第20話

次の建国祭まで残り1か月を切っていた。

エビネたちも必死でガドゥプルの世話をしたが、状況が変わることはない。

あの話を聞いてから、エンジュはずっと無理をしていた。

いつもよりガドゥプルに近づき、話しかける回数も増えていた。

夜は一緒に寝て、食事も一緒に食べた。

エンジュは他の仕事そっちのけでガドゥプルの世話に明け暮れていた。

ガドゥプルに近づきすぎたせいだろう。

彼女の尾の先がエンジュに当たり、すごい勢いで吹き飛ばされた。

骨は折れてはいなかったが、服はボロボロになり、身体中に痣を作った。

治療してもらおうとロベリアの元に連れて行くと、そんなエンジュを彼女は思い切り頬を打った。

それは大きな音を立て、地下の廊下中に響いた。

エンジュは疲れ切った顔でロベリアを見上げた。

ロベリアはひどい剣幕で睨みつけていた。


「あんたの仕事は何だい? 使用人たちの服を洗濯することだろう? それなのに約束も守れず、竜の世話かい。どの立場でそんなことできるんだろうね」


エンジュを運び込んでいたホップもこのままではいけないと話に割り込もうとした。

しかし、すぐにそれは打ち消される。


「あれほどあいつには近づくなとエビネにも言われなかったかい? あいつの命がいつまでだろうが、あんたのような奴隷には関係ないことだよ!」

「でも、ここままじゃ、ガドゥプルが――」

「その呼び方も辞めな!!」


あまりの勢いで叫ぶので、エンジュも目を見開いたままロベリアを見上げた。

今までずっと黙っていたけれど、ロベリアももうはっきり彼女に告げなければいけないと思った。


「あたしたちがあの竜の事をずっとあいつと呼んでいたのはね、いつ殺されるかもしれないあいつに情を持たないためなんだよ! あたしらもあいつもこの国では道具と同じだ。命なんて容易いものなんだよ。名前なんて付けたら辛くなるばっかりだろう? どうして賢いあんたがそんなことに気が付かない!!」


ロベリアの顔は辛そうで、怒っているはずなのに泣きそうだった。

そんな顔をエンジュは初めて見る。


「自分を傷つけて、周りの人間を心配させてまですることじゃない。魔獣は人に懐かない。それはあんたが一番わかっていることだろう。どんなに足掻いたって、エビネたちが何年も出来なかったことを自分なら1か月でどうにか出来ると本気で思っているのかい? そういうのをね、驕りって言うんだ。あんたはもう少し冷静になって、考えることだね」


そう言って、ホップにエンジュを寝室に連れて行くように指示した。

そして、呆然と立ち尽くしていたエビネたちにロベリアは治療のための用意をしながら、冷たく言い放った。


「あの子があんたらの仕事を手伝うのはこれっきりだよ。約束は約束だからね。あの竜の事はあんたたちでどうにかしな!」

「でも、ねぇさん、エンジュは――」

「だからあたしは、あの子を甘やかすなと言ったんだ!! こうなることはあんたたちでも予測できたことだろう? あの子はどんなに大人びた態度をしていても12歳の子供なんだよ! 大人のあたしらがしっかりしなくてどうする!」


その言葉にエビネたちも言葉を失った。

そう、わかっていたことだ。

いつかこういう日が来ることを。

あの王子たちが地下に降りて来た時から予見はしていた。

その日は近いのだと。

それでもこのつかの間の幸せな時間が続いてほしいと誰もが心の奥底では願ってしまっていたんだ。

それは、口には出さないがロベリアも同じだ。

それでもカウントダウンは始まったのだ。

けじめをつける必要があった。


「やっと知り合いと話が付いた。あたしも雇い主の事は知らないけど、そう非常識な人間でもないようでね、エンジュを奉公人として雇ってもいいと言ってくれたらしい」

「ねぇさん、それは……」

「引き渡しは建国祭の夜。人が王都にたくさん集まるタイミングで兵士の目を盗んでエンジュを引き渡す。あの子の事は竜の世話をしている時に事故で死んだとでも答えておけば納得するだろう。他国の奴隷なんてその程度の認識さ」

