第7話

洗濯の仕事を終えて、部屋の掃除の為にロベリアの元に向かうと、丁度外から来た物資担当の使用人と出くわした。

箱の中には質はいいとは言えなかったが、丸鶏の肉が10つ以上。

他にも痛んだ果物や穀物がいくつも運び込まれていた。

これはエンジュたち使用人のための食料ではない。

当然、こんな質の良くない食料を貴族や王族が口にするとも思えない。

なら誰がと考えている間に、エンジュはロベリアに呼び寄せられた。


「エンジュ! そんなところでぼおっとしてないで、こっちに来て仕事を手伝いな」


仕事と言われてもエンジュは何をどうしていいのかわからない。

物資担当の男は、仕事が終えたのかすぐに地下から離れて、地上へ上がっていった。

エンジュがどうしていいかわからず、おろおろしたところにまたロベリアの怒鳴り声がとんできた。


「ほら、早く桶をいくつか持ってくるんだよ!」


エンジュはロベリアの言われた通り、急いで部屋の隅から桶をいくつか持ってきた。

そこにロベリアが丸鶏やフルーツ、そして穀物を入れていく。

そして、それがいっぱいになるとエンジュに持っていくように声をかけた。


「とにかくこいつを運びな。あんたは右奥の部屋の前に置いて来て、ノックをして男どもに知らせればいいからね。それ以上部屋に入ろうとはしないことだ」


ロベリアが何を恐れているのかはわからなかったが、とりあえずエンジュは首を何度も振った。

そして、桶を持って、一番奥の部屋、向かった右側にある他の部屋よりも大きな木の扉が付いた部屋の前に立った。

そして、そこに桶を置き、ノックをする。

すると、一人の男が扉を開けた。

その男はあの目の見えない男だった。


「あ、あの、ロベリアさんに言われて、丸鶏の入った桶を持ってきました」


男はわかっていると言って、その桶を部屋の中に入れていく。

エンジュも話が伝わったとわかると再び他の桶を取りにロベリアの元に戻った。

それを何度か繰り返していると、部屋の更に奥にある部屋から、右足が義足の男が頭を掻きながら現れた。

そして、物珍しそうにエンジュを見つけて、にやりと笑った。


「おお、お嬢ちゃんじゃねぇか。ロベリアの手伝いか?」


エンジュはこの陽気な男を警戒しつつ、後ろに下がる。


「お、桶を持ってきました。丸鶏の入った……」


それを聞くと男も理解したのか、扉に近づき、桶の中を覗く。

エンジュはびくびくしながら、男を見上げていた。

この男の思考はいつも読み取れず、エンジュには恐ろしい存在に見えていた。


「相変わらず、王様もけち臭いね。あいつを生きながらわせるように言ってんのは王様のくせによぉ、捕まえてからまともに見にもこねぇ。たまには牛一頭ぐらいの気前を見せてほしいもんだよ」


