第25話

竜が飼われていた部屋は彼女が暴れたためか、壁も、柱もボロボロだった。

ディルフィニウムはそのボロボロになった部屋の中を眺めながら、この場所で何が行われていたのか想像した。

そんな彼の横に兄のアスターが現れ、可笑しそうに部屋の中を覗き込んでいた。


「すごいことになっているね。こんな場所に竜が飼われていたなんて、知らなかったよ。ボクも逃げる前に見ておけば良かった」


アスターは今から何が行われるかも知りながら、不謹慎にも嬉しそうに燥いでいる。

彼のことだ。

どうせ武具になるのだから、死んだ後にゆっくり眺めてやろうとでも思っていたのだろう。

彼らにとって竜は命のある生き物ではない。

利用するためのただの道具だ。

そして、そこに立たされている7人の使用人もまた彼らにとっては道具。

不具合があれば、あっさり切り捨てられる。


「これより罪人の処刑を行う」


文官の1人が広間の前で声を張り上げ、処刑執行の合図を送る。

アスターは嬉しそうに自分の席に向かって行く。

ディルフィニウムはここで処刑される者たちの事を思うと胸が痛んだ。

たしかに、王の所有物である竜を逃がしてしまったことは重罪だ。

それは彼らも十分理解していることだろう。

しかし、彼らがなぜそんな強行に至ったのか、ディルフィニウムには痛いほど理解できた。

それがどんなに悲しいことでも、そこから逃げるのではなく、この彼らの雄姿を最後まで見届けるのも王族としての使命だとも感じていた。

ディルフィニウムは彼らがこの城内でどのような扱いをされていたのかよく知っている。

本当につらい十数年間だったろうということも想像できた。

自分に出来ることはもっとあっただろう。

しかし、自分の不甲斐なさで助けることが出来なかった。

これが自分に対する戒めなのだと思いながら、席に着いた。




エビネたちは兵士たちに連れられ、一列に並ばされていた。

手は縄で縛られ、お互いの腰を1本の縄で繋げられている。

これでは奴隷として連れてこられたあの日のエンジュたちと変わらなかった。


「お前たちまで巻き込んで悪かったな」


先頭に立つエビネが後ろにいたホップたちに話しかけた。

ホップは今にも泣きそうな顔で答えた。


「これは俺たちが自分たちで選択したことだからよ、エビネさんのせいじゃないっすよ」

「お前、声震えてんじゃねぇか」


ボリジがその後ろで情けないなとホップを笑った。


「無事にエンジュたちが逃がせた。それだけで十分だよ」


目を閉じてシュロが答える。

ビデンスもゆっくり頷いて、エビネに話しかける。


「どの道、ガドゥプルが死んだら俺たちの居場所はなくなってたんだ。今までありがとな、リーダー」


その言葉を聞いて、エビネの目からは涙が流れる。

こんな自分でも彼らの役に立っていたと最後に知れて嬉しかった。


「お前ら、静にしろ!」


エビネたちが話しているのが聞こえ、兵士が彼らを怒鳴りつける。

その言葉で全員が黙り、静かに自分たちの処刑執行の号令がくるのを待った。

そして、諸々の手続きを済ませた後、7人は王族や武官の前に立たされ、膝をつく。

その後ろには刀を持った兵士が一人ずつ立っていた。

これは公開処刑ではない。

一部の王族と仕官達だけで行われる儀式のようなものだ。

国王には興味がなかったのか、ここには来ていない。

代理として第二王子のデンドロビウムが見届けていた。

その後ろには第四王子のアスターと第五王子のディルフィニウムが席についている。

エビネはディルフィニウムと目が合うと周りに気づかれないように笑った。

それを見て、ディルフィニウムは複雑な気持ちになっていた。

自分は彼らの事を助けられなかったのに、彼らは少しも自分を憎んではいない。

むしろ晴々とした顔でこの場にいた。

エビネはディルフィニウムに感謝しているのだ。

手足をなくした自分たちに仕事を与え続けていてくれたことや義手や義足を用意してくれたこと、誰も知らないところで彼は精いっぱい動いてくれた。

今はそんな悲しい顔で自分たちを見送ってほしいだなんて思っていない。

彼には彼の望む未来を生きてほしいと思っていた。

この死に損ないの兵士たちに一瞬だけでも生きる場所を与えてくれたのだ。

だから、笑って見送ってほしかった。

最後に、エビネは一番後ろにいるロベリアに目を向けた。

こんなことにロベリアまで巻き込んだことは申し訳なく思っていた。

彼女は最後までこの計画には反対していたし、エンジュの事も助けようとしてくれた。

ガドゥプルのことだけでも見殺しにしていれば、誰も死なずにすんだ結末があったかもしれないのに、自分は最悪な選択をしたのではないかと思う。


「ねぇさん、本当に悪かったな。ねぇさんだけでも助かったかも知れねぇのに」


最後の最後にエビネはロベリアに話しかける。

ロベリアはいつもの調子でふんと鼻を鳴らした。


「あの子をここから逃がすって決めた日からこうなることは覚悟してたよ。これでよかったんだよ。あの子たちだけでも助かったんだから……」


エビネはわかっていた。

ロベリアは今回の事をエンジュやガドゥプルのことだけを思ってしたことじゃない。

自分たちの心のけじめためにも協力してくれたということに。


「俺は何も悔いねぇよ。みんな、あんがとな」


エビネが全員に向けて囁いた。

その最後の言葉についにホップもボリジも泣き出してしまった。

ヒースの口元も笑っていた。

文官の合図で7人一斉に刀が振り下ろされる。

その降ろされる直前、一瞬だけロベリアの目の前に夫と息子の姿が見えた気がした。

彼らは笑ってロベリアを見ている。

そして、夫の口元が微かに動いた。

声は聞こえないのに、何を言っているのかがわかると、ついにあのロベリアの目からも涙が零れる。


『ロベリア、今までお疲れ様』


この時、ロベリアはやっと家族と同じ場所へ行ってもいいのだと実感した。

家族を死なせてしまったという罪悪感から初めて解放されて、全身から力が抜けるようだった。

心が温かい。

今はそう思える。

昔の自分ならこんな結末さえ受け入れられなかったかもしれない。

けれど、エンジュが来て、エビネたちが生き生きと働くようになって、あの死にかけの竜も飛び立てるほど元気になって、こういう結末も悪くないと思った。

そして、7人全員が心に思い描いていたこと。

生きてほしい。

エンジュとガドゥプルには自分たちの以上に生きて、幸せになってほしい。

この時の彼らの願いはただ、それだけだった。



罪人たちに刀が振り下ろされて、処刑はあっけなく終わった。

大量に流れる血。

罪人の目からは涙は流れているものの、誰も悔やんだ表情は見せてなかった。

安からかに眠るようにその場に倒れた。

人の命とはこんなにあっけないのだなとディルフィニウムは彼らを見て思う。

あんなに楽しそうに生きていたのに。

手足がなくなっても絶望せずに国の為に働いてくれた。

そして、ガドゥプルをあそこまで生かしてくれたのも彼らだ。

彼らに感謝する気持ちしか、ディルフィニウムの心には浮かんでこない。

周りにはばれないようにディルフィニウムは静かに涙を流した。

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