風立ての高地/Windbrisk Heights
あじその
風立ての高地/Windbrisk Heights
姉貴に子供が生まれた。なんか知らんけど妙にカナに会いたくなった。
――
「中道通りに新しいパンケーキ屋できたらしいよ。バイト代入ったら食べに行こーよ」
放課後、いつもの公園のベンチで私はカナと駄弁っている。池の見える、スワンボートが有名な公園。話す内容は、誰が誰を好きだとか、大学受験が不安だとか、ティア1のデッキに有効なサイドボードとか、他愛のないことばかり。いつもそんな繰り返し。
「ああ、いいねえ。サキも誘って三人でいくべ」
彼女は、まるでこんな他愛のない時間が永遠に続くんだってように無邪気に笑って答える。
でも私は、こんな時間、すぐ終わってしまうんだって知っている。『青春』ってゲームは意外とすぐに決着がついてしまうんだ。《神の怒り/Wrath of God》を防げなかったアグロ・デッキみたいにさ。
「そういえば、こないだ姉貴にさあ、子供が生まれたんだよね」
私はなんでもないことのように言う。家族がなにか人生のステップ? のようなものを進めたことを報告する。姉からその話を聞いた時、なぜだか知らないけど少し寂しくなったことよね。なんでなんだろう。
「へぇおめでとう! 男の子、女の子?」
「女の子らしい。名前はなんだっけ……ド忘れした」
「なんだそれ」
彼女が笑っている。この子はいつもこうして笑っているから、周りに人が集うんだ。私はそれが少し嫌だった。私の気持ちを知ってか知らずか、放課後は一緒にいてくれてるから別にいいんだけどね……空は青いし、風は優しくそよぐし、彼女のリボンはダルンダルンだし……なんかそれだけで全部が良いなって思う。蝉の声はうるさいけど、蝉だって頑張って生きてんだ。そりゃうるさいし、愛おしいと思うよ。
「姉貴、悩んでるんだよね。子供のファースト・デッキ。この国ってさあ、デュエル・デッキの登録が無いと住民登録もできないじゃん」
手持ちぶさたな私は、自分のデッキを取り出して適当にドローする。引いたのは《風立ての高地/Windbrisk Heights》。『秘匿/Hideaway』能力を持った強力な土地カードだ。産まれた時から使ってるものだから、それはもうボロボロ。現代MtGで使うにはちょっと動きが遅いカードなんだけど、なんだか妙に愛着が湧いているので1枚だけデッキに残している。私に似ているのかもしれない。
「そうねー。よくよく考えてみれば狂ってるよね……ディストピアもののSFみたい」
カナもつられてデッキを混ぜ始める。私よりも大きな手は、横入れのシャッフルもお手のものだ。なんだか絵になるなあ、だなんて思いながら、チラチラと彼女の顔を盗み見る。
話を真剣に聞いてくれているであろう、彼女のほがらかな表情は、小学生の夏休みの時のことを私に思い出させる。私たちは、お金もなかったから図書館にこもって色々な小説を読んでいたんだ。私はジュブナイル、彼女はSFを好んでいた。彼女にオススメされた『最後にして最初のアイドル』ってSF、あれは色々とすごかったな。結構影響受けちゃったかもしれないよ。
「そうだよねえ……そんで、どんなデッキがいいかなと。姉貴が私に相談してきてさ……私の初期登録デッキが『白黒トークン・デッキ』で……カナが『バーン・デッキ』だったっけ?」
「そうそう! バーン! バーンだいすき! ファースト・デッキってやっぱり特別だからねぇ……! なんだかんだで戻ってきちゃうっていうか。人格形成に影響はあるよね……! 私も結局、赤絡みのアグロデッキばっかり握っちゃうし……」
彼女のデッキから《稲妻/Lightning Bolt》が抜けたことはなかった。私が近所のガキ大将に「やーい! お前のデッキ、トークン生成ばっかり! 《スピリットトークン》と《フェアリー・ならず者トークン》以外も出してみろよ!」っていじめられてる時も、すぐに駆けつけて来ていじめっ子の顔面に稲妻のような一撃をぶち込んでくれたっけな。物理で。
――昔のことを思い出して、ぼーっとしている私の顔を彼女が不思議そうに覗き込んでいることに気が付き、唇を開いた。
「バーンいいよね……」
「いい……」
マニアの定型文でじゃれあってごまかしてしまった。カード・ショップの奥で、切り札をドローしながらアニメのセリフを真似ていた隣のクラスの武藤さんのことを笑えないなと思った。武藤さん、黒髪ロングの清楚系美人でめちゃくちゃモテるんだけど、中身が男子小学生なんだよな……
「『バーン・デッキ』もいいなあ、まっすぐに育ちそうだし。でも、最近の流行は『青白コントロール・デッキ』だって『ママ・バーン』に書いてたらしいんだよね。姉貴ったらすっかり影響受けちゃって、気合い入れてテフェリー4枚買っちゃったんだよね」
『ママ・バーン』は主婦に圧倒的な人気を持つMtGの情報誌。『カード・ショップ デビュー成功への道』『初めてのスタック』『デッキと子育て』『カリスマ・ママ・デュエリストが本音で選んだ最初に見せたいカードゲーム・アニメ!』など魅力的な記事が多数掲載されている。今月号は『赤ちゃんが泣きやむ!プレインズウォーカーといっしょ 特製シール』が付録でとても豪華だ。
「お姉ちゃんが買ったテフェリーって5テフェ?」
「3テフェ」
「3テフェならまあ汎用性高いしどうにかなるんちゃうかな。それこそ『コンボ・デッキ』でも『グッドスタッフ・デッキ』でも……」
