写真
クリスマス当日に仕事が入ったジュンさんは、その特別な日に一緒にいられないお詫びとして恋人のモエミさんと、その少し前にデートをしようと話し合った。モエミさんは日にちについてはそんなに重要視をしておらず、むしろ行き先を隣のM県にした事に目を輝かせた。恋人同士なのに、せっかくのクリスマスデートが出来ない申し訳なさが大きかったジュンさんはホッとした。
M県にあるキツネ村に寄った帰り道、高速道路を走っているところでモエミさんがどうしても寄りたい場所があると懇願してきた。
「A山ってなんにもなくない?」
「知ってる。でもどうしてもそこに行きたいの。おねがい!」
モエミさんがプレイしているゲームに、A山が舞台として登場するという。モエミさんは事前にグーグルマップで検索したが、県内とはいえ遠いし、有名な観光地というわけでもない。よほどのことがなければ行くことはないなとあきらめていたそうだ。
ジュンさんは、物は試しと、カーナビにA山を行先入力してみた。どうやら頂上まで車で行けるし、駐車場もある。道中のカーブを見ても、さほど高い山ではないとわかった。ちょっとした寄り道程度ならまあいいか。ジュンさんは快諾した。
Kジャンクションから高速道路を下りて、一度M県へと逆戻りになる道を進む。すぐそばには先ほどまで走っていた高速道路を見上げられた。山道に入る分岐点で、それも見えなくなった。
アスファルトの端に溜まっている落ち葉や土が、この先はいかにも別世界であると示しているようだった。こういった景色を直接見た印象というものは、都市部とも田舎の平地とも違う、決定的な言葉にはしづらい
折りたたみのようなカーブをいくつか曲がり、頂上駐車場へ到達した。自分たちのほかには誰もいない。山の天頂だというのに、ほとんど無風だった。冬に備えて葉を枯らした枝は寒々しく、曇り空という天候もあってどこかうらさみしい。
「ここでよかったの? 本当に」
「うん! ありがとう! この先に展望台あるっぽいんだけど、そこでぬいぐるみの写真撮りたいの」
キャラクターのぬいぐるみの写真を撮る、ぬい撮りという趣味を持つモエミさんは、キャラたちをこの場所まで連れてこられたことがとてもうれしいらしい。満面の笑みで感謝を告げられたら、ジュンさんも来てよかったと思えた。
駐車場を出て上り坂を少し進んだ先の道の脇に、石碑があった。モエミさんが言うには、ここはむかしとある合戦の舞台になったという。そういえば山に入ってすぐ、国の史跡と銘打った看板が立っていたっけ。防塁というのがそれなのだろう。想像もつかないほど遠い昔、ここで人々が争ったのか。命を落とした人間もいたのだろうな。そうかだからここはどこかさみしくて、悲しく感じられるのか。ジュンさんは納得した。
アスファルトで舗装された道は終わり、砂利道に変わった。そのまま進むと頂上についた。モエミさんは防塁石碑の前で、連れてきたぬいぐるみをバッグから取り出す。ぬいぐるみを片手で持ち、もう片手でスマホのシャッターを押す様は手慣れていた。
そんなモエミさんを、ジュンさんも写真に撮る。はじめのうちは「やだ~」と照れていたモエミさんも、今では「またか~」くらいの態度に軟化した。
写真のモエミさんが妙だと気づいたのは、彼女の家で画像フォルダを眺めていたときだった。実家住まいのモエミさんを送り、モエミさんの両親の勧めで休ませてもらっていた。近々同棲するつもりで話を進めていたジュンさんは、モエミさんの両親とも仲良くしていた。
そういう間柄なので、ジュンさんはその妙な写り方をしているモエミさんの写真を、彼女の母親に見せてみた。
石碑の前でぬいぐるみ撮影をしているモエミさんを撮った一枚だ。自分の顔の脇にぬいぐるみを添えてピースしている。ジュンさんはこれをスマホの壁紙にしようと思って眺めていたら、気づいてしまった。
「あら。でもそういえば、むかしってよくこういう写真になるって話だったばい」
モエミさんの母親が、隣に座る夫に写真を見るように促す。
「ああ、んだな。スマホでもそういうことっちゃあんだな」
モエミさんから「見せて見せて」とせがまれ、彼女にもスマホを差し出した。
「ん~? これメイク加工のアプリじゃないよね。今日はいつものブラウンのカラコン入れてるはずだし」
「スマホに最初っから入ってるカメラだよ」
モエミさんの目が、赤くなっていた。
「でもなんていうかこれ、目が赤くなってるっていうか、目に赤いものが入ってるって感じしない?」
モエミさんが、画像加工アプリを疑った理由だという。
その目の赤さというのは、目の充血や出血といった、体の内部に異常が生じた色味ではない。外部から
たとえるなら写真にカラーコンタクトを入れているような、映える加工を施す。モエミさんはそれではないかと思ったのだ。
もしくは。
「何かが反射して目に映ってるとかかな。でもあそこに赤いものなんかなんもなかったもんな~」
「だな。紅葉だってとっくに散ってたし、夕日もなかったし、おれもモエミも赤い服なんて着てなかったし」
スマホの画面を拡大して、モエミさんの目をいっぱいに広げる。モエミさんの指摘を受けてから見てみると、たしかに彼女の目そのものが赤く染まっているというよりは、どうも赤みが浮いている。瞳の際の一部はまだ黒かったし、白目もいくらか染まり切っていない。
「なんかこれ……人の顔っぽくない?」
「は?」
目に浮かぶ赤い色の輪郭を、モエミさんが指先で縁取る。丸の下にくびれ。頭部と首。その下からまたぐわんと広がるのは、肩。
「いやでもさ、人が目に映りこんだって影みたいに黒くなるだけじゃね?」
「そうなんだけど」
しかし、一度想像してしまうと、それはもう人にしか見えなくなった。
画像はそれ以上拡大できないし、したとしても画質が荒っぽくなって何がなんだかわからない。
だがもし、その真っ赤な何かに人の顔の証明であるパーツらしきものが見えてしまったら……。
「お祓い行かね?」
モエミさんの実家に泊まったジュンさんは翌日、彼女と彼女の両親と一緒に近くの神社でお祓いを受けた。さいわいなことに予約をしなくてもお祓い祈祷を受けつけてくれる、大きな神社があった。
「お祓いを受けたっていう気持ちだけで、ずいぶん気持ちが楽になるものですよ」
話を〆る口調ではない。そのあと何かあったのかと尋ねると、ジュンさんは唸ってから続けてくれた。
「神社を出てすぐ、女性とすれ違ったんです」
お祓いをした以上、その効果を信じたくなるのが人間の性だろう。今後は何も起こらない平穏無事が約束されてほしいという、切なる願いだ。
すれ違った女性は、同伴している男性とずっと会話をしていた。会話から察するに姉弟のようだった。
「あと少しだったのに」
まるで耳打ちのようだった。
ジュンさんは振り返ってその女性を見た。弟らしき青年をひっきりなしにからかい続けている姉、という雰囲気に途切れた様子はまったくない。今の言葉が出てきそうな話の流れでもない。
「たぶん、会話を聞き間違えたんだと思います」
しかしその声は、会話をしている女性の声とはずいぶん異なっていたという。
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