第23話

皆が一斉に動き出したのは夕方からだった。

決行は夜、祭りが一番盛り上がる時間だ。

空が暗くなる頃には花火も上がる。

花火が上がれば、王都にいる殆どの人間が花火に注目し、大きな音でこちらの騒ぎも聞こえづらくなるだろと考えた。

その間までは全員で念入りに計画を練る。

まずはガドゥプルの足についている足枷を取らないといけない。

そのために誰かが彼女に近づき、カギを外す。

カギさえ外せれれば、後は彼女が暴れた拍子に自然ととれるだろうと考えた。

問題は首についている首輪の方だ。

さすがに首の近くに近づいて気づかれないというわけにはいかないだろう。

それに無理に近づけば、怪我をさせられる可能性もあるし、振り落とされる可能性もあった。

どうにかして彼女の頭を固定しないといけない。

それはなかなか難しい話だった。


「カギを外す役はエンジュしかいない」

「けど、もしガドゥプルが暴れ出したら、エンジュも怪我程度じゃすまないぞ?」


いつもの小部屋で男たちは相談し合っていた。

確かに小柄ですばしっこく動けるのはこの中ではエンジュの他にいなかった。

しかし、彼らの言うようにカギを開けている間に気づかれて暴れられたら、下手をすると踏みつぶされてしまう恐れもある。

とても危険な作業だった。

ガドゥプルが城内の地下に来たとも、兵士を何人も使って体を固定させつけたぐらいだ。

そう簡単にはいないだろう。


「ガドゥプルは最近、十分な量の餌を与えられていない。だから、腹を空かせているはずだ。ひとまず餌をやって、気をそちらに向けさせよう」


エビネはそう提案した。


「それはいいけど、首輪の方はどうするんだよ。どうしたって、誰かがあいつに乗って外すしか方法がないだろう?」

「鎖の方を壊すというのはどうだ? そしたら近づかなくてもいいぞ?」


ガドゥプル脱出の手段について、男たちはいろんな提案を出した。

ガドゥプルが言うことを聞かない限り、こちらで無理矢理でも実行するしかない。


「しかし、あの鎖は頑丈だ。ちょっとやそっとの力じゃ壊せるもんじゃない」


確かにあの鎖は今まで怪力の竜を留めていた頑丈な鎖だった。

それを人間の力で簡単に壊すことは出来ないだろう。


「私がガドゥプルに乗ってカギを外します」


そう答えたのはエンジュだった。

皆、驚き彼女に注目する。


「いくらなんでも無茶だろう。もし、カギをうまく外せたとしてもエンジュの方が振り落とされちまう」


今度は心配してホップが答えた。

すると、エンジュは首を振って、太い縄を見せた。


「カギを外す前にまずこの縄を自分に括り付けて、1階から食事中のガドゥプルの首元に乗って、そのタイミングで彼女の角に縄を結び付けます。そうすれば、暴れても私は振り落とされない」

