長瀬 凛花

 暗闇。

 身体に繋がれた機器が放つ僅かな光が、ほのかに室内を照らしていた。

 どれくらいの時間が経ったのだろうか。2年を超えたあたりから数えることはやめてしまった。


 足音がして凛花は目を覚ました。音に対しては、以前よりずっと敏感になっていた。


 叔父と叔母が病室に入っていた。暗闇の中で、輪郭が微かに見えていた。正確な時間はわからないが、消灯時間を過ぎていることは間違いない。

 叔父が顔を近づけてくる。凛花は顔を背けたくなった。


「凛花ちゃんも可哀想になあ。兄貴がおとなしく金を貸せばこんなことにならなかったのに」


 そう言いながら叔父は乳房を乱暴に揉んだ。凛花の全身に怖気が走る。手を跳ね除けたい、嘔吐したい、嗚咽したい。凛花は頭の中で強く叫ぶがそれは叶わない。


 植物人間に意識がある。それを凛花が知ったのは、自分自身が植物人間になってからだ。

 叔父と叔母もそれを知らないだろう。いつもお見舞いにかこつけて凛花の荷物を探ったり、病室で堂々と両親の悪口を言っているのも、凛花に意識があって全部聞こえてると知っていたらしないだろう。についてもそうだ。


「馬鹿、余計な事してんじゃないよ」


 叔母の声が聞こえた。声の位置からして入口付近にいると思われた。見張りをしているのだろう。


「わかったよまったく……」


 叔父は気怠そうに言うと、凛花の人工呼吸器に手を伸ばした。


「じゃあな凛花ちゃん。恨むなら自分の父親を恨めよ」


 やめて。叫びは声にならない。凛花の口から外された人工呼吸器は、ベッド脇にだらしなくぶら下がり、空気を送り込む音だけを立てていた。


死んでおけばまだ楽だったのにねえ」


 叔母がじっとりとした声で言った。


 冬の峠道。下り坂で徐々に速度を上げる車。混乱する父親。慟哭する母親。急カーブからの転落。地面に激突するまでの数秒。全身の激しい痛み。首があらぬ方向に曲がった妹。


 記憶が閃光のように次々と浮かび上がる。


 凛花の疑惑が確信に変わった。

 家族を、凛花を殺したのはこいつらだ。


「ほら、早く行くよ」


 叔父と叔母が病室から出ようとする。

 凛花の意識は朦朧としてくる。殺す殺す殺す殺す。殺意だけは輪郭がはっきりとしていた。どうして身勝手な人間のために自分の人生が踏み躙られる。それが凛花には許せなかった。


「殺してやる!」


 凛花は立ち上がり叫んだ。


 それは、執念がもたらした奇跡か、今際の際に見た幻か。


 凛花は眩いほどの青い光に包まれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る