「ねぇさんはいいのかよ。エンジュの行き先は決まっても、ねぇさんの行き先はきまってないんだろう?」


ロベリアはお湯の入った桶とタオルを持って部屋を出て答える。


「この中で一番ここに残れる可能性があるのはあたしだよ。あたしのことはどうだって出来るさ。それより、あんたたちの方が問題だろう? このままじゃ冗談抜きに物乞いして生きることになるよ」


そう言うと、そのまま彼女はエンジュのいる寝室に向かった。

エビネたちは黙って廊下に立ち尽くす。

そう、建国祭が終われば、竜の処分と共に自分たちも処分される。

こんな仕事しか与えられなかった自分たちが他に仕事を恵んでもらえるとは思えない。

使えない使用人は城内から追い出され、それで終わりだ。

その前に次の働き口を探すしかない。

しかし、それはそう簡単な話ではなかった。


「エビネさん、俺たちどうなっちまうんですかね……。ガドゥプルも殺されて、エンジュともお別れして、働き口まで失って、俺たち生きていけるんすか?」


ホップがエンジュをベッドに寝かした後、部屋を出て、エビネに話しかけた。

エビネも小さく息を吐いて答えた。


「ホップ、お前はまだ若いんだ。お前なら大丈夫だ。俺は耳の悪いヒースと目が見えないビデンスを連れて、一緒に探してみる。ボリジとシュロも面倒は見れねぇが、知り合いには話を通しておくから、諦めずに探し続けろ。こうなるのは時間の問題だったんだ。気持ちを切り替えるしかないだろう」

「ガドゥプルの事、諦めなきゃならないのかなぁ」


今度はボリジが泣きながら話しかけて来た。

最初は怖がっていた竜の世話だったが、今ではエンジュ同様に情が湧いていた。


「諦めろ。この何年間頑張って来たんだ。ここが限界だ」


エビネははっきりと答える。

ボリジが泣き出すとみんなが引きずられるように泣き出した。

もう、涙が止められなかった。


「嫌だなぁ。この生活が終わっちまうのは嫌だなぁ」


そう言ってめそめそ泣くのはビデンスだ。

ビデンスはあの小部屋の中で多くの時間をエンジュと過ごしていた。

ビデンスにとってエンジュは自分の子供と等しいぐらい愛しい存在となっていた。

目の見えない自分の最後の光だった。

それを知っているから、他の皆も辛い。


「しょうがねぇだろう? 俺たちじゃ、何にも出来ねぇんだよ。戦争で手足を失った時点で俺らは死んじまったんだ」


ビデンスの肩に手を当てながらシュロも大泣きしていた。

言っている言葉と態度が正反対だ。


「だからって、諦めきれねぇ。なんでガドゥプルが死ななきゃなんないんだよ。何で俺たちが追い出されなきゃなんねぇんだよ。俺らはずっとこの国の為に戦って来た。時間も体も犠牲にしてきた。なのに、なんであいつらは何もかも持って行っちまうんだよ」


子供のように泣きじゃくるホップの頭にエビネは手を置いて、慰めた。


「理不尽だよなぁ。ほんと、この世は理不尽だ。それでも俺たちは生きていかなきゃならない。辛いけど、諦めちゃなんねぇ。そうだろう?」

「それでもさぁ、どうにかならないかって思うんだよ。俺はさぁ、皆といた時間が楽しかった。戦争で腕を失って、職も無くなって、こんなところ来させられて最初はすごく嫌だったけど、死人も出て怖かったけど、エンジュが来て、この数か月間、この生活も悪くないって思えたんだ。だから、せめてこの時間だけはもっと続いてほしかった。まだ、1年も経ってないんだ。エンジュの13歳の誕生日も祝ってやれてねぇ。こんなの嫌だよ、俺」


エビネはぐっとホップの頭を抱き寄せて、泣いているのを隠すように答えた。


「俺も嫌だよ。楽しかったな、この数か月。こんな仕事でもやって良かったって本気で思えた。だから、それを糧に次に行くしかないんだ」


エビネの気持ちは他の皆と同じだった。

けれど、ここにいる以上、この中のリーダーとして役目を果たそうとしていた。

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