"化術士アイラ"

「私はこの世界でやりたいことがたくさんある」


 アイラはまっすぐにゼイルを見て言う。


「私はもっと綺麗な景色をたくさん見たいし、美味しいものをたくさん食べたいし、おしゃれもたくさんしたいし、魔法をたくさん覚えたいし、魔水晶もたくさん集めたい」


 アイラの目は潤んでいた。ゼイルは俯いたまま懐中時計に少しだけ目をやった。


「そしてたくさん絵を描きたい。この世界で出会った素敵な出来事たちを形に残したい」


 涙が、アイラの頬を伝う。


「だから私は元の世界には帰らない。帰らないし、もっと、ずっとみんなと旅を続けたい」


 風が、強く吹き抜けた。時計の針は時を刻み続けていた。


「ねえゼイルさん、元の世界になんて帰らなくて良くないですか? こっちにいればみんな幸せに——」


 ゼイルがアイラに眼差しを向けた。アイラは凍ったように何も言えなくなる。あまりにも暗く、底知れぬ瞳だった。


 右手。アイラの眼前にあった。

 リンが遮るようにアイラの前に立っていた。


「ゼイル」


 リンはいつものように、抑揚の乏しい口調で言った。


「私も、元の世界に帰るつもりは無い」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る