第13話
「お願いです、御父上! 少しだけでも民に寛大なお気持ちを!」
プラタナス王国第五王子、ディルフィニウムは本日の会議を終え、廊下を進むプラタナス王国の国王キャクタスを入り口で待ち構え、必死に訴え出ていた。
しかし、キャスタスは全く彼の話を聞こうとはしない。
周りの家臣たちがディルフィニウムに向かって怪訝な眼差しを向けた。
それに怯んだのか、それ以上彼は父親を追いかけるのを辞めた。
ディルフィニウムとは違い会議に出席していた第二王子デンドロビウムはそんなディルフィニウムを笑って見ている。
「無駄な足掻きを。見苦しいぞ、ディルフィー」
「デン兄上、あなたも現状を理解されているのでしょう? なら、兄上からも御父上を説得していただけませんか?」
「なぜ俺が? 御父上が決めたことだ。俺たち息子が口を出すことじゃない」
「けど――」
「勘違いするな、ディルフィー」
デンドロビウムは腰に差していた剣を抜き取って、ディルフィニウムの首元に向かって突き付けた。
その彼の顔は苛立ちに満ちていた。
「お前は直結の王族の中でも継承権が一番低い。そんなお前が、国王に意見するなど許されるはずがない。父上が情け深い方だからこそ、お前みたいな奴でも一応息子として承認していただけているのだ。わかったのならその態度、改めることだな」
デンドロビウムは言い終えると剣を降ろして鞘に戻した。
ディルフィニウムもそれ以上何も言えず、ただ黙って立ち尽くしていた。
そんな彼を横目にデンドロビウムは彼の前から立ち去っていく。
彼は自分の無力さに腹を立て、俯いたまま拳を握りしめた。
この大陸の中央の広大な土地を支配しているプラタナス王国は武力に長け、文明が発達した国として有名だった。
ニゲラ鉱山からは良質な貴金属が排出され、膨大な土地からは多くの資源を得ている。
そして、それは他国との貿易にも利用されていた。
先代の王は、その財政を利用して軍事に力を入れていた。
他国からも多くの技術者を呼び寄せ、より強力な武器を作らせ、長年にかけて飛行船を作る計画も立てている。
先代王が崩御された後、それを受け継いだ現国王キャスタスも父親と同じように軍事に力を入れ、今では隣国さえも支配しようと兵士たちを国境まで送り込んでいた。
特に自然豊かな国と謳われていたエンジュの暮らしていた国オルタンシアはプラタナス王国の標的となっている。
オルタンシアも今は二つ目の関所までは何とか防護出来ているが、それを突破されるのは時間の問題だろう。
そして、プラタナス王国が攻め入った後には、その街やその近くの農村から食料や私財を奪い、抵抗する者は殺し、捕虜となったものを奴隷として各地で働かせていた。
特にニゲラ鉱山の労働者が事故により多くの死人を出ているため、そこに奴隷を宛がうようにしていた。
自国の民からは多くの税収を課している。
その代わり、他国から連れて来た奴隷たちをばら撒き、それを労働力の糧にするように命じた。
奴隷など死んでも構わない。
人手が足りない分は奴隷で賄い、とにかく国の財政を守るように命じた。
しかし、今年の作物の出来は良くない。
それはエンジュの故郷でも同じだったが、気候のせいなのか作物が育ち切るまでに枯れてしまっていたのだ。
それを解決しなければ、納める物も納められない。
そんなことはキャスタスにも理解していたが、それを理由に他国への侵略の力を弱めて撤退するなど考えられなかった。
勢いがあるうちに支配する。
それが現王の考え方だった。
そして、この国には5人の王子と3人の王女が存在する。
第一王子ジギタリスは武力に優れ、今もまさに王国の為に隣国へと攻め入って、指揮をとっている。
ジギタリスは本当に傲慢で欲深く、手に入れたいものは力づくでも手に入れようとする男だった。
その豪快さをかわれてか、キャスタスからは気に入られ、このまま問題なく実績を残していけば、次期王に間違いなく選ばれるだろうと言われていた。
そして、第二王子デンドロビウムはそんな兄を疎ましく思っている。
ジギタリスとデンドロビウムは正妻の子供で血の繋がりの濃い兄弟だ。
それでも仲はあまり良い方ではなく、最近では顔も合わせていないと聞く。
デンドロビウムも武力には長けていたが兄には劣る。
ただ、剣術では兄に勝てないが体術と弓術には自信があった。
いつか自分が軍を率いる時は、兄以上の成果を出そうと息巻いているが、今のところは城の防御に専念させられていた。
そして、第三王子カンパニュラは兄たちのような武術は持ち合わせていないが、大変頭のいい王子だった。
彼は正妻の息子ではなく側室の子ではあるが、彼の母の身分はそれほど低くはなく、公爵家の権威のあるご息女だったため、それなりに扱われている。
王位継承権は第三位にしても、彼が王座に就くことはないだろう。
しかし、今後その片腕として良いの地位に就くことは約束されている。
それに軍事に優れている二人の兄とは違い、カンパニュラは戦には赴かない。
むしろ軍師的な立場であり、自ら戦うことを好まないようだった。
いずれ、その出来損ないの王子たちが戦で負傷し、亡くなった時は自分がこの国の王になる心構えを持った、強かな王子だ。
そして、その弟、アスターはとても病弱で戦さになど立てる状態ではなかった。
殆どの時間を自室にこもって書物を読み、趣味に明け暮れる毎日である。
国政など全く興味を持たず、身体が強くなれば他国を旅してまわりたいとディルフィニウムにも語っていた。
彼は唯一ディルフィニウムの話を聞いてくれる兄弟の1人だ。
王座に興味がないこともあるが、基本、争いを好まない。
その代わり家族を含め、他人にはあまり関心がないようだった。
そして、第五王子ディルフィニウムは王の子ではあるが妾の子である。
カンパニュラたちとは違い、ディルフィニウムの母はさほど身分もない、ただの使用人だった。
使用人にしては気品があり、とても美しい娘だったため、キャスタスが気に入り無理矢理妾とした。
そして、生まれたのはこのディルフィニウムである。
母親は彼が幼い頃、病に倒れ亡くなり、彼の後見人となる人物はもういない。
それもあり、同じ王子という立場でも他の王族と同じようには扱われないのだ。
キャスタスも慈悲の念からからなのか、ディルフィニウムを王位継承権から外すことはしなかったが、既にないに等しい状況だった。
それは彼にも十分理解できた。
だからこそ、彼は城内ばかりに気を取られず、街に出て民の様子を観察し、旅に出て現状を知ろうと尽力してきた。
そして見えてきたのは、重税で苦しむ民の姿であった。
税が滞りなく収められているから国は成り立つのであり、それを忘れて軍部に当て、目の下の現状を見ないのは愚かなことである。
今無理に民から税を絞り出しても、いつかはそれも尽きる日が来る。
そうなれば、隣国との戦争などしている場合ではなくなるのだ。
それどころか弱体化していくこの国を見て、逆に攻め入られてもおかしくない。
今は国土を広げるのではなく、一旦国の見直しが必要な時期だと感じていた。
しかし、そんな話を王が聞くはずもない。
不作であるのは他国も同じである。
他国が今瀕している間に攻め入るのが得策。
その考えを変える様子はなかった。
そんなことをしていたら、いずれどこかの国と共倒れし、同じように武力に長けた北の国、アルストロメリアに支配されるのではないかとディルフィニウムは懸念していた。
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