「けど、たとえそれがうまくいったとして、今度はカギを外した後が問題だ。暴れ出した状態で、嬢ちゃんはどう逃げ出すんだ?」


ボリジが心配そうにエンジュに聞くと、エンジュが答える前にエビネが答える。


「もうそれしかない。それでいこう!」

「でも、エンジュが……」


エビネはエンジュの顔を見て再度確認した。


「無理は承知で頼んでいる。エンジュ、出来るな?」


エンジュは深く頷いた。

エンジュが決心したならとそれ以上誰も否定する者はいなかった。

残りの時間は少ない。

男たちは急いで倉庫からありったけの食料を小部屋に運んできた。

ガドゥプルがすぐに餌に食いつくように、肉には少し焦げ目をつけて、匂いを漂わせる。

そうして、餌を準備している間に、他の者は竜がこの檻に最初に入れた時に使った大きな扉を開ける。

その鉄製の扉は重く、少しさび付いている。

男5人がかりでやっと動く程度だ。

その間にエンジュたちはガドゥプルに餌を与えた。

彼女もお腹がすいていたのだろう。

直ぐに餌に食いついてくれた。

ここまでは計画通りだった。

エンジュはエビネから鍵を渡され、彼女の動きを警戒しつつも足元に近づく。

そして、足枷のカギを気づかれないようにそっと開けた。

こちらは餌の食いつきが良かったのか、カギはさび付いていて開けるのに時間はかかったが、何とか無事に外すことが出来た。

エンジュはそのまま気づかれないように離れ、今度はガドゥプルの首元に近付く準備をする。

まずは自分の体にしっかり縄を結んでどんなに首を振られても落ちないようにする。

今なら彼女は餌に夢中で頭が下に向いている。

エンジュは1階に急いで上がり、彼女の首元にエビネの力を借りてエンジュを着地させた。

これにはさすがにガドゥプルも気が付き、頭を上げる。

エンジュが乗っていることに完全に気が付くまでに彼女は角に縄を縛り付け自分とガドゥプルを固定する。

その間、下にいる男たちがガドゥプルに首を振らさないように鎖を引っ張った。

これは竜と男たちの力比べだ。

エンジュは首の後ろにしがみ付きながら、鎖のついた首輪に近づいていく。

そして、真上の鍵穴にカギを差し込もうとしたが、ガドゥプルが暴れ出してうまく入れられない。

エンジュも必死で首輪に捕まりながら手を伸ばし鍵穴にカギを差し込んだ。

そして、力いっぱい回す。


「後もう少しだ! しっかり固定しろ!!」


下からはエビネの叫ぶ声が聞こえる。

ここでこれ以上暴れられると、今度は威嚇の鳴き声を上げられる可能性があった。

だから、彼女のストレスが限界に来るまでにはカギをこじ開けないといけない。

エンジュは声を上げて、そのさび付いたカギを捻り回す。

カギが解除されると、その瞬間、ガドゥプルについていた首輪が彼女の首から放れ、大きな音を立てて落ちた。


「エンジュ! とにかくしがみ付け!!」


振り落とされそうになったエンジュにエビネが叫ぶ。

エンジュもとにかく必死にガドゥプルにしがみ付いた。

当然、足枷も首輪も取れた彼女は羽を伸ばし、大部屋の中で暴れ出した。

それは想像以上の力で、男たちは慌ててその場から離れる。

扉が開いていても、ガドゥプルはまっすぐと出口には向かわず、当分その大部屋の中で暴れ回っていた。


「エンジュ!!」


物陰に隠れながら、ホップ達がエンジュに声をかけるが、暴れるガドゥプルから離れることなどエンジュに出来るはずもなかった。


「どうすんだよ、エビネ! このままじゃ、エンジュまで外に飛び出しちまう」


ボリジがエビネの袖を掴んで訴えたが、エビネはそれ以上何か対策をするつもりはなかった。

ただ、エンジュが振り落とされないように見守るだけだ。


「もしかして、このままエンジュをガドゥプルと一緒に逃がすつもりなのか?」


今度はやっとエビネの意思を理解して、シェロがエビネに尋ねるが、彼は微かに笑うだけで何も言わない。

ガドゥプルは散々大部屋の中を暴れまわった後、目の前の外に通じる扉に気が付きそこから外へ飛び出していった。

男たちはそれを追いかけるように屋外に出る。

ガドゥプルは今まさに空に飛び出そうと試みていた。

何年振りかの飛行。

最初からうまくはいかない。

しかし、何度か羽を羽ばたかせた後、宙にゆっくりと上がっていった。

それを男たちは見守りながら見上げる。

久々の感覚にうまくいかないのか安定せずにふらふらとよろけながら飛んでいたが、そのうち感覚を取り戻すようにまっすぐ飛べていた。

その変化にやっと気が付いた兵士たちが慌ててこちらに向かってきていたが、その時にはもうあの白い竜は空を舞って飛んで行っていた。

彼らもただその光景を唖然と見ているしかなかった。

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