沈んだ村の伝承2
集落Bの子孫、ケイトクさん。幼いころに亡くなった曾祖母から直接聞いた話。
やはり、村は長雨に困っていた。沼に住む龍神様に祈りを捧げても、雨は止まない。
ある夜、村長は夢を見た。土砂降りなか、自分は沼の縁に立っている。降ってくる雨は長く冷たく、とても痛かった。ばちっと雨粒が頬を打ちつけるので、痛みをこらえようと顔に手をあてる。手のひらにごわっとした感触があった。見れば、薄い石があった。角度を変えると微妙に光沢を帯びる。どことなく、何かのうろこのようである。そこでやっと、この長雨は龍神様が沼から出たときに生じた水しぶきなのだと気づいた。
恐れのあまり、村長はその場にひれ伏した。すると龍神様の声がする。村の娘を嫁にくれたら、雨を止ませてやろうというのである。
目覚めた村長は翌日、村の家々をまわった。龍神様の嫁になってくれる娘を探し歩くためだ。村の住民もいうまでもなく長雨に困らされていたが、娘を龍神様にやるわけにはいかない。両親が嫌がる家もあれば、娘本人が断固として拒否することもある。いわば生贄なのだから当然である。
ある家の老夫婦には、ようやく授かった一人娘がいた。夫婦はもう働けず、娘がひとりで田畑を起して両親を養っている。村長は、両親の面倒はかならず見るからといって娘を説得した。両親は、自分たちもすぐにお前のところに行くよと娘に伝えた。
母親の古い晴れ着を着させてもらい、娘は簡素な作りの神輿に乗せられた。村の人々に担がれて、娘は沼へと向かった。残していく両親を思い、娘はさめざめと泣いていたという。
神輿ごと娘が沼におろされる。すると突風が吹いた。神輿はゆっくりと水面を移動しながら、じょじょに沈んでいく。沼のまんなか、それは村長が夢で見た龍神様が姿を現す水しぶきをあげているところだった。神輿がそこに到達するころには、娘はすっかり沈んで姿を消していた。
それから村は晴れが続いた。老夫婦は、その後まもなく娘を追いかけるように続けて亡くなった。
晴天をもたらしてくれた娘と龍神様を祀った神社が村にはあった。御神体の鏡は娘が使っていたものとされている。その鏡の表面が、ときどきうっすらと濡れる。するとかならず雨が降る。村人はそれを見ると、娘が龍神様と夫婦喧嘩をしているのだろうと話す。だが長雨にはならず、すぐに晴れる。喧嘩と仲直りを繰り返してうまくやっているのだろう。
その神社も、噴火によってどこかの地面の下に埋まっているのだろうとのことである。
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