第18話

それは突然のことで、どう理解していいかわからなかった。

エンジュたちがいつものようにガドゥプルの部屋の掃除をしていると、突然見知らぬ兵士たちが部屋の中に入って来た。

入り口の小部屋で仕事をしていたビデンスがその兵士たちに捕まって、無理矢理小部屋からこの大部屋に引きずり出され、床に叩きつけられる。

ビデンスの呻き声が大部屋に響いた。

そして、兵士の1人がエンジュたちに剣の先を突き付け、怒鳴りつけた。


「そこにいるやつ全員降りて来い!」


あまりに乱暴な扱いに皆、怪訝な表情を見せたが、ここは黙って従って、兵士たちの前に並んだ。

すると、その兵士の1人が笑って、エビネたちに命令する。


「頭が高い! 皆、俺の前に跪け!」


一介の兵士風情がと納得のいかなかったホップが兵士たちに怒鳴りつけようとしたが、それをエビネが引き留めた。

階位がそれほど高いと言えなくても、彼らは訓練を受けた兵士だ。

手足を負傷している自分たちが歯向かって抵抗できる相手ではない。

それにここにはエンジュもいる。

面倒事は起こしたくはなかった。

エビネは周りにいる人間に目配せして、兵士たちの前に跪くように指示した。

彼らも大人しくそれに従う。


「先日、こちらに王女リリー様と王子ディルフィニウム様が来られたそうだな。しかも、お前たちはそれを知っておきながら、止めもせず、この危険な魔獣を見せた。ここは王の許しがなければ立ち入れない場所だとわかっていたはずだよなぁ。この責任は誰が取る?」


エビネはもう王族の人間にディルフィニウムたちがここに来たことがバレたのかと驚いていたが、気づかれたのなら仕方がないと、自分が一歩前に出る。


「私がこの調教師たちの責任者です。責任は俺が取ります」


そう言った瞬間、エビネの腹に兵士の足が思い切り入った。

エビネは声を上げながら、その場で蹲った。

ホップ達が慌ててエビネを助けようとしたが、エビネはそれを手で止める。

来るなと合図したのだ。

すると、更にエビネのわき腹に蹴りが入り、倒れそうになったところで顔面に膝蹴りを入れられた。

この衝撃でエビネの鼻からは鼻血が流れ出す。

誰が見てもこれは行き過ぎた暴力だ。

しかし、ここにいる無力な男たちに誰が止められることが出来るだろう。

そして、その中に男装した少女が1人いることに気が付いた兵士が、エビネから離れてエンジュの元に向かった。

そして、膝をついて俯いていた、エンジュの顎を引き上げて顔を見た。

エンジュの体は震え、顔には不安な表情を浮かべていた。


「こんなところに女児? ああ、もしかして、こいつがオルタンシアの奴隷の娘か? 噂には聞いていたが、まだ生きていたんだな。それにその服、奴隷にしては上等すぎないか?」


兵士はそう言って、エンジュの肩の布を掴んだ。

そして、次の瞬間には肩から腕の服の布を無理矢理引きちぎられた。

これにはエビネも唖然としていた。

エンジュは悲鳴を上げ、必死で自分の体を抱きしめる。

恐れに体が震えて、何もできない。

兵士はその奪った破れた布をその場に投げ捨てて、再びエンジュに言葉をかけた。


「これで少しは奴隷らしくなっただろう。他国の奴隷の癖にいっちょ前な生活が出来ると思うなよ」


そう言って兵士はエンジュの体を蹴り上げた。

彼女の悲鳴と共に、身体は飛ばされ、部屋の中央付近へと投げ出された。

これではガドゥプルが届く範囲まで近づいてしまう。

エビネは真っ青な顔をして、エンジュを助けようとした。

しかし、兵士の1人がエビネに剣を突き付け、引き留めた。

エンジュを蹴り上げた兵士がさっきから威嚇を続けていたガドゥプルに笑いながら、ぎりぎりまで近づき、笑いながら言った。


「おい、そこの竜! 早くそこにいる死に損ないの奴隷を踏みつぶしてやれ。どうせ、お前の命ももう短い。王は人間様に従わない厄介なお前の面倒など見切れないそうだぞ。精々、いい武具になるように栄養を蓄えておけ」


兵士が大部屋の中で大笑いする。

ホップ達もエンジュを助けに行きたかったが、他の兵士たちが許しそうになかった。

エンジュは必死になって起き上がり、ガドゥプルの方を見る。

ガドゥプルは怯えている。

今にも兵士に襲い掛かってもおかしくない状態だった。

エンジュは自分の命より、ガドゥプルが生存できるかどうかの方が心配だった。

ガドゥプルの怒りが頂点になったことを察知したエビネが周りの人間に叫んだ。


「悲鳴が出るぞ! みんな耳をふさげ!!」


兵士たちが何のことか理解できない間に男たちは必死に耳をふさいだ。

エンジュも慌てて縮こまり、耳をふさぐ。

するとエビネが言った通り、ガドゥプルがあの超音波のような叫び声を上げた。

周りにいた兵士たちは想定以上の声に驚き、後退る。

そして、慌てて耳をふさいだが、遅いようだった。

悲鳴のせいで目が回り、酷い耳鳴りと頭痛がした。

兵士たちは剣を杖の代わりにして立ち上がり、鳴きやんで自分たちを睨みつける竜に叫んだ。


「この手余しの魔獣め! お前なんてすぐに上に報告して処分してもらうからな。覚えておけよ!」


そう言って、必死に小部屋の方へ戻り、兵士たちは立ち去って行った。

エンジュはそっと耳から手を放し、ガドゥプルを見つめる。

耳をふさいだと雖も、一番身近に叫び声を聞いたのだ。

エンジュはその場で気を失った。

それを慌ててホップが助けに入る。

エビネは他の男たちを後ろに下がらせながら、ガドゥプルがホップやエンジュに危害を与えないか警戒していた。

しかし、ガドゥプルが彼らに近づくことはなく、敵がいなくなったと安心したのか、威嚇を辞めて部屋の端の方で腰を落ち着かせていた。

その光景にほっとするがエンジュの事も気がかりだった。

直ぐにロベリアたちの寝室に連れて行くように指示して、残りのメンバーで今後について話し合うことにした。


「あんたもロベリアに手当してもらった方がいいんじゃないのかい?」


ボリジがそう話しかけたが、エビネは首を振る。


「俺は大丈夫だ。それより、あの兵士たちの言っていることが本当なら大変なことになる。俺たちも手を打たないと、仕事を失うことになるぞ」


その言葉を聞いて、誰も何も言えなってしまった。

実際に王がどこまでこの現状の事を知っていて、兵士たちに指示したのかはわからない。

けれど、今回の件は確実に上の人間の耳に入るだろう。

いつかは来ると思っていた危機だ。

何としてでも王を説得して、ガドゥプルの命だけは守りたかった。

そして、エンジュもこれ以上関われば、もっとひどい目に合うことは目に見えていた。

誰もが顔を上げられず、黙って椅子に座っていた。


ロベリアが駆け付けた時にはホップがエンジュをベッドに寝かしているところだった。

情況をすぐに把握できたロベリアはエンジュに近づいて、怪我の様子と様態を確認した。

腕の骨も折れていないようだし、意識が朦朧としているのはガドゥプルの悲鳴を聞いたためだろう。

これなら、数日寝ていればまたいつものように仕事ができる。

安堵はしたものの、ここに兵士たちが来たということはいよいよ竜の対処について上の判断が下るということだ。

ロベリアにはもう少しでもいいようになるように祈りを捧げるしかなかった。

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