牧村千明妃の混乱

 私と翔馬は幼馴染だ。

 私は彼を翔馬と下の名前で呼び捨てにするし、彼も私のことは千明妃ちあきと下の名前で呼び捨てにする。

 付き合っているわけではない。

 ただ、そうなったらすごく嬉しいなとは思っている。そう思っているのが、私だけじゃなければいいなとも。

 うちの両親も、翔馬のご両親も、そう思ってくれている……ような気配は、なんとなく感じている。両家公認のお付き合い、という形にあわよくば持っていこうとするような、そんな気配だ。正直照れくさくて仕方が無い時もあるが、でも毎回そうやって浮かれてもいられない。一番大切なのは、翔馬が私のことをどう思っているかだから。

 まあ、その。あの、この距離感で意識されていなかったら逆にびっくりするんだけど。もしそうだったら私、怒るんだけど。怒ってもいいと思うんだけど。というか、私がやきもきさせられるの、なんか腹が立つんだけど。年こそ同じだけど、学年で言えば私の方がひとつ上なんだから。もしこれで意識されてなかったら、そんな思わせぶりな態度はお姉ちゃんとしても看過できない。


 ところで、最近翔馬はなんだかとっても楽しそうだ。

 どうやら気に入った同世代の選手がいるらしい。私という幼馴染がいながら。自慢じゃないけど、それなりにその、見た目も少なくとも捨てたものではないはずの幼馴染の私がいながら、他の子に目移りしているらしい。これはお姉ちゃんとして看過できない。私は内心気が気でなくなりながら、さりげなくそれってどんな子なのかと尋ねてみた。

 翔馬はニコニコ顔で、雑誌の切り抜きを見せてくれた。

 そこにはとんでもない美少女が映っていた。

 私は青ざめた。これはとんでもない美少女だ。自慢ではないが、私だってそこそこ美人の部類に入るとちやほやされて調子に乗せられて今まで生きてきたけれど、これはただごとではない美少女だ。黒髪美人と言われる私とは方向性の違う、金髪碧眼の美少女だ。翔馬のやつ、タイプ別に美少女をコンプリートしていくつもりなのかしら。私というものがありながら。

 頬を膨らませながら翔馬の顔をじっと見る。翔馬は視線に気付いて、なんだよとでも言いたげに笑った。うっ、顔がいい。なんて眩しい笑顔なのかしら。こんなかっこいい顔で微笑まれたら、他のこと考えられなくなっちゃうじゃない。それは負けだわ。負けちゃ駄目よ私。とりあえず一旦目を逸らして、それから負けないぞ! とこっそり気合いを入れて、極力平静を装ってもう一度さりげなく尋ねてみる。

「……ずいぶんと、可愛い子ね」

 翔馬は少し目を丸くして、それから吹き出した。快活に笑いながら、雑誌の切り抜きのとんでもない美少女を指さす。

「確かに可愛いのは可愛いけどな、こいつ男だぞ。中身全然可愛くねえし」

「嘘でしょ」

 とんでもない美少女ではなかった。とんでもない美少年だった。

 それなら安心だわと胸を撫で下ろそうとして、ふと思う。

「男の子だけど好きになったとかではなく」

「んなわけねえだろ」

 翔馬はなぜか赤くなって反論してきた。何かもごもご言おうとしては飲み込んでいる。何よもう。はっきり言いなさいよ。そんな態度じゃこっちも安心できないわよ。

 しかし、私が男の子だったとして、こんな美少女と見まごう美少年が近くにいて惑わされない自信が全くないんだけど。などと依然不安に感じながら、切り抜きの美少年を穴が空くほど眺める。私とて、誰とは言わないが、同期の女の子に口説かれた経験がないわけでもない。私は今すごく好きな男の子がいて……というかあなたにも既にお付き合いしている女の子がいるのでは……とその時は丁重にお断りしたが、私でもそういうことがあったのだから、翔馬にだってそういうこともあるかもしれない。そして、いくら翔馬といえど、相手次第でコロッといくこともあるかもしれない。……大丈夫かしら。なんだかすごく不安になってきたわ。私このままで大丈夫かしら。私の方がちょっとだけお姉ちゃんなのだから、もっとグイグイいった方がいいのかしら。頭がくらくらしてくる。

 このとんでもない美少年は、若宮十流くんというらしい。そういえば最近テレビでもよく見かける気がする。……男の子だったのか。

「あのなあ……妙な勘違いすんなって。お前も会ってみればいいんだよ。女みたいなんて感想、吹っ飛ぶから」

「そうかしら……この顔でどれだけ粗暴な振る舞いをしたところで、それはただのとても顔のいい粗暴なレディよ」

「粗暴な時点でレディではなくねえ?」

「……でもまあ、確かに会ってみたくはあるわね」

 これだけの美人なら、会うだけで何かご利益がありそうだ。大真面目に切り抜きを凝視する私を見て、翔馬が少し表情を固くした。

「……あれだぞ。会うだけだぞ。面白い奴だから紹介したいってだけで……必要以上に仲良くなってほしいわけじゃないから……お前が仲良くしたいならしょうがねえけど……」

 どうも何か焦っているらしい。自分からこの美少年を見せびらかしておきながら、急にばつの悪そうな顔をしてまた口の中でもごもご言っている。突然とても鋭い女の勘が働いて、私は思わず声を上げた。

「私に若宮くんを取られると危惧している!」

「だから違えよ!」

 やっぱり私このままで大丈夫じゃなさそうだわ。若宮くんに負けないくらい魅力的な女の子にならなくちゃ負けるわ。若宮くんに会ったら使ってるシャンプーとか、洗顔フォームとか、基礎化粧品とか聞いてみなくちゃ。

 あと、翔馬のことどう思ってるのかも、探りを入れてみないといけなさそうね。うん。

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或る流星について 木村雑記 @kissamura

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