第12話
エンジュはロベリアとの約束通り、自分の仕事はしっかりとこなしていた。
その中で、エビネたちに混ざって竜の世話も懸命にこなしているのだ。
もし、少しでも手を抜いていたら怒鳴り散らしてやろうと思っていたが、その必要もなさそうだった。
餌に調達の仕方もロベリアが教えたことは全て頭に叩き込んでいた。
どのような食料をどこで手配するのか、倉庫の管理はどのようにするのか、そう言ったことはすぐに出来るようになったが、どうしても業者とのやり取りは苦手なようで売り手側に言いくるめられるのは変わらない。
見た目もまだ幼く、業者もエンジュになめてかかっているのだろう。
そして、エンジュの方も自分よりずっと年上の業者に気後れしている。
それさえ出来るようになれば、今までの仕事を全てエンジュに任せてもいいとは思っていたが、この点については当分の間、苦戦しそうだ。
エンジュはひたすら頭を捻りながら、ガドゥプルに水攻めをしなくても効率よく掃除をする方法を考えていた。
まずは排出物処理の問題。
これはガドゥプルがいつも同じ場所で排泄をするのを見て、そこに大きな木の板を置いて床を稼働できるようにすることを考えた。
しかし、ここで問題だったのはそこに木の板を置くと彼女が慣れないせいなのかいつもの場所で排泄しなくなったということだ。
これは家畜でもある話だが、排出中とは気が抜ける一瞬なので安心できる場所でしか出来ない。
それなので、ここが排泄しても問題ないと思わせるために、排出物の一部を板の上にのせた。
それでも最初はうまくいかなかったが、数日後にはその板の上でしてくれるようになった。
お陰で掃除をするために危ない思いをしてまでその場所に出向かなくても、紐で板を引いて排出物を引き寄せることで安心して処理することも出来、掃除も楽になった。
後は木の棒で板を押し、元の場所に戻せば完了だ。
これで無暗に彼女に近づくことなく、安心して排泄物の処理ができるようになった。
餌の件も以前、彼女が提案したように器を黒檀の器に変えた。
そして、今までただ混ぜ込んで入れていた餌も肉、果物、穀物と分類しておくようにすると、前よりも食べる量が増えた。
そして、彼女の好みもわかるようになった。
好きなのはやはり肉だ。
特に牛の肉を好んだが、基本手に入るのは鶏の肉か羊の肉、時々ヤギの肉ぐらいで牛や豚、馬の肉を安価で手に入れるのは難しい。
次に果物を好んだが、果物の痛みは早く、一晩置きっぱなしにしておくと腐って酷い臭いを発した。
本来ならこんなに早く痛まないのだが、安物の果物となれば熟した腐りかけの物が多かったのでこれも仕方がなかった。
せめて、腐りやすいものと腐りにくいものを分けることで、彼女の食欲減退の要因を少し減らすことは出来た。
一番安価で手に入りやすく、腐敗も遅い穀物は餌にしやすかったが、ガドゥプル自体があまり好まない。
もともと雑食である竜は穀物を食べることは出来るが、肉が主流のため消化器官はあまり強くない。
食物繊維の多い穀物は肉食獣にとって胃の負担になりやすいのだ。
だから、安価だからと言って餌に穀物を増やすのも良案とは言えない。
最後に全体の掃除と寝床の問題となったが、カドゥプルのいつも寝る場所に藁を敷いてはどうかという話になった。
竜や同じ始祖を持つワームなどは洞窟の深くに住むとも言われていたので、冷たい石の床で寝るのも不自然ではないのだが、やはり少しでも温かい方がいいだろうという話になり藁を敷いたのはいいが、最初のうちはやはりそこでは寝てくれなかった。
匂いが気になったのか、慣れない物に警戒したのかはわからなかったが、場所を変えてやはり石の床の上で寝ていた。
一部では藁は不要ではないかという話になったが、エンジュは断固として撤去を認めなかった。
もし、あの藁に彼女自身の臭いが付いたら安心して寝てくれる。
そう思ったエンジュは藁にわざとはがれた鱗のかけらを藁に混ぜてみた。
すると数日後、夜中見に行くとカドゥプルが石の床の上ではなく、藁の上で寝ているところが見られた。
それを見た瞬間、エンジュはほっと胸を撫でおろす。
他の男たちも嬉しそうに小部屋で喜びをかみしめ合っていた。
そんな風に多くの案を出しながら、苦戦し、何とか以前よりは快適な環境を作ることが出来たが、それでもガドゥプルが人を信用することも、元気を取り戻すこともなかった。
その理由は、エンジュにもわかっていた。
彼女の部屋、この竜の檻は地下1階にあり、2階まで続く吹き抜けの天井がある。
地下は一面石壁だが、1階2階部分には窓もあり、日の光は入るように出来ている。
以前、エンジュがガドゥプルの姿を見に来た時も月明かりが彼女を照らしていた。
光がない暗闇というわけではなかったが、そこは外とは違う。
あの広い空も見えなければ、目の前は石の壁に囲まれている。
何よりも首には頑丈な鎖の首輪に足には足枷。
檻の中でさえ自由に動き回ることも、ましてや飛び回ることも出来ない。
それが快適な生活だなんて思えるはずがないのだ。
しかし、それだけはどうしてあげることも出来なかった。
それがなければ、彼女は今この瞬間にも暴れだして、逃走しようとするだろう。
そして、周りにいる人間に危害を加える。
だからどんなに思っても、それだけは出来なかった。
エンジュはカドゥプルの瞳を見ていつも思う。
彼女の眼はとても寂しそうな瞳をしている。
竜が涙を流すなんて聞いた事はなかったが、もし彼女が人であれば泣いていてもおかしくない。
きっと彼女だって仲間に会いたいはずだ。
家族に会いたいと思っている。
その気持ちはエンジュにもよくわかる。
エンジュも彼女と同じように家族に会いたいと思う。
しかし、エンジュの家族はもうこの世にはいないし、二度と会うことはないだろう。
この寂しさをどう埋めればいいのかわからなかった。
せめて、彼女だけでも故郷に帰してあげたい。
こんな大して彼女の事を気にも留めていない王様のいるお城になんかより、彼女にはもっと自由に大空を飛び回ってほしいと思った。
いくら竜が頑丈だと言っても、何十年も羽を使っていなければ飛び方も忘れてしまうし、退化してもおかしくなかった。
エンジュは毎晩、食事と片づけを終えると彼女の元に向かった。
そして、階段を上り1階から彼女の寝姿を見つめる。
彼女が藁の上で安心して寝息を立てているところを見るとなぜか感心した。
きっと瞼を閉じていても、彼女はエンジュに気が付いている。
それでもエンジュが彼女に危害を加えないのだとわかっているから、寝ているふりをしているのだ。
「ガドゥプル、いつかあなたを仲間のいる場所に返してあげるね。こんな檻から早く出よう……」
そんなことがエンジュ1人で出来るわけがない。
エンジュもそれはわかっているが、そう願わずにはいられなかった。
またそう言うことでガドゥプルに希望を持たせてあげたかった。
どんなに劣化した環境を整えたとしても、彼女が生き生きと生きる場所はここにはない。
彼女を人のいない、竜が安心して暮らせる場所に行かせてあげたかった。
竜が人の言葉をすべて理解できるわけではない。
それでも、エンジュが何を考え、どんなことを伝えようとしているのか彼女にも伝わっているはずだ。
だからこそ、彼女はエンジュを無暗に警戒しないのだ。
慣れ合えなくても、ここで敵意を見せつけても仕方がないことだと理解していた。
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