第21話

建国祭が始まるまでにガドゥプルのお披露目の装飾品を作るため、兵士と一緒に職人が訪れていたが、ガドゥプルが寸法など測らせてくれるはずもなく、諦めて帰っていった。

誰もが建国祭までに彼女を披露できるようにするのは不可能だと諦めていた。

エンジュも大部屋への出入りを禁止されて、それからはずっとロベリアの言うことを聞いて働いていた。

また、エンジュが最初に来たばかりの頃と変わらぬ生活が続いた。




そして、何の変化もなく、建国祭当日はあっという間に訪れた。

王都内は年に一度のお祭りともあって、街中が賑わっていた。

道には出店のような露店が並び、よその国からの訪問者も多く来ていた。

その頃にはディルフィニウムの謹慎が解かれ、やっと人前に出らえるようになった。

ディルフィニウムの処分は兄弟間の中だけの話で、王も第一王子のジギタリスも知らないことだったからだ。

建国祭には王族の全員が揃わなくてはいけない。

だから、戦場に赴いていたジギタリスも王都に帰ってきていた。

王キャスタスもジギタリスの帰還をひどく喜んだ。

それを見るとデンドロビウムは不機嫌になる。

この城内にいる間は自分が一番、父親から信頼されているのに、兄が帰ってくると見向きもされなくなるからだ。

このままだと確実に次期王はジギタリスだ。

それは側室の子であるカンパニュラも納得してはいなかった。

兄弟たちが久々に顔を合わすというのに、この中はギスギスした空気ばかり流れ、建国祭を祝う雰囲気など全くなかった。


「聞いたよ、ディルフィー。地下で密かに飼いならされていた竜が今日の建国祭までに調教されてなかったら、殺されてしまうんだろう? でもまぁ、演目の中にも竜の事は書かれていなかったから無理だったんだろうね、可哀そうに」


そう笑ってディルフィニウムに近づいてきたのは一つ年上の第四王子アスターだった。

この険悪な空気の中で唯一余裕の笑みを浮かべているのは彼ぐらいである。

彼は王座には全く興味がなかったので、正直、誰が誰と仲たがいをしようが構わなかった。

それより密かに城内で話題になっていた竜の事と弟が謹慎にあったことの方が気になるらしい。


「竜は早々に殺処分されて、来年の建国祭までに父上の武具として作り変えられるらしい。いい記念品が出来たじゃないか」


その言葉でディルフィニウムはアスターを睨みつけたが、アスターは動じる様子はない。


「そう怒るなよ、ディルフィー。こんなところで飼い殺しにされても竜にとっては拷問と一緒だろう? せめてもの情けとして国にとって意味のあるものになるのはいいことだと思うよ」

「その意味あるものとは王の煌びやかな防具になることですか? 戦場にも立たない王に鉄壁の防具をつけて何になるというのです?」


今度がディルフィニウムもアスターに聞き返した。

皮肉のつもりだったが、アスターには通用しない。


「国のトップが身に着けているというだけで意味があるのさ。権力の象徴だからね。それに王が万能である方が士気も上がる。そう悪いことではないと思うけどね」


彼はそう言って笑った。

ディルフィニウムはあまりに不愉快で部屋を出ようとしたところを、デンドロビウムに見つかり、声を掛けられる。


「ディルフィー、何処に行くんだ。謹慎をといたとは言え、お前の罪が消えたわけじゃない。今日ぐらいは大人しくしていたらどうだ? これ以上、俺たち王族の手を煩わすな!」


扉を開けようとしたディルフィニウムは、手を止めてデンドロビウムを睨みつける。

こうなったのは誰のせいなのかと聞きたい。

すると、その態度が気に入らなかったのか、デンドロビウムがディルフィニウムに近づいて、胸倉を掴む。


「弟の分際で兄を睨みつけるとは、随分と生意気になったものだな。調子に乗っていると今度は謹慎では済まなくなるぞ。すぐにでも戦場に送り込んで、前線で剣を振るわせてやってもいいんだぞ?」


