第16話

エンジュはディルフィニウムにガドゥプルのことをいろいろと教えた。

普段どのような物を食べていて、何が好きなのか。

皮膚がとても頑丈で、古くなったものは鱗のように自然と剥がれ落ちる事。

威嚇するときは口から炎を出すのではなく、超音波のような高い鳴き声を上げる事。

それを近くで聞いてしまうと、鼓膜を傷めてしまうこと。

エンジュは知っていることの全てをディルフィニウムに伝えた。

ディルフィニウムも楽しそうにエンジュの話を聞いていた。

まるで二人は以前から知り合っていた友のようだった。


「まさか、竜がそのような生き物だったとは、僕も知りませんでした」

「私もです。こんな身近で観察できるとは思ってもいませんでした。まだ私達に心を開いてはくれているわけではありませんが、以前よりずっと暴れなくなりましたし、威嚇行動も減っているんです」

「それはいい兆候ですね」


エンジュは嬉しそうにガドゥプルの事を彼に語る。

彼はエンジュと話していてとても楽しかったが、気になることが一つあった。

それは彼女の服装だった。

彼女の服はとても貧相で質も悪い。

他の兵士や調理場にいた使用人よりもずっと祖枠なものだった。


「エンジュ。君はずっとその格好で暮らしているのですか?」


ディルフィニウムに服装の事を聞かれて、エンジュはとても恥ずかしくなった。

こんな格好を王族の方に見せるものではない。

しかし、エンジュは奴隷だ。

奴隷には奴隷に相応しい服装というものがある。


「わ、私はオルタンシアから来た奴隷ですから」


それを聞いたディルフィニウムは険しい表情を見せる。

いくら奴隷だからと言って、このような暗くて寒い場所に粗末な服で仕事をさせれば体を壊してしまう。

ただでさえ、竜の飼育という大変な仕事をしているのにこれではあんまりだと思った。


「わかりました。僕があなたにもっと良い服を与えましょう。奴隷だからと言って、その服装ではあんまりです」

「しかし――」

「気になさらないでください。与えると言っても城内にいる使用人のお古のようなものですから」


エンジュは引き留めようとしたが、このままでいいと言っても彼は引かないだろう。

ならせめてとエンジュは彼にお願いすることにした。


「な、ならば、わたくしめに男児用の服を下さい。女性の使用人の服では魔獣の世話が出来ません」


最初は驚いていたが、ディルフィニウムも納得したようで頷いた。


「わかりました。それでは下僕の使用人が使っている服を何着か用意させましょう」


彼はそう言ってほほ笑んだ。

きっと彼はいい人だ。

それはエンジュにもわかっていた。

しかし、どこか危うさを感じる。

下々の者に優しく接してくれることはありがたいことだ。

けれど、その分、彼に対する風当たりは強くなるだろう。

ここにいる事だって誰かに知られてしまっては、彼自身が咎められてしまう。

彼はどこまでわかって、自分たちと接しているのだろうとエンジュは思っていた。


「また、こちらに伺っても良いですか? 僕もガドゥプルの事は気になりますので」

「それはあまりお勧めしませんよ、王子」


そう言いだしたのは、後ろで話を聞いていたエビネだった。

ディルフィニウムは納得いかないと言った顔をする。


「なぜです? 僕がいたら仕事の邪魔になるということでしょうか?」

「違います。王子がここに出入りすれば必ず誰かの目に留まります。本来、あなたのような身分の方はこのような場所に来てはならないのです。こいつの事を気にしていただけるのは大変光栄なことですが、それで王子の評判を落としては意味がありません」

「僕は自分の評判など気にしません!」


ディルフィニウムは負けずとエビネに言い返すが、エビネの意思は変わらなかった。


「あなたが気にしなくても我々が気にします。王位継承権が低いと雖も、あなたはこの国の王子です。もし、その王子に何かあれば、我々の首が飛ぶだけでは済まないのですよ?」


それはそうだとエンジュも納得した。

ディルフィニウムは実に残念そうに俯いた。

エビネもこんなに楽しそうにガドゥプルを見る王子を追い出すようなことはしたくない。

しかし、こんな場所に来ている彼を見て、誰がいい顔をするだろう。

ただでさえ後ろ盾のいない王子なのだ。

悪い噂など簡単にたてることが出来るだろう。

エビネもディルフィニウムが他の兄弟たちと違って、人を思いやれる優しい王子だということは知っている。

エビネたち負傷した兵士たちに義手や義足を与えてくれたのも、このディルフィニウムなのだから、感謝しても感謝しきれない。

この国には彼のような慈悲深い王族が必要なのだ。

だからこそ、あえてエビネは王子に厳しい言葉を放った。

それで王子が逆上し、首をはねられても構わないと思っていた。

しかし、彼はそんなことを望む王子ではない。


「わかりました。でも、もう一度だけここに来させてください。そしたら、もう二度とここに足を踏み入れないと約束します」


エビネは深いため息をついた。

これ以上ダメだと言っても恐らく聞かないだろう。

どんなに大人びて見えても彼はまだ15歳の少年なのだ。


「わかりました。なら、後一度だけです。けれど、絶対に城の者や警備の者に見つかってはいけません」

「はい、わかりました」


彼は嬉しそうに返事をした。

エビネも本当ならこの心優しい王子にガドゥプルともっと関わってほしいと思っているし、年の近いエンジュとも仲良く出来たらと思う。

しかし、王子の事を思うとそうは出来ない。

エンジュはその話を聞いて、それならばとディルフィニウムに近づいて耳元でささやいた。


「今度は満月の綺麗な夜に来てください。素敵なものをお見せいたします」


エンジュのその言葉の意味が気になったが、今、ここでは聞くことを辞めた。

当日になれば、その意味が理解できると思ったからだ。

彼はエビネやエンジュにお礼を言って、地下室から城内に戻っていった。

エンジュもあの王子の為にガドゥプルをもっと元気づけなければと思った。

いつかは何かのお披露目会で大衆の前でガドゥプルを見せられるぐらいに。

王がガドゥプルをもっと注力してくれたら、彼女の扱いももっと良くなると思っていたからだ。


数日後、エンジュの元に下僕用の服が3着運ばれてきた。

そして、王子からの要望として、エンジュを奴隷用の寝床ではなく、ロベリアと同じ寝室のベッドに寝かしてやってほしいと手紙が添えられていた。

最初はロベリアも納得はいかなかったが、王子様からの要望だ。

聞かないわけにはいかない。

それにここにはエンジュ以外には奴隷はいないのだ。

エンジュの寝床を潰してしまって、そこを新たな倉庫として使った方が効率良いのではないかという話になった。

ここに来たばかりのエンジュの扱いからしたら、随分良くなったと感じる。

仕事量は日に日に増えていくが、こなせないほどではない。

それにエンジュの手の足りないところはエビネたちが手伝ってくれる。

そんな風にしてうまく連携を取って業務にあたっていた。

エンジュからしたら、あのカルミアの農村で暮らしていた時よりもずっと待遇はいい。

これも全てあの慈悲深いディルフィニウム王子のお陰だと思っていた。

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