第19話

ディルフィニウムは慌てて、リリーの部屋に向かい、扉をノックした。


「リリー! 僕だ。扉を開けてくれ!!」


扉はすぐに開かれ、そこにはリリーの侍女のネリネが立っていた。

ネリネは相変わらず、涼しい顔でディルフィニウムを出迎える。


「リリー様は奥にいらっしゃいます」


その言葉を聞くと、ディルフィニウムはネリネを押しのけて、部屋の奥にいるリリーに声をかけた。


「リリー、どういうことだ。なぜ、竜を見に行ったことをカンパニュラ兄上に話した!?」


リリーの方はディルフィニウムとは違って、いたって冷静だった。

彼女は冷たい声で答える。


「だって、あんな魔獣いらないではないですか。見た目も美しくないし、人間の言うことも聞かないのでしょう? だから、兄さまに話したのです。カンパニュラ兄さまは私たち兄弟の中でも一番賢いですもの。アレのいい活用法を考えて下さると思ったのですわ」


リリーは何の悪びれた様子もなく話していた。

それが逆に恐ろしかった。

リリーにとってあの竜は鑑賞物の一つでしかなく、気に入らなかったからとあっさり他の兄弟に話してしまったのだ。

そうすれば、あの竜が殺されてしまうという可能性をわかった上でだ。

彼女たちにとって動物の命など、ましてや魔獣の命などその辺のおもちゃと変わらない。

自分に必要ないものだと思ったら、あっさり捨ててしまう。

それは動物に限った話ではない。

この国に暮らす奴隷や身分の低い民に対してもそれは同様だった。

そのように接することができる彼らがディルフィニウムには恐ろしく感じていた。


「お兄さまは約束してくださったの。私が竜を見に地下に行ったことに関してお咎めがないようにして下さるって。本当にカンパニュラお兄さまは頼りがいのある方ですわ。ディルフィー兄さまも頼んでみてはいかが? リリーの様には行かないでしょうけど、軽い罰で済むかもしれませんわ」


彼女はそう言って笑った。

リリーは齢10にして、兄弟たちの立場の差をわかっている。

王族の中で一番立場が弱いのはディルフィニウムだ。

だから、こういう時は真っ先に自分と血の濃い兄、カンパニュラを頼る。

その後に立場の弱い兄、ディルフィニウムがどうなっても気にならないのだ。

これが今の王族なのだと、この時改めて実感した。


「もういい!」


ディルフィニウムは怒って、リリーの部屋を飛び出した。

そして、そのカンパニュラに会いに行こうと廊下を歩いていると、第二王子のデンドロビウムに見つかり、声を掛けられる。


「ディルフィニウム、話は聞いたぞ!」


彼は大層怒っている様子だった。

デンドロビウムほどの立場なら地下の竜の事も知っているはずだ。

ディルフィニウムは王や兄に話される前に、カンパニュラを説得に行こうとしたが遅かったようだった。


「お前、リリーと許可もなく地下に行ったそうだな。一人で行くならまだしも、幼い妹まで連れて行くとはどういうことだ!?」

「それは違います。デン兄上――」

「ああ、言い訳はいい。そんなものは聞きたくない。お前がそう言うことに鈍感なのはわかっていた。王族の自覚もなく、王都に出向いたり、時には王都の外まで出回ったりしているそうじゃないか。それが我々王族にとってどれだけ迷惑な事なのか、いい加減お前も自覚しろ!」


デンドロビウムは全くディルフィニウムの話を聞こうとはしていなかった。

今回の話をいいことに、今まで気に入らなかった彼の動向についても言及しようとしている。


「しかし、兄上、それは――」

「黙れ! 言い訳は聞きたくないと言っただろう!! この件についてはまだ父上には申し上げていない。こんなことで父上の気を煩わしたくないからな。しかし、地下の竜の今後の対処については話し合うことになった。これからは、無駄な労働者も予算も削っていかなければいけない。お前の処分については、今後、他の兄弟たちと相談して決める。それまでは大人しく部屋の中で待っていろ。処分が下るまで部屋からの外出は認めない!」


デンドロビウムはそう言って、自分のそば付きの兵士を1人ディルフィニウムに着かせた。

部屋までの監視させるためだ。

恐らく、部屋の前では既に別の兵士が見張りとして立たせているのだろう。

ディルフィニウムは俯いて、ぐっと奥歯を食いしばった。

こんな時、後ろ盾のない彼にはなんの対処も出来ない。

それが途轍もなく悔しかった。

彼は黙って、兄の言う通り自室に戻り、1人窓の外を見た。

今頃地下の竜はどうなっているのだろうと心配になった。

それにそこで働く負傷した兵士たちや奴隷のエンジュの安否も心配だった。

このことがバレたということは、当然彼らにも何かしらの罰が与えられたはずだ。

自分の我儘で多くの人たちに迷惑をかけてしまった。

彼にはそれが情けなくて仕方がなかった。



エンジュが目を覚ました時、目の前には心配そうに見つめるヒースの姿があった。

ヒースはエンジュが目を覚ましたことに気が付くと、急いでロベリアたちに知らせようとしたが、エンジュが袖を引っ張ってそれを阻止した。


「私は大丈夫です。どうか、私を皆さんの場所まで連れてってくれませんか?」


エンジュがそう頼んでも、ヒースは心配そうな顔をするばかりで、動いてくれそうになかった。

だから、エンジュはゆっくり起き上がって、動き出そうとする。

起き上がった瞬間、酷い頭痛と吐き気がした。

若干、めまいも残っている。

ヒースは慌ててエンジュを支える。

エンジュはヒースの腕を掴んでもう一度頼んだ。


「お願いです。皆さんの場所ところに……」


ヒースは彼女の必死さに折れたのか、数秒間悩んだ末に深く頷いた。

そして、エンジュに無理をさせないようにゆっくり立たせて、彼女の体を支えながら部屋を出た。

そして、皆の集まる調理場に向かう。

そこには背中を丸くしたエビネたちの姿が見えた。

エンジュを見たロベリアも駆け足でエンジュに近づく。


「あんた、無理するんじゃないよ。後、数日はまともに動けないだろう」


しかし、そんなロベリアの心配をよそに、エンジュは押しのけてエビネの元に向かった。

エンジュは彼の顔をまっすぐに見て尋ねた。


「ガドゥプルは、今後どうなるんですか? 本当に殺されてしまうんですか?」


彼女のまっすぐで力強い瞳に押されたのか、エビネも黙ってしまった。

ここで嘘をついてもきっとエンジュにはばれてしまう。

だから、ゆっくりと真実を口にした。


「年に一度王都で開かれる、次の建国祭までに国民に披露できるほど手懐けられてなければ、殺処分が決定された。その後、王のための新たな武具や武器になるそうだ。戦が激しくなれば薬も多く必要になる。竜の血や肉は栄養剤にもなると聞くしな。このまま我が国は竜を飼いならせるほどの軍力があると他国に誇示できなければ、生き長らえさせる必要がないと判断された」


それを聞いてエンジュは愕然とした。

建国祭までにどれだけあるのかはわからない。

けれど、そう長くはないだろう。

今までガドゥプルに少しでも寄り添えるように努力してきた。

しかし、威嚇が少なくなったぐらいで、心を許したとは言えない。

この間も兵士たちに威嚇し、叫び上げたばかりなのに、それをもっと大勢の前に出させて、大人しくさせろだなんて無謀にも程がある。

恐らく上でもこれ以上、竜を飼い続けることは不可能だと判断されたのだろう。

エンジュはその場で座り込んで、声を殺して涙を流した。

そんな彼女に誰も声をかけることが出来なかった。

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