うわさばなし

山口 隼

うわさばなし

 ウワサなるものを捕まえた。社宅の隣にある空地の、少しも整備されていない草むらにいて、息子が見つけてきたのだ。お父さん、飼ってもいい、と訊くから、例によって、お前が世話するんだぞと答えたが、実は内海のほうが惚れ込んでいた。

 生まれたばかりと思われるウワサは柔らかそうで、形もよくわからなかった。見ようとしても焦点が合わないような感じを覚えたが、ころころと丸く、乳白色の毛を持っていることは認められた。ニュースでよく見る、大人のくすんだそれではなかった。同じ社宅に住む同僚も見に来て、目を細めて可愛がった。内海はいくらか誇らしげに思ったものだった。

 内海は余った資材でケージを作ってやり、テレビの側に置いた。情報を摂取させるとよく育つと聞いていたのだ。

 ウワサはすくすくと育った、子供が動画を見せるようになってより成長速度は速くなった。丸かった身体は次第に長く、太くなって逞しさを増した。そのうちに輪郭が明確になり、鳴くこともあった。“キャッチー”、“トレンド”、“バズ”と機嫌で声が変わるのを、内海は発見した。ころころと動き回り、息子とじゃれていた。そのころまではまだ可愛らしかった。

 やがてが生えてきて、内海は気色悪さを覚えた。最初の形とは似つかなくなり、鳴き声も低くなって、ケージの中で暴れることもあった。気づけば倍ほどの大きさであった。

 そのうちに、家人がいなくなった隙をついて窓から抜け出すことが増えた。をしはじめたのだった。ウワサは、近所で騒がしくしたり、通行人へ妙につきまとうものだからクレームさえ入りはじめた。いよいよ厭わしさが増して、内海は夜中、こっそりと元の草むらへウワサを置いてきた。足元へ纏わりついていたが、構ってくれないと察すると、牙をむき出しにして唸り、強く振った尾の鋭さが、手の甲をしたたかに打った。この、と内海が振り上げた拳は空を切った。ウワサは一声低く鳴いて、闇の中へ消えていった。

 数日が経って、内海は社会面の片隅に短い記事を見つけた。市内のほうでウワサが暴れ、人を食い殺したのだという。逃げたところを捕獲されたが、こうなってしまっては安楽死させるほかない、という保健所のコメントも記されていた。息子にそれを見せることはなかった。内海は新聞を丸めて窓拭きに使った。

 これでいい、と内海は呟いた。その背中へ、見なかったことにしたいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

うわさばなし 山口 隼 @symg820

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る