"空術士リン"
リンとゼイルの視線が交差する。長い時間、2人はそうしていた。
空は白み始めていた。結論まで残り1時間くらいだ。
「なあゼイル、君はどうして元の世界に帰りたいんだ」
「ルールを忘れたのか?」
ゼイルの視線が鋭くなる。4人の間にはひとつだけルールがあった。
『元の世界にいた時のことは詮索してはいけない』
言い出したのはゼイルだが、他の3人もそのルールに異論は無かった。むしろ歓迎した。
「もちろん覚えている。忘れるわけなんかないさ」
リンは視線を逸らさなかった。
「ジョーとアイラも言ってたけど、私はこの世界に来られて本当に良かったと思っている。時空石の存在を知った頃……5年くらい前は、元の世界に帰りたくて堪らなかった。殺してやりたい人間がいたから」
リンは淡々と言った。ジョーとアイラは口をぐっと結んでそれを聞いていた。
「でも、君たちと出会えて、色んなものを見てきて、恨みみたいな感情が風化してきたんだ。こっちで得たものが大きすぎるのかな。それを全部捨ててまで戻りたくないと次第に思うようになってきた。まだまだ冒険を続けたい。こっちで出会った人々に恩返しをしたい。私は、ジョーやアイラみたいな立派な目標は無いけど……」
リンの頬がほのかに紅潮する。
「私は、ゼイルのおよめさんになりたい」
ジョーが口をあんぐりと開けていた。アイラは両手で口を押さえていた。ゼイルですら目を丸くしていた。誰ひとり、旅の途中にリンにそんな感情の機微は感じ取れなかった。
「だからゼイルにはずっとこっちにいて欲しい」
ゼイルはしばらく目をぱちくりさせた後、頬を緩めた。
「ありがとうリン。嬉しいよ」
そして、再び表情が鋭くなる。
「だけどその思いには応えられない。僕は、どうしても元の世界に帰りたい」
ゼイルは懐中時計の蓋を閉じるとやおら立ち上がり、3人に背を向けた。
「神居市母子強姦殺人事件って知ってるかな」
「あの一時期ネットで旦那さんが殺したんじゃないかって話題になってた?」
応えたのはアイラだった。ゼイルは遠くを見るような目をした。
「その事件で殺されたのは、僕の妻と娘なんだ」
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