第26話
それから数日後、ディルフィニウムはデンドロビウムの命令で王のいる謁見の間まで呼び出された。
そこに向かうと、既に王のキャクタスが王座に座っており、隣には第二王子のデンドロビウムが立っていた。
そして、その下には第三王子のカンパニュラと第四王子のアスターも並んで立っている。
第一王子のジギタリスは既に元の戦場へ戻っていったのだろう。
この謁見の間には見当たらなかった。
何事かとディルフィニウムは周りを見渡す。
そして、王の前で膝をついて到着したことを伝えた。
「第五王子ディルフィニウムが参りました。今日はどのようなご用件でしょうか?」
王は何も言わない。
代わりに王の隣で誇らしげに立っていたデンドロビウムが答える。
「王はこの度、希少な竜を失ったことを悔いていらっしゃる。竜の鱗以上に頑丈な素材はない。お前はあの者たちとの接触もあったようだし、竜の事も少なからず知っているだろう。だから、お前にはしばし竜の探索に向かってほしい」
その言葉を聞いて、驚き顔を上げる。
彼の横では澄ました顔でカンパニュラが立っていた。
「私がですか? しかし、私はあの日一度見ただけで――」
「これは決定事項である。お前に拒否権はない」
本気で言っているのかと驚いた顔をするディルフィニウム。
今から竜を探しに行けと言って、本気で見つけられるとは思わない。
確かにあの竜はあんなに暴れまわっているのだから怪我もしている。
そう遠くには行っていないかもしれないが、それでもこの広大な土地で探すとなれば別だ。
彼らだって本気で見つかるとは思っていないだろう。
それに見つけたところで、再度捕まえるなんて不可能に近い。
それがわかっていて彼らは命令しているのだ。
つまり、ここで適当な理由をつけてディルフィニウムを王宮から追い出そうとしている。
こんな事を王が考えるとは思えない。
確かにデンドロビウムはディルフィニウムを疎ましく思っていたところもあったが、王宮から追い出そうとまでは考えなかっただろう。
それにそれを王に提案し、説得するほどの能力があるとは思えない。
なら、考えられるのは一つだ。
提案したのは、デンドロビウムでも王でもない。
この中で一番機転が回るカンパニュラだ。
カンパニュラがなぜ、そこまでしてディルフィニウムを王宮から追い出そうとしているのかはわからなかったが、彼を邪魔に思っていることはすぐに分かった。
「さすがにお前一人で行かすつもりはない。何人かお供を遣わそう。出来れば来年の建国祭に間に合うように捕らえて来てくれ。暴れるようならその場で殺しても構わない。必要なのは竜の身体なのだからな」
つまり1年は帰ってこなくてもいいということだ。
そうやって、彼を王から引き離そうとしている。
しかし、これは王も納得してのことだ。
命令に従わないわけにいかない。
「御意」
ディルフィニウムは頭を垂れて答えた。
そして、命令通り旅立つために準備をしようと謁見の間から出ていこうとした時、後ろからカンパニュラの声が聞こえた。
「父上は竜が見つかるまでは帰ってこなくても仕方ないと考えておられる。この一年で何が何でも捕まえて来い、ディルフィニウム」
その言葉でディルフィニウムはカンパニュラの方へ振り向いた。
つまり、もうこの王宮には帰ってこなくても問題ないと言っているのだ。
本気で竜を捕まえられると思っている者はいないだろう。
彼は体のいい理由をつけられて、この王宮を追い出されたのだ。
ディルフィニウムはくっと奥歯を噛みしめて、カンパニュラを睨みつけた。
カンパニュラは他の兄、ジギタリスやデンドロビウムと違って何を考えているのかいまいちわからない男だった。
ただ、彼が何も考えなしに私情だけでディルフィニウムを追い出そうとしているとは思えなかった。
彼にとってディルフィニウムは今後の障害となりかねないと考えているのだ。
それに彼が本気で竜を見つけたとしてもディルフィニウムが殺せるとも思っていない。
何もかもわかった上で、王や兄に提案したのだ。
しかも、兄弟の中で一番王に信頼をされているジギタリスをいないタイミングでだ。
カンパニュラほどの男ならデンドロビウムを説得することなど簡単な事だろう。
彼はいずれこの兄、デンドロビウムすら手中に収め、ジギタリスいない今の王宮を牛耳ろうと考えているのかもしてない。
そう分かったところで、いまのディルフィニウムは何ができるというのだろうか。
ただ、兄たちの言いつけを守って王宮を出るしかなかった。
兄たちが用意してくれた使いの兵士たちは思ったよりも優秀な者が多かった。
中にはカンパニュラ直属の護衛兵であるライラックが配属されていて、彼がこのお供のリーダーのようだった。
まさか、カンパニュラの信頼が一番厚いライラックをお供に寄こすとは思わなかった。
確かに竜を捕まえると考えると彼らのような手練れた兵士の力が必要だ。
ライラックなら竜を殺すことに抵抗のあるディルフィニウムを押しのけてでも、倒して捕まえてくるかもしれない。
カンパニュラは本当に竜を取り戻そうとしているのか。
彼にはそう言った執着はないと思っていた。
王の武具がどんなものであろうと気にするとは思えない。
それでも王の信頼を得るために考えたのか、やはりディルフィニウムにはカンパニュラの考えていることがわからなかった。
「ディルフィニウム様、今度の旅はこのライラックにお任せください。竜が逃げた方向も把握しております。何年間も檻の中で飛んでいなかったのです。そう長い距離は移動できないはずです」
彼はとても感じのいい男だった。
ディルフィニウムはただ王宮を追い出される口実を作られたのだと思っていたので呆気にとられている。
「ライラックは本気で竜を連れ帰れると思っているのですか?」
ディルフィニウムがそう質問すると彼はにこやかに答えた。
「当然です。生きて連れて帰るのはさすがに難しいとは思いますが、倒して良いとなれば私も手加減なしで戦えます。ここにいる者たちは皆、竜を捕らえられるほどの腕を持ったものばかり。出来るだけ早く捕まえて、王を喜ばしましょう」
意外な言葉だった。
確かにこのメンバーなら長年牢で暮らしていた弱り切った竜なら戦えるかもしれない。
ガドゥプルは火を吐かない。
それだけでもこちらに分があると思ったのだろう。
「カンパニュラ様は本気でディルフィニウム様の事を心配されていました。今回の失態がディルフィニウム様の責任だと考える者も少なくありません。それを解消するにもあなた様自身が竜を取り戻すことで名誉挽回してほしいと願っておられるのです。それに今のままでは王の信頼どころか、あなた様の立場は悪くなるばかり。いずれ、王座にジギタリス様が付いた時、ディルフィニウム様の処遇についても懸念されているのです。だから、この決断をされたカンパニュラ様を悪く思わないでいただきたい。そのためにも私たちがお供しているのですから」
ディルフィニウムはそう言われてもカンパニュラという兄をどこか信じきれないところがあったが、この兵士、ライラックの事を悪い人間には思えない。
彼は、王国に忠実で愛国心のある男だ。
ディルフィニウムは彼を信頼し、協力し合うことを決めた。
カンパニュラが本気でディルフィニウムを王宮から追い出したいだけなら、自分の忠実な家臣を派遣したりはしないだろう。
ひとまず無事にこの王宮に戻れることを願って彼らは王都から旅立っていった。
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