ロンリー・プラネット
あおきひび
ロンリー・プラネット
広い宇宙の片隅を、ちいさな宇宙船が飛んでいました。
ちいさな宇宙船には、ちいさな少女が乗っていました。少女はひとりで船を操縦して、もう長いこと宇宙を旅しています。
けれども、少女はぜんぜん退屈しませんでした。宙に光る星はどれもキラキラ輝いていましたし、惑星の遺跡からはたくさんの不思議なモノが見つかります。
パステルピンクの宇宙服に身を包んで、少女は今日も展望デッキから星を探します。金色の望遠鏡を覗き込んで、熱心に辺りを眺めています。今日はどんなモノに出会えるんだろう。少女はわくわくした気持ちでいっぱいです。
すると、望遠鏡の奥に、ひときわ赤く輝く星がありました。星は一瞬眩しくまたたきましたが、次第に光を失っていきます。あそこには何があるのだろう。好奇心のままに、少女は操縦桿を握ります。すいすいと調子よく舵をとり、少女は惑星のすぐそばに到着しました。
その星は様子がすこし変でした。望遠鏡で覗いてみると、地表は見渡す限りの荒野です。赤茶けた大地が広がり、錆のような砂煙が舞っています。少女はそれでもセンサーに目をこらして、なにか面白いモノがないか探します。
ぴこーん。反応がありました。それもいつもとぜんぜんちがう音。少女は目を輝かせて飛び跳ねます。
「ヒトがいる! 生きているヒトだ!」
少女はうきうきとしながら、操作盤をリズミカルに叩きます。
「今回はどんなお話が聞けるんだろう。とっても楽しみ!」
宇宙船下部の回収ポッドが降下して、その星で唯一の生き残りを迎えに行きました。今日も宇宙はひんやりとして静かです。
回収ポッドがぷしゅうと音をたてて開きました。窒素ガスのけむりが晴れると、中には灰色のヘルメットやプロテクターを身に着けた男の人が横たわっています。両の手足は力なく投げ出され、お腹の辺りは赤黒く汚れています。どこかで転んでしみをつくってしまったのでしょうか。彼はきっとあわてんぼうさんなのでしょう。
少女が頬をつついても、反応がありません。眠っているのかしら? 少女はエッサホイサと男の人を引っ張って、宇宙船のプレイルームへと連れて行きました。
プレイルームはピンクとペールブルーのふわふわした床のお部屋です。ぬいぐるみや積み木やいろんなおもちゃが所せましと並んでいます。惑星の遺跡から見つけた宝物たちも、みんなそれぞれクリスタルの玉に入れて飾ってありました。
「……っ、うぐ」
か細いうめき声を上げて、男の人は目を覚ましたようです。少女は嬉々として駆け寄ると、横たわる男の人の顔を覗き込みました。
「はじめまして! お元気かしら?」
「……は、何だ、ここは……、お前、は」
「わたし? わたしはミライよ。あなたは?」
男の人は身体を起こしながら、わけのわからないといった顔で少女を見ました。彼が戸惑いながらかぶりを振ると、首元からネームタグが滑り落ちました。
「えっと……ギ、ィ、あっ! ディーノ、ディーノで合ってるわよね! そう呼んでもいいかしら」
彼はしばらく黙った後、こう言いました。
「ここはどこだ」
「わたしの宇宙船よ。少し散らかっちゃってるけど、ごめんなさいね」
「お前は誰だ」
「ミライっていうの。よろしくね」
少女はにっこりと微笑みました。
「……」
あまりにファンシーで突拍子もない光景に、ディーノは身体の痛みも忘れてしまいました。聞きたいことは山ほどありましたが、ディーノはここまでの旅でひどく疲れていました。彼はあれこれ考えることを放棄しました。幸い、気分はそう悪くありません。彼はそうして、少女のお話につきあうことにしたのです。
「よかったら、いっしょにおしゃべりしない? 聞きたいことがたくさんあるの」
「ああ、俺もちょうど話し相手が欲しかったところだ。その方が気が紛れる」
赤く汚れた腹部を手でおさえながら、ディーノは不敵に笑います。ミライはもう飛び上がらんばかりに喜びました。
「やったあ! それじゃあ、あの光について教えて。あの赤いまぶしい光。遠くの空からでもはっきり見えたの。あれは一体なんだったのかしら?」
「赤い光? ……ああ、なるほど」
多分それは、戦争のせいだ。ディーノはそう言いました。大きな爆弾が落ちて、たくさんの街とたくさんの人が燃え尽きた。赤い光はその時のものだろう。
「それじゃあ、ここにはもう誰もいないってこと?」
「そうだ。滅んだんだよ、俺たちの星は」
「そっか。誰もいないんじゃあ、あなたも退屈だったでしょう」
「退屈、というか、それどころじゃなかったよ。俺たちは毎日銃持って殺し合って。そんで少ない物資を奪い合ってたんだ」
でもな、もう滅んじまったからな。彼は深くため息をつきました。
「もう戦いは終わりだ。そう思うと、何だかよくわからない気持ちになった。安心すればいいのか、絶望すればいいのか」
ミライは小首をかしげました。
「わたしもよくわからないけれど、大変なことはもう終わったのよね。それなら、これから一休みできるってことじゃない?」
ねえ、ここにはいろんな楽しいモノがあるよ。甘いケーキや紅茶もあるわ。ふかふかのクッションに、ベッドだって素敵なの……。
少女はくるりとターンしながら、歌うように言葉を紡ぎます。もこもこの宇宙服がまるで無重力下のように、ぽよんぽよんと跳ねていきます。
ディーノはそんな少女を眺めながら、ふっと緊張を解きました。
「確かに、やっと休めるな」
