第14話

ディルフィニウムがデンドロビウムと別れて、廊下を歩いていると末の妹、リリーと侍女のネリネと出会った。

彼女はディルフィニウムとは腹違いの妹で側室の子、つまりカンパニュラたちの妹である。

リリーは嬉しそうにディルフィニウムに近づいて声をかけた。


「ディルフィー兄さま、リリーと一緒にお城の地下に行きませんこと?」


突然の誘いにディルフィニウムは戸惑っていたが、ネリネがリリーを追いかけて引き留めていた。


「リリー様。あそこは王族の方が行くようなところではありません!」

「いや! リリーはもう行くって決めましたのよ!」


リリーは引く様子はなく、ネリネの困り果てた様子が見て取れる。

ディルフィニウムは幼いリリーの為に腰を落として話しかけた。


「リリーはどうしてお城の地下に行きたいの?」


すると、リリーはこれ以上ない満面の笑顔を見せて答えた。


「このお城の地下には美しい白い竜がいるって聞きましたの! リリーは絵本以外で竜なんて見たこともありませんもの。それにそんな美しい生き物がいるならぜひ見てみたいと思いませんこと?」


ディルフィニウムも城内に竜がいるなんて話は初めて聞いた。

実際、その竜が何かの形で披露されたことはなく、戦に使われたなどという話も聞いた事がない。

そもそも、城内で魔獣を飼うなんていう話自体が信じられなかった。

もしかしたらそれは、竜の剝製か何かかもしれない。

城の地下は基本、使用人か罪人しか使われないため、ディルフィニウムたちのような子供が関わることはまずない。

しかし、リリーがこんなに気にしているのだから、ついて行ってあげてもいいと思った。

それにこの地下で働く使用人は皆身分が低い。

中には他国からきた奴隷もいると聞く。

その現状を確認しておきたかった。


「わかった。僕も一緒に行くよ。けど、約束して。地下はとても危ない場所だし、綺麗とは言えないから、必ず僕やネリネの言うことを聞くこと。もし聞けなかったら、すぐに戻ってくる。ちゃんと守れるかい?」