「私も考えたんだけど、初めてとしてはちょっとクセが強いんだよね。初めから3テフェで対話拒否覚えちゃったら、結構困るっしょ。それこそ人格形成に影響でん……? 隙あらば自慢話をし始める3組の山中さんみたいに育っちゃうよ……いや、これは偏見だなあ……良くないね。うん。悪いカードなんて無いよ。3テフェはいいカードだし3組の山中さんの話したがりもステキな個性だ」
「まぁ、そうかもねぇ……対話拒否といえばさあ、サキがファースト・デッキの時から使ってた《虚空の杯/Chalice of the Void》売って『東リべ』全巻買ってたんだよね……」
思い出したようにカナが言う。彼女も隙あらばサキの話するんだよなあ……別に嫉妬してるわけじゃないんだけどさ。なんかこう、猫背な感じになってしまうんですよ、そんな時。わかるかな。
「おぉ……『東リべ』は本当に面白いけど……《虚空の杯/Chalice of the Void》を売るのはまずいよね……あの子、プリズンデッキしか持ってないんじゃ……」
「そうなんよね……ご両親に『我が家は代々、アーティファクト・一家なんだ! 爺さんは『茶単/Mono-Brown Mud』使いとして近所でも評判で……』とかなんとか、めちゃくちゃ叱られたらしい。結局そのジーサンに《絵描きの召使い/Painter's Servant》貰って、今は『ペインター・デッキ』を握ってるみたいよ」
「おじいちゃん、孫に甘すぎる」
「そうだよね~」
カナは目を細めて小さく笑う。いつもみたいに。その刹那、風が吹いて、丁寧に切り揃えられた黒髪のボブ・カットが揺れて、シャンプーと夏風が混ざったような匂いがした。
私は、いつか、大人になってもこんな透明な瞬間が続くことを祈って小さく息を吸い込んだ。これがビデオ・ゲームだったら今、百回くらいセーブしてた。クラウドにもアップしとく。そんな感じ。息を呑んで、自分の喉が渇いていることに気づき、現実感を取り戻した。
「ちょっとコンビニで飲み物買ってくるね。カナは何がいい? いつものリプトンの甘いやつ?」
「おお。サンキュ。でも私も行くわ。最近コンビニのアイスコーヒーにハマっててさあ」
「んじゃ一緒に行くかあ。デッキ片付けなきゃね。サイドボード込みで75枚ちゃんとあるか確認してから……」
アイスコーヒー。なんか大人っぽいな。いつまでも変わらないと思っていた姉がママになったように、カナと私も知らない間に少しずつ大人になって、お互いに知らないことが増えていくのかもしれないな。喉がつかえるような、なんとも言えない気持ちだ。
――
「うぇっ……苦くね……? ちょっと砂糖もらってくるね」
カナにつられてブラックコーヒーを頼んだ私は、抗議めいた声をあげる。
「なんかねえ。そのうち慣れてくるもんだよ。酸いも甘いも。いろんなことにさ」
カナは私には見せたことのない、大人みたいな表情をしている。そんな彼女がこっそり自分のコーヒーの氷を溶かして苦味を薄めていたこと、私もそれに気付いていたことは、私の胸の小さなストレージ・ボックスにしまっておくこととしよう。
「なんかずっとこんな時間が続けばいいのにね。みんなが大人になってもさ」
カナは話を続けた。大人になることに怯えている私のことを見透かしているみたいに。
「うん。そうだねぇ」
返事をしながら、私は自分の顔がほんのり紅潮するのを感じていた。みんな同じだって、みんな期待と不安でソワソワしてるんだって、そんな当たり前のことにようやく気がついた。
「そろそろ日が落ちてきたね。この後どうしよっか。カドショ行って紙しばく?」
さっきまで大人っぽかったカナは、またいつもの調子に戻っていた。隙あらばデッキを回したがる彼女に。
「いいねえ。席代にパックも剥こうよ。《放浪皇/The Wandering Emperor》引きたい」
「いいねえ。私は……《虚空の杯/Chalice of the Void》試したいから……シングル特価を確認しようかな……ワンチャン、サキが売ったボロいやつが転がってるでしょ」
「バーンに《虚空の杯/Chalice of the Void》入るの? 『続唱/Cascade』対策?」
「多分そうだと思う。今度、紙道の授業のとき先生に聞いてみるつもり。紙道の山田先生、美人だし現代メタゲームにも精通していて憧れるよねえ……」
カナはうっとりした顔だ。なんだかんだ山田先生と話したいだけなのかもしれないね。大人っぽさへの憧れが伝わってくる。
「カナはさあ、山田先生みたいな大人になりたい?」
なんとなく聞いてみる。将来カナは、どんな大人になっているんだろうか気になって。
「ん~。どうだろ。大人になんかなりたくね~!! っていうのが本音で、まだなんも考えてないかも……あんたはどう? ステキな未来予想図ある?」
「正直、私も、ずっとこのままがいいと思うな……カナやサキがいて、放課後に公園とかマックで駄弁って、だらだらとフリプして、夏になれば花火とかもするんだ。ずっとそれがいい。大人になんか、なりたくない」
私は素直に答えてみる。適当にはぐらかしても後悔すると思ったから。
「そっか」
カナは一言、そう言って笑い、立ち上がって、私に手を差し出した。私は彼女の手を取り、伝わってくる熱にやられて顔まで赤くなってしまった。
「行こ」
私は緊張を悟られないよう、短い言葉で、答えた。ずっとなんてないけれど、形は変わっていくものかもしれないけど、今だけはこの熱にまどろんでいたいと思った。
風立ての高地/Windbrisk Heights あじその @azisono
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