男はそうぼやいて、桶を目の見えない男と一緒に部屋の中に運ぶ。

エンジュはその男が何を言っているのか、理解できなかった。

丸鶏は多少痛んでいるが、平民にとってはご馳走だ。

こんなの一年祭の時ぐらいしか食べられない。

それに果物だって、ご馳走と言ってもおかしくない。

それをけち臭いだなんて、この扉の奥にいる者はどれだけの存在なのだろうと思った。

しかも、この量。

何日分の食事かもわからない。

エンジュの食べている量からすれば、数十倍を超す量だ。

すると、中から大きな呻き声が聞こえた。

一瞬、大男でも叫んでいるのではないだろうかと思ったが、これは人の声ではない。

明らかに何か動物の声だ。

部屋の奥では他の男たちが騒ぐ声も聞こえた。

エンジュはこんな声量で叫ぶ獣の声など聞いたことはなかった。


「また暴れやがってんのか! これ以上、死人を出されたらたまったもんじゃないぞ!!」


男はそう言い残して、慌てて部屋の奥の扉へ向かった。

扉の奥は地下にしては明るく、広く感じた。

響く鳴き声からしても、その空間が広いのは予測が出来た。

エンジュが興味津々で扉の向こうを窺っていると、目の前に目の見えない男が立ち、エンジュに告げる。


「お嬢ちゃんには関係ない仕事だよ。食料を運び終えたら、ロベリアの元に戻るんだ」


そう言って男は静かに扉を閉めた。

言われた通り、エンジュはそのままロベリアの元に戻り、彼女の指示するまま働いた。

しかし、あの鳴き声の正体について気になって仕方がなかった。

忘れようとしたが、エンジュの中の知識欲が疼く。

あれだけ大きな部屋だ。

きっと大きな獣を飼っているのだろう。

馬や牛ならば城の外にある畜舎で飼っているはずだし、あれだけの大広間を使う必要はない。

本の中でしか見たことがないが、もっと南の方の温かい国に行けば、獅子と呼ばれる巨大な猫に似た猛獣や毛並みが素晴らしいと敷物として譲歩される於菟おとという野獣がいることは知っている。

しかし、あれらの生き物は暖かい場所でしか生きられないし、たしか猫より低い鳴き声をしていると書いてあった。

他にも鼻の長い牙を持った巨大な生き物、岐佐きさの可能性もあったが、確かあれは草食で丸鶏は好まないはずだ。

不死の鳥として有名なフェニックスの話も聞いた事はあるが、それを実際に見たものもましてや捕らえた者もいたと聞いた事は一度もなかった。

サーペントやクラーケンも海の生物で、王都で世話ができる魔獣ではないし、サラマンダーも火口近くでしか生息しないと聞いている。

もし飼えるとしたら、森の中に生息している魔物、ワームやワイヴァーンではあるが、討伐対象となっても飼う生き物ではなかった。

時として、魔獣好きな貴族がいて、飼いならそうとしたなんていう噂もあったと記録されていたが、飼いならせた者はいなかったし、好きならもっと視察に来るはずだ。

それなのに王様はここには訪れない。

どういうことなのだろうとエンジュはどうしてもあの出来事が頭から離れなかった。


エンジュは仕事を終えて、食事を済まし、皆が就寝したところを見計らって、こっそり部屋を抜け出し、右奥の部屋へ向かう。

扉を静かに開けて、小部屋に入った。

小部屋には明かりがなく暗かったが、奥の扉の隙間から光が差し込んでいたので、うっすらと見えることが出来る。

ここは兵士たちの待機場のような場所だった。

丁度人数分の木の椅子が置いてある。

今日使った桶が全て空になって転がっていた。

あの量を今日だけで消耗したのだと思うとどれだけ大きな猛獣なのだろうと想像した。

そして、その光の洩れる奥の扉にそっと手を当てた。

中にはどんな恐ろしい生き物はいるかわからない。

その生き物に気づかれないように覗くつもりだった。

エンジュは音を立てないようにそっと扉を開ける。

扉は重厚で重たかったが、体重をかけて押し込めば開くことが出来た。

そして、それを見た瞬間、エンジュの呼吸は止まった。

そこには月明かりに照らされ、白く輝く竜の姿があったのだ。

エンジュも本の中で竜の事は知っていた。

最初は幻とされていたが、ある冒険家が北の奥地で生きている竜と遭遇している。

竜の固い鱗のような皮膚はどんな防具より頑丈で、槍も剣も通さないという。

その血や肉は不老長寿と言われ、高価な薬として譲歩されていた。

竜の亡骸を見つかるだけでも一生遊べるだけの資産が手に入ると言われている。

それが生きた状態で飼われているなんて、夢にも思わなかった。

この国がどれだけ武力に長けていて、隣国などあっという間に支配してしまうほどの文明と力を持った存在なのか、この瞬間に理解できた。

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