桐嶋 丈二

 車の音が遠ざかっていく。

 それは丈二にとって想定外のことだ。


——合図をしたら外に出て車に乗れ。


 それがの指示だった。丈二が警察を惹きつけている間に、アニキが逃走の準備をして、丈二を拾いながら逃げる。そういう手筈のはずだった。


 騙されたとか、囮にされたとか、そういった考えは丈二には無かった。ただただ、理解が出来なかった。信頼しているアニキからの指示だ。高校を中退してからずっと面倒を見てくれたアニキが丈二を見捨てるなど有り得ないのだ。


 宝石店は警報ベルが鳴り続けていた。警察は丈二の持つ銃に警戒しながら、じりじりとにじり寄って来る。


「クソッ」


 丈二は懐から球状の物を取り出して投げつける。地面に当たると勢いよく煙が吹き出してきた。


 混乱に乗じて丈二は外に出る。きっと何かの間違いだと信じていた。

 力の限りに走った。急げばまだ追いつけると思っていた。

 歩道に飛び出る。目を開けてられないほどの光、そしてクラクション。大型トラックが、丈二の身体を撥ね飛ばしていた。


 気がつくと、丈二は地面に横たわっていた。

 警察、救急隊員、野次馬が近くから遠くから丈二のことを見ていた。スマートフォンのカメラを向ける者もいる。


 遠巻きに、鞄を背に塾へ向かう子どもが見えた。そこだけが、何故かはっきりと見えた。子どもたちは、こちらを一瞥するだけで特に気にすることもなく、塾へ入っていった。

 丈二は、ふいに彼らのことが羨ましくなった。


「俺ひょっとして……騙されてたのかな……」


 丈二は血を吐いた。きっと助からない。他人事のようにそれを感じていた。

 息がひたすらに苦しかった。早く楽になりたい。それだけを考えていた。

 死。すぐそこまで来ている。

 そう思った瞬間、丈二の身体は眩いほどの青い光に包まれた。

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