第22話

エンジュはロベリアに言われた通りに男物の服を着て、荷物をまとめると調理場に向かった。

最後にエビネたちに挨拶をするためだ。

しかし、エビネたちはすっかり祭りに浮かれたのか、飲みすぎて酔っていた。


「お、エンジュか? 似合ってるじゃねぇか、男装」


ホップは真っ赤な顔をして、エンジュに近づき肩を叩く。

随分とお酒臭かった。


「ホップもエビネも飲みすぎだろう! 少しは俺の分も残しとけよぉ」


後ろではポリジが酒を飲みながら文句を言っている。

皆すっかり酔っ払ってしまっているようだ。

これでは挨拶しても覚えていないかもしれない。

しかし、それでいいと思った。

別れとはいつも悲しいものだから、彼らが今楽しんでいるならそれで良かった。

エビネは部屋の奥で椅子に座って寝ている。

背もたれに寄りかかって、手がだらんと垂れ下がっていた。

エビネがここまで酔いつぶれているのを見るのは初めてだった。

そして、エンジュの目に入って来たのは、金色に輝く大きなカギ。

あれは確か、ガドゥプルの足枷と首輪のカギだ。

それがなぜかエビネの腰のベルトからぶら下がっている。

いつもは厳重に倉庫に保管されているのに、今日に限っては持ち歩いているようだった。

エンジュはそれを見てごくりと唾を飲み込む。

ここを出る前に、一度だけガドゥプルに会いに行くつもりではいた。

しかし、このカギがあれば、ガドゥプルを開放できるかもしれない。

今なら皆酔いつぶれているし、取っても気づかれない。

良くないことだと思っても、エンジュの手は自然とカギへ伸びていた。

そして、触れる瞬間、誰かがエンジュの手首を握った。

振り向くとそこにはロベリアが立っていた。

エンジュは愕然として、その場で腰を抜かして彼女を見上げた。


「あんた今、何をしようとした?」


エンジュはガタガタと震えるばかりで、ロベリアの質問に答えられない。

自分はしてはいけないことを今まさにしようとしていたのだから。


「そのカギを盗んであの竜の事を逃がそうとでもしたのかい?」


ロベリアには何もかもばれている。

エンジュはぐっと目を瞑り、口を閉ざす。

これ以上、何を弁解しようというのか。

ロベリアやエビネたちにぶたれても仕方がないことを、罪を犯そうとしたのだ。

しかし、ロベリアはそれ以上、エンジュを怒鳴りつけようとはしなかった。

その代わりエビネの座っていた椅子の足を蹴って、エビネを起こす。


「あんたも人が悪いよ! こんなことをしてエンジュが何もしないとでも思ったのかい?」


エビネはいたたと体を起こして、半目でロベリアを見た。

この時初めて、エビネがずっと起きていたことに気がついたのだ。


「あんたがこんな酒の量で寝込むほど弱かないのはあたしが一番わかっているからね。寝たふりして、わざとエンジュにカギを見せて、自分たちが出来ないことをさせようするなんて質が悪いとしか言いようがないね」


ロベリアが本当に怒っているのはエンジュにではなく、エビネの方だった。

エビネだけじゃない。

酔っているふりをしていたのは、他の男たちも同様だ。

やはりカギがこんなエンジュの目につく場所にあるのはおかしかったのだ。

エビネはエンジュを見て、弱々しく笑った。


「俺たちだけじゃ、覚悟出来なかった。もし、エンジュが本気であいつを助けようとするなら俺たちもその選択に乗ろうと思ったんだよ。根性なしで悪かったな」


エビネはそう言って、優しくエンジュの頭を撫でた。

エンジュだけじゃない。

ガドゥプルを助けたいのは男たちも同じなのだ。

後ろで大きなため息をついてロベリアが呆れた顔でエビネたちに話しかけた。


「その意味、分かってるんだろうね? あいつをここで逃がせば、確実にあたしらの首は飛ぶんだよ。しかもうまく逃がすことが出来る確証もない。ここで諦めて城を出れば、命だけは助かる。それでもあんたたちはやるって言うのかい?」

「わかってるよ。エンジュの意思を確認した瞬間、全員の決意が決まった。ねぇさんにまで迷惑かけるつもりはねぇ。この騒ぎに乗じて逃げてくれ。ねぇさんにならそれもできるだろう?」


その言葉で、ロベリアは思い切り机を両手で叩いた。

怒っている。

一瞬にして、その空間が凍り付いた。


「そんなことあたしに出来るわけがないだろう!! あたしがあんたらだけに責任押し付けて逃げるなんてこと、そんなこと……、お願いだからさせないでおくれよ……」


最後の方は声が擦れて泣きそうになっていた。

ここまでロベリアが悲しそうな顔をするのを誰も見たことがない。

ロベリアは誰よりも人の死に心を痛めている。

ここに残るということは、命を失うことと同じことだ。

それを知って、自分だけ逃げる事なんて彼女は出来ない。


「すまん、ねぇさん。ほんと、すまん」

「謝るんなら、こんな杜撰な計画立てるんじゃないよ! ほんと、あんたたちは馬鹿だよ。どこまでも馬鹿野郎だ!!」


ロベリアのその言葉で、皆情けなさそうに笑う。

エンジュも自覚する。

自分が今、やろうとしたことはみんなの命を奪うことなのだと。

ガドゥプルの命と引き換えに皆の命を危険に晒す。

そんな選択は絶対に間違っているとわかっているのに、諦められない自分がいた。


「さぁって、そう決まれば、準備を始めるぞ! 今日は都合のいいことに街は祭りで大騒ぎだ。多少大きな音を立てても気づかれない。しかも、警備は防壁の門や城門の前に集中している。こんな辺鄙な場所に近づくバカはいないさ」


エビネはそう言って席を立った。

ホップは手に持っていたカップを見つめて、少し寂しそうに笑った。


「これが最後の酒になっちまったな」

「でも、死ぬ前に思う存分飲めたんだから、幸せじゃねぇか!」


今度はポリジがホップの肩に手を置いて答えた。

だなっとホップも笑う。


「お前たちも本当にそれでいいんだな。これは命と引き換えの大博打だ。逃げるなら今だぞ?」


エビネが改めて、皆の前に立って確認する。


「博打は俺の好物だよ!」


そう言って最初に酒を掲げたのは目の見えないビデンスだった。

そうだったなとエビネは笑いながら頷く。


「城の兵士になろうと決めた時点で、逃げるなんて言葉は持ち合わせてないよ」


両足が悪い松葉杖の男、シュロが満面の笑みで格好つけながら答える。


「俺たちをなめないでほしいぜ、隊長! なぁ、ホップ」


ポリジはホップの肩に腕を乗せてエビネに叫んだ。

それに合わすようにホップも大きく頷く。


「当然だ! 皆が一緒なら何も怖くないぜ!!」


その後ろではヒースも穏やかな顔でゆっくり頷いた。

男たちの気持ちは決まったようだった。

最後にロベリアの顔を確認する。

彼女は呆れた顔で腕を組んでいた。


「あんたたちはほんと、どうしようもない奴らばっかりだよ。でも、覚悟が付いたなら、失敗は許されないよ。命の掛かった大勝負だからね。あたしらの命はそんな安かないだろう?」


彼女の言葉で男たちが一斉におおと声を上げた。

一気に士気が上がったようだった。

もう、彼らには怖いものはない。

エンジュも立ち上がって、彼らと同じように腕を高く掲げた。

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