そんな2人に気が付いたのか、長子のジギタリスが近づいて来て、そっとデンドロビウムの手をディルフィニウムから引き離した。


「今日はこの国を讃える、建国祭の日だ。そんな時に王家の我々が喧嘩をしていてどうする」


デンドロビウムはちっと舌打ちをして、離れていく。

彼は少しでもジギタリスのそばにいたくないのだろう。

ディルフィニウムもデンドロビウムに掴まれて乱れた服を整えた。


「ディルフィニウム、君ももう少し兄を敬ったらどうなんだい。君が王の血を引く人間だから、今の立場があるんだ。もう子供ではないのだからわかるだろう? 現王が王座を退いた後、自分が我々とどう接するべきか少し考えた方がいい」


それは既に自分が王座に就くと見越して話しているのだろうか。

デンドロビウムと言い、このジギタリスと言い、いつも自分たちのことしか考えていない。

王族がこんな状態では今後のこの国の将来も憂えるだろう。

ディルフィニウムが王の妾の子だからとここまでぞんざいに扱われるのは腹立たしい。

しかし、これが今の王族なのだと実感した。


「そうですね。兄上の言う通りです。僕は僕の立場で生きていくしかないのですから」


ディルフィニウムがそう答えると、ジギタリスは嬉しそうに彼の頭を撫でた。


「やはり君は賢い弟だ」


その言葉が彼を侮辱していることを彼も理解していた。

ここでどんなに足掻いたところで、自分の力では何も変えられない。

それはいままで散々思い知らされたことだ。

ディルフィニウムはジギタリスから離れて、窓の外を見た。

外では賑やかな街の様子が見えた。

街の人間は嬉しそうに年に一度のこの祭りを楽しんでいる。

そんな彼らの喜びを壊したくなかった。

いつかもっと自分が自由になる時が来たら、この王都から離れて一人の力で生きていこうと思った。

そのためには多くの知識と技術がいる。

そのためにもここ、王宮にいられる間に身に着けられるものは全て身に着けておこうと心に誓った。




外の騒ぎ声で祭りが始まったのだとエンジュも理解した。

ただ、彼女たちの仕事は変わらない。

ガドゥプルもいつもと変わらない様子だ。

パレードに出る準備も出来ていないのだから、ガドゥプルが殺処分されるのは決まっているようなものだった。

彼女に与えられる食料も今後もっと減るだろうし、そう長くは生きられないだろう。

それはここにいる誰もがわかっていた。

そんな中、エビネはどこから持ってきたかわからないが、酒の入った樽を一つ地下に運んできた。


「今日は祭りだ。俺たちはどうせ外には出られねぇが、建国祭を祝ってもバチはあたんねぇだろう。今日は飲み明かそうぜ!」


思いっきり笑顔を作って仲間に話しかけた。

エンジュと一緒に食器を片付けていたロベリアが呆れた顔を見せる。


「何言ってるんだい。こんなところ他の兵士に見つかったら、どんなお咎めに合うかわからないよ?」

「大丈夫だって。あいつらだって今日は祭り気分で気が緩んでいやがる。俺たちがこの人気のない地下でどんなに騒ごうが気づかれることはねぇよ」


仕方がない奴だと思いながら、ロベリアは人数分のコップを用意した。

みんな嬉しそうに樽を囲む。

エンジュも呆然とその光景を見ていると、ロベリアがエンジュを寝室まで呼び寄せた。

エンジュは何事かと思いながらついて行く。

そして、寝室まで行くと荷箱の中に入っていた子供用の服を一着エンジュに渡した。

それは男物だったが、エンジュの体形にぴったりだった。


「これは?」


それを渡されたエンジュはロベリアに質問する

ロベリアは振り向くことなく答えた。


「あたしの息子が着ていた服だよ。あんたはそれに着替えて、ここを出ていく準備をするんだ」

「それはどういうことですか? 私はここから追い出されるのですか?」

「そうだよ。次のあんたの奉公先は見つけた。あんたはそこで奉公人として働くんだ。これはあたしが勝手に決めたことだからね、他の使用人たちに見つかるわけにはいかないんだ」

「それって――」


煩いとロベリアはエンジュに服を押し付ける。

ロベリアだって本当はこんなことをしたくはないのだ。


「あの竜が処分されたら、おそらくあんたも処分される。その前に、ここを出ていくんだ」


エンジュもやっとここで理解できた。

これはロベリアのせめてもの情けなのだ。

彼女はエンジュをここから逃がそうとしている。

しかも次の仕事口まで見つけて。

そんな時間があるなら自分の為に探すためだった。

それでもロベリアはエンジュの奉公先を優先したのだ。

エンジュはその服をぎゅっと握りしめ、頷いた。

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