第24話

「これはどういうことだ!!」


兵士の1人がエビネたちに近づいて、彼の胸倉を掴んだ。

隣にいたボリジがそれを引き放そうとしたが、エビネが手でそれを阻止する。


「竜を逃がすなんて極刑に値する! お前たちはそれをわかっているのか!?」


兵士はエビネたちに向かって叫ぶ。

皆、複雑な表情をして立っていた。

そして、それに答えたのはエビネだった。


「わかっています」

「なら、来い! お前たちはひとまず官署の牢にぶち込んでやる!!」


憤慨している兵士がそう言って、近くにいた部下に他の男たちも捕らえるようにいった。

そこにいた男たちは誰も抵抗する者はいなかった。


「竜はどうしましょう? あの状態で捕まえるのは不可能ではないでしょうか?」


兵士の1人が上官である兵士に話しかけたが、男はそれどころではなかった。


「そんなこと自分で考えろ! 我々に不可能なんて言葉はない!!」


男はそう言ってエビネを引きずるように城内に連れ出していた。

後ろからはホップ達も他の兵士に連れられてついて来ている。

頭の上ではまだガドゥプルが城の上を飛び回っていた。

上官に怒鳴りつけられていた兵士は足早に他の兵士たちを呼び寄せて、王都で一番高い場所である城内の塔に上り、竜を射ち落すように指示をしていた。

エビネはそんな光景を見ながら、無事にエンジュとガドゥプルが逃げ切れることを心の中で祈った。




「あれは何?」


誰かが叫ぶ声で、ディルフィニウムも顔を上げた。

そこには何か大きな白い生き物が飛んでいる。


「竜よ! 竜が飛んでいるわ!!」


周りの者たちは慌ててその場から逃げ出そうとしていたが、ディルフィニウムはそのまま空を見上げていた。

そして、気が付いたのだ。

あれが地下にいた竜、ガドゥプルということを。


「兄さま、あれはうちの地下にいた竜ですわ! 見てください! 月に照らされてとても綺麗ですわ!!」


少し離れた場所でリリーが椅子に座りながら、空に指をさし嬉しそうにカンパニュラに話しかけていた。

カンパニュラの方は信じられないと言った驚いた顔で見ている。

リリーも最初見た時はあんなに残念がっていたのに、この光景を見て、すぐに見解を変えたようだ。


「兄さま、やはりリリーはあれが欲しいですわ。もう一度捕まえてくださいな」


リリーは状況も把握できないまま燥いでカンパニュラに話しかけている。

近くにいた使用人たちがリリーたちにすぐに城内に避難するように声をかけていた。

カンパニュラは興奮する妹のリリーを抱えながら、城内に移動する。

花火の会場ではこの状況が把握できていないのか、打ち上げが続いている。

ディルフィニウムは1人城のベランダで空を飛び回るガドゥプルを見つめていた。

月の光で輝く竜。

エンジュは自分にこれを見せたかったのだと確信した。

確かに名前にあるように夜に輝く大輪の花、月光美人のようだった。

そして、その後ろで綺麗に輝く色とりどりの花火。

こんな美しい光景を彼は今まで見たことはなかった。


「ディルフィニウム様も早く城内に!」


最後までベランダに残っていたディルフィニウムに執事長が声をかける。

しかし、彼は一歩も動こうとしなかった。

ただ、竜に目を奪われるようにその場所で固まっていた。

そうしている間に、城の塔から矢が飛ぶのが見えた。

兵士たちがガドゥプルを逃がすまいと弓矢で射ち落そうとしているのだ。

しかし、そんなものがあの頑丈な竜の鱗を貫けるとは思えない。

それよりもその矢のせいで下にいる者が怪我をする危険性があった。

兵士たちはそんなことすら考えられないらしく、とにかく必死に竜を射ち落そうとしている。

ディルフィニウムは花火の光で微かに見えた、ガドゥプルの首元にある影を見つけた。

それが人だと気が付くのに少し時間がかかったが、このままでは矢がその人物に当たってしまう。

それを懸念して、ディルフィニウムは兵士たちに叫ぶ。


