田中 正良
丸い空に、薄雲が広がっていた。
月の光が仄かに透けていた。深夜ではあるが前後不覚になるほどの暗さではなかった。雪が一面中に積もっている影響もあるだろう。
雪は
土が降り注ぐ。顔に付着した土を反射的に振り払おうとして、正良は両腕が後ろで拘束されていることを思い出す。
男が、穴の上から顔を覗かせた。
「よう、やっとお目覚めか」
男は歯を見せて笑った。薄暗い仕事をしてる人間とは思えない顔だと正良は思った。道ですれ違っても記憶に一切残らないような顔だ。
「俺もこんなことしたくないんだけどな」
そう言うと男は再び正良の上に土をかけ始めた。土はもう既に正良の腹の辺りまでを覆っていた。
「どうして」
刃を突き立てたような痛みが胸に走って、正良は顔をしかめた。肋骨も折れているようだ。思えば、死んでもおかしくないくらいの暴行を受けていた。
「どうしてこんなことを」
「ナイフに意志があると思うか?」
男はシャベルを握ったまま肩をすくめた。ただ人1人を消すためだけに雇われた男なのだろう。
「まあ、あんたは深入りしすぎたんだよ」
正良は歯を食いしばって男を睨んだ。殺人のために人を雇える。それは即ち、正良を消そうとしている人間の地位の高さを表している。
正良は身体を横に倒した。もう、身体を起こしていられなかった。力が、命が、どんどんと流れ出ている。
もう、寒さも、痛みも、全く感じなかった。視界にも何も映らなかった。土が落とされる音だけがはっきりと聞こえた。
妻と娘を殺した犯人まであと一歩まで迫っていた。結局、一矢報いることすらできなかった。
視界を、土が完全に覆った。
絶望は無かった。虚無だけがそこにあった。
正良の意識が消えかけたとき、眩いほどの青い光が身体を包んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます