうです。まあそこの川に転落して死んだ人のニュースは聞かないので、さすがに盛っているなとしか思いませんけど。
はい。
川で転落死した人の話は聞かないので、嘘だと思います。
でもYらしき、顔が真っ赤な少年が出るっていう話は県内のいろんなところで聞きます。橋じゃなくても、どこにでも現れるみたいです。だから誰でも見かける可能性はあるみたいですよ。
見たからどうするって訳でもないんですよ。逃げるしかありません。というか、Yらしき少年は顔をこっちに向けてくるだけです。別に襲ってくるとかしないみたいです。でもまあ、顔がそれじゃあ、見ただけでも怖いですよね。でも、それだけなんですよ。
Yは悪くないでしょう。交通事故の被害者です。自転車の乗り方に問題はあったかもしれないですけど。
でもだからって、Hが悪いんでしょうか。おまじないをしただけで、本当に、Yがそんな目に遭うなんて誰が思うんですか。
だいたい、HはYも含めた男子たちにずっと悪口を言われていたんですよ。かわいそうじゃないですか。
Yもかわいそうではありますけど。
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