東北には狸と書いて「むじな」と読ませる地域も多くあるほど、貉という動物が身近にいたのだろう。狸と貉を混同していたといってもいい。

『平成狸合戦ぽんぽこ』のストーリーで、狸がのっぺらぼうに化けて人をおどろかせるエピソードがある。あの元ネタのタイトルは『貉』である。


 貉内(むじなうち)という地名がある。グーグルマップで検索すると、山中のある区画が表示される。地名内に神社や野仏があっても、表示される画像を拡大して見たところでどこも手入れがされていないさびれた土地である。

 周辺の田んぼは稲刈り直後のようで、乾いた泥が一面に広がっている。周囲の木々も茂みも、冬支度らしくぼけた緑色をしていた。あいにくの曇り空の日に撮影されたともいえるが、東北の冬はこの空が一般的な色合いといっていい。

 一本道を航空写真モードにして、拡大して進んでいく。しばらくすると道の脇に、白い何かが点在するようになる。進行して写真を見るとわかるが、どうやら道路脇に川があるらしい。コンクリートで真新しい堤防が作られたばかりのようだ。周囲の黒ずんだ灰色コンクリートと比べると、白く浮いて見える。地震か台風の増水の影響で、がけ崩れが起きたのだろう。


 その道を進んでいくと、後ろ姿の少年が見つかる。地元の子どもだろう。シャツ、短パン、スニーカー。黒い短髪。背丈から察するに小学校高学年くらいだろうか。

 その子どもを追い越して、画像の向きを変える。少年の顔にはモザイクがかけられている。これはどの写真でもほどこされている、プライバシー保護のための加工だ。


 その少年の顔は、モザイク越しでもわかるほど赤い。

 表情はおろか、顔のパーツさえわからない。

 どういうわけか、真っ赤。


 その少年を見つけるためには、グーグルマップを深夜零時に開く必要がある。それ以外の時間だと、少年は現れない。


 筆者は現地に向かってみた。車がなければとうていたどり着けない、何もないといっていい殺風景な土地だった。貉内に入る道は、マップどおりほぼ一本道だった。対向車が来たら幅寄せをして、お互いに譲り合わないとすれ違えない。地元の人間でなければ通り抜けられない道だった。


 マップで何度も見た河原沿いに到着した。むろん、誰もいない。

 少年が歩いていたとおぼしき場所に重なるよう移動してみた。言うまでもないが、何もなかった。

 遠くから雉の鳴き声が聞こえてきた。


 ぼちゃん


 川に何か落ちた。あの白く真新しいコンクリートの道路沿いに足を延ばす。

 川が、何やらうねうねと太陽光を反射していた。目を凝らすと、その正体が蛇であるとようやくわかった。蛇は川を泳いで渡っていった。


 一方通行の道を出ていく際に、地元の男性と遭遇した。犬の散歩中らしい。柴犬は、車を見ても見知らぬ人間を見ても、吠えることなくニコニコとしていた。男性も同じように、愛想がよかった。

 ――グーグルマップに映る赤い顔の少年を知っていますか、という頓狂な質問にも快く応じてくれた。

 このあたりにはそれくらいの年代の子供は、もう十年以上住んでいないとのことだった。



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