「辞めろ! あの竜の上には人が乗っているぞ!!」


しかし、そんな声が塔の上の兵士に届くわけもない。

花火の音も声をかき消すのに十分だった。

ちっと舌打ちして、ディルフィニウムはもう一度その影を見つめる。

人にしてはやけに小さい気がした。

そして、やっと気が付いたのだ。

そこにしがみ付いていたのが、あの奴隷の少女、エンジュだということを。


「エンジュ!!」


ディルフィニウムは竜に向かって叫んだが、はるか遠く届かない。

最後にはガドゥプルが威嚇の甲高い声で鳴いて、外にいた皆が慌てて耳を防いだ。

そのタイミングでガドゥプルは王都から離れて山の向こうの方へ飛び立っていった。

兵士はこのままではいけないと声を上げる。


「逃がすな! 射て、射て!!」


しかし、どんなに必死に弓を引こうがどの矢もガドゥプルに当たることはなく、彼女は羽を羽ばたかせながら遠くへと飛んでいく。

それをディルフィニウムは呆然としながら見つめていた。




ガドゥプルの首輪のカギを外すまでは良かった。

しかし、そこからは想像以上に暴れたため、エンジュはそこから飛び降りることは出来なかった。

ただ振り落とされないように必死でしがみついていた。

騒ぎの中からエビネの声が聞こえる。

彼は必死にエンジュに向かってしがみつけと叫んでいる。

そうしなければ、その振り払われる威力で地面に叩きつけられ、打ち所が悪ければ即死するだろう。

そうでなくても、おそらく大怪我をするのは間違いない。

それに未だ角に縄が縛り付けられている以上、このまま手を放してもガドゥプルの顔の下でぶら下がるだけでより危険が伴う。

ガドゥプルは壁のあちこちにぶつかりながら、大部屋の中を暴れ回った。

そして、大きな扉が開いていることに気が付き、それに向かって突進するように飛び出した。

そこからは飛んで逃げようと考えたのだろう。

何度も羽を羽ばたかせる。

台風のような風を起こしながら、外でも暴れ始めた。

そうしている間に、少しずつだが彼女の体が浮かんでくるのを感じた。

ガドゥプルは今、正に何年振りかの飛行を試みようとしている。

うまくいかないのか、上下したり、左右に揺れたたりして、エンジュは今にも振り落とされそうになっていた。

叫びながらも必死にしがみ付く。

今は絶対に放せないと思った。

そうしている間に感覚を取り戻したのか、ガドゥプルは誰も届かないほど高く飛び上がった。

そのタイミングでこの騒動に気が付いた兵士たちが集まって来た。

何人かの兵士がガドゥプルに向かって矢を放ったがどれも届かなかった。

そのままガドゥプルは花火の上がる城の前まで飛んでいき、その場所を城の上をぐるぐると回り始めた。

飛行が出来たのはいいものの、まだ行きたい方向に向かって飛び立てられないのだろう。

ガドゥプルに気が付いた王都の人たちが、彼女を見て悲鳴を上げながら逃げていく。

エンジュはそれをただ茫然と見ているしかなかった。

目の前には大きな花火が上がる。

こんな高い場所から花火を見たのは初めてだった。

そして、誰かがエンジュの名前を呼んだ気がしたが、誰だかわからない。

そうしている間に、今度は城の塔からガドゥプルを射ち落そうと矢が飛んでくるのが見えた。

エンジュは当たらないようにと体を縮こませた。

そうしている間にガドゥプルはやっと自由に飛べるようになったのか、甲高い鳴き声を上げて城から離れて北の山の方へ向かった。

この時、やっと気が付いたのだ。

自分だけがあの場所から逃げ出してしまったことに。

エビネたちを残して、自分だけガドゥプルと一緒に逃走したのだ。

この後、彼らがどうなるのかもわかった上で、自分だけ助かってしまった。

エンジュはガドゥプルの上に乗りながら、自分したことを嘆いて喉が枯れるような大きな声で一人叫んだ。

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