「そうよ、ゆっくりしていってちょうだいね」
彼の四肢は震え出し、やがて力を失っていきます。それにかすかな不安を抱きつつも、ディーノは久方ぶりの安らぎを胸いっぱいに感じていました。
ミライはディーノの座っているところへ、足取り軽く歩み寄ります。彼は長い棒のようなものを背負っていて、腰にはいくつかの小さな丸いモノがくっついています。どれも見たことがない形をしていました。ミライはそれが気になって仕方ありません。
「これはなあに? 果物かしら?」
少女は彼の腰からひょいと丸いモノをもぎとりました。そのまま不用意にぺたぺたと感触を確かめます。
「それは手榴弾だ。危ないからそんなに触るな」
嫌な予感を覚えたディーノが注意しましたが、それとほぼ同時に、ミライは手榴弾のピンを引き抜いていました。
「! おい馬鹿、爆発するぞ!」
彼は仰天して跳ね起きました。間に合わないことは分かり切っています。それでもガタのきた身体で床を蹴って、少女を助けようと手を伸ばしました。
その時。プレイルームの天井からぷしゅん!と、青いガスが吹き出しました。それはミライとディーノをとたんに包み込みます。ガスはひんやりとして心地よく、手榴弾は不発のまま床にコロンと落ちました。
「あら、もしかして危ないものだったのかしら」
「……お前、もう少し危機感というものをだな」
ディーノはすっかり気が抜けてしまって、仰向けにどっかりと倒れこみました。天井には青いきらきらした雲が、ぷかりぷかりと広がっています。彼は少し目を細めてそれを見上げていました。
ミライは床に転がっている長い棒を拾って、ディーノに尋ねました。
「それじゃあ、これはなあに?」
「それは銃だよ」
「じゅー」
もう弾薬は切れていたので、暴発の心配もありません。ディーノは複雑な気持ちで、ミライの抱えている長銃を見ていました。その銃は長いあいだ、彼の身を守ってくれたものでした。それと同じくらい、たくさんの人を撃ち殺してきました。
ミライはそんなことを知るよしもありません。不思議そうにバレルの中を覗き込んだり、撃鉄をかちかち鳴らして遊んでいました。
「じゅー。じゅー……。なんだかおいしそうな音ね」
少女は長銃をまるで魔法のステッキのように持って、天高くかざしました。
「ジュー・ジュー・ピリカ・おいしくなぁれっ!」
ミライの掛け声とともに、銃身からポンっと星くずが飛び出しました。よく見るとそれは色とりどりのコンペイトウです。勢いあまって一粒がディーノの口に飛び込みました。
「……旨い」
コンペイトウの甘みはじんわりと口内に染みわたります。それがあんまりおいしいので、ディーノは泣きたい気分になりました。
彼の表情を見て、少女は慌てて駆け寄ります。
「わわっ! だいじょうぶ? おいしくなかった?」
「いいや、違うんだ、これは」
安心したんだよ。もう痛い思いも苦しい思いもしなくていいんだって。
ディーノはそう言おうとしましたが、不意に咳き込んでしまいました。口を押さえた手を見ると、血痰がべっとりと付いています。
「……ああ、もう時間がないな」
彼は力無く微笑むと、そのまま床に倒れ伏しました。
プレイルームの真ん中で、ディーノは目を閉じて横たわっています。水色の雲がふわふわと漂い、いくつもの水晶玉が静かに光を放っています。
ミライはそのすぐそばに膝をついて、彼を心配そうに見守っています。
「だいじょうぶ? 元気がないわ」
「もう死ぬんだよ、俺は」
げほげほと血混じりの咳をして、ディーノは無理に笑顔を作りました。
「ごめんな、もう少しこうして話していたかったが」
「ううん、いいの」
ミライは困ったような顔をして言いました。
「あのね、毎日星を見ていて、思ったことがあるの」
「何だ?」
「望遠鏡で星を見るの。ずっとずっと長い時間見ているの。そうすると、今まであんなに輝いていたのに、ある日ふっと消えてしまう光があるの」
ディーノの頭をそっと撫でながら、子守唄のようにささやきます。
「さびしかったわ。もうあの星を見ることはできないんだって。でもしばらく見ていると、違う色の星が輝き始めたの。星はきっと生まれ変わったのよ。私はそれを知ってる」
少女は彼を安心させるように、そっと微笑みかけます。
「だから、きっとまた会えるわ」
「……ああ、そうだな」
ディーノは口の端をわずかに上げました。その吐息はしずかに薄れていき、やがて途絶えました。
流れ星が三度またたいた頃、ミライはディーノを抱えて立ち上がりました。
大きな水晶玉のケースを開けると、そこに彼の身体を大切に納めました。彼は苦しみのない顔をして、クリスタルの中で安らかに横たわっています。
「おやすみなさい。良い夢を」
少女は無邪気な笑顔を見せます。きっと彼は眠ってしまったのです。水晶玉の中で、今頃彼はコンペイトウの夢を見ているのでしょう。ミライはそう信じていました。
もう行かなければなりません。ミライはコックピットに入り、再びあてもない旅に戻っていきます。頼るもののない暗い宇宙の中を、星の探査船が進んでいきます。
「次は、どんなヒトに出会えるんだろう。とっても楽しみ!」
少女は歌いながら操縦桿を握ります。そうしてもうしばらくは、ひとりぼっちの宇宙旅行です。
ロンリー・プラネット あおきひび @nobelu_hibikito
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