ディルフィニウムの言葉を聞いて、リリーは元気よく頷いた。

ネリネは後ろで困った顔をしていたが、ディルフィニウムが承諾しては口を出すわけにはいかない。

なるべく他の使用人たちに見つからないように、その竜と言われるものを見て、さっさと部屋に戻ってこようと決めた。

ネリネの案内で、地下室に繋がる扉の前に立ち、重たいそれを開け、手にはランプを持って石階段を下った。

リリーにはなるべく物に触れないように注意させて、足を踏み外さないようにディルフィニウムに抱き着くようにして地下に降りた。

地下の奥にはいくつか部屋があって、明かりが付けられている。

その一つ目の明かりを覗くと40代ぐらいの女性が調理場の掃除に勤しんでいた。

そして、ネリネたちを見ると慌てて手を止めて、入り口の前に駆け寄った。

よく見ると明らかに身分の高い者までいる。

女は深々と頭を下げて、挨拶をした。


「わたくしは地下ここの責任者を任されています、使用人のロベリアと申します。貴族様が何用でこのような場所に来られましたのでしょうか?」


ロベリアの声は微かに震えている。

ディルフィニウムは使用人を無暗に怯えさせるつもりはなかった。

彼はすぐにロベリアの前に立ち、顔を上げさせる。


「お仕事の邪魔をしてしまってごめんなさい。僕たちはただ、こちらに竜がいると聞いて見に来たのです」


それを聞いた瞬間、ロベリアは硬直して身動きが取れなかった。

竜のことを知っているのは使用人でも極一部の人間だけだ。

それなのにまさか貴族のような身分の高い方がわざわざ地下まで下りて見に来るとは思わなかった。

それにあれはとても獰猛な魔獣だ。

彼らに何かあればロベリアたちの命がいくつあっても足りない。

ロベリアは必死に誤魔化そうとして、震えながら答えた。


「何のことでしょう、貴族様。このような場所に竜なんているわけがあるわけないじゃないですか」


やはり誰かが流したデマだったかと納得して、ディルフィニウムは腰を落としてリリーに話しかけた。


「ほら、地下の管理の方も知らないって言っているよ、リリー。きっとここには竜なんていないのだよ。だから、大人しく部屋に帰ろう?」


ディルフィニウムがリリーを説得するように話していると、ロベリアの後ろの倉庫から大量のお肉を入れた桶を持ったエンジュが出て来た。

そして、彼らに気が付かなかったのか、そのままロベリアに話しかけていた。


「ロベリアさん。今日のお肉はこれぐらいにしようと思いますが、果物の方は今日中に食べないと腐ってしまいそうなのですべて持っていきますね?」


そう言って顔を上げると、目の前に見知らぬ人が数人立っていた。

明らかに服装からしても身分の高い人たちで、エンジュのような奴隷が視界に入っていい人たちではない。

その瞬間に彼女は木の桶を床に落としてしまった。

そして、慌ててその場で膝をついて頭を深々と下げ、顔を隠した。

それを見たディルフィニウムが急いでエンジュの元に向かって、肩に手を置いた。

奴隷だからと言ってこれほど卑屈になる必要はない。

しかし、彼女たちからすれば、自分たちは見つかってはいけない影の存在だと思っている。

貴族の中では彼らを見るだけで穢れると蔑んだものもいた。

しかし、ディルフィニウムはそんな風には思っていない。

むしろその地下がどのような現状になっているのか、確認しに来たのだ。


「辞めてください。僕たちはそのように頭を下げて欲しくはありません。気にせず、話を聞かせてください」


彼はそう言って、エンジュの方を持ち、立ち上がらせた。

随分痩せた体をしていた。

服も薄くて質の悪いものだとすぐに分かった。

目の前には大量のお肉があるというのに、おそらくこれは彼女たちの食事ではない。

なら何のための食料なのだろうと考えた。

彼女の体は震えている。

きっと彼女たちは何か彼らに隠し通さないといけないことがあるのではないかと思った。

そう考えれば、竜がいるという話もあながち嘘ではなさそうだ。


「本当の事を教えてください。ここには生きた竜がいるのですか?」


ディルフィニウムも驚きを隠せない。

しかし、目の前の現状がそうだと言っている。

後ろにいるリリーも明らかに期待の目で見つめていた。

それでもエンジュは何も答えられなかった。

異国から来た奴隷の身分で貴族と口を利くことも許されてはいないこともあるが、エンジュの口から竜の事を話すことは許されないのだ。

すると、痺れを切らしたロベリアがエンジュの代わりに答えた。


「どうかお許しください、貴族様。竜の事は陛下と一部の者しか知らぬことなのでございます。本来であれば、こちらで竜を調教し、皆様方にお披露目できればと考えていたのですが、あまりにも暴れまわるため、このように地下で飼いならすしかなかったのです。ですので、そのような危ない魔獣を貴族様にお見せすることなど――」

「わたくし、その竜、見たいですわ!」


そう答えたのはリリーだった。

ネリネは必死にリリーを宥める。


「いけません、リリー様。ちゃんと調教も出来ていない魔獣など、リリー様に何かあれば大変です」

「けど、遠くからなら問題ありませんでしょ?」

「しかし――」


そう言った瞬間、エンジュが顔を上げて答えた。


「見られます。見せられます! ガドゥプルはまだ完全に言うことを聞くわけではありませんが、無害な人間に危害を与えるような生き物ではありません!!」

「エンジュ!!」


ロベリアが慌ててエンジュを止めたが、もう遅かった。

ディルフィニウムも驚いた顔のまま、エンジュに尋ねる。


「ガドゥプル?」


エンジュはその時、自分たちが勝手に陛下の竜に名前を付けたことを思い出し、慌てて口を手で抑えたが、もう言い訳が出来る状況ではなかった。

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