故郷の川

西野ゆう

第1話

 カメラを首から下げ颯爽と歩く。そんな彼女のような強さと美しさがずっと欲しかった。

「やっぱりここが一番落ち着くし、いいね」

 日本中を旅して帰ってきた彼女が、一段と眩しい笑顔を私に向けた。

「どうだったの? 美味しいものとかも色々食べた?」

 我ながら色気のない質問だとは思ったが、やはり彼女は笑顔で答えてくれた。

「食べた、食べた。衝撃だったのは小笠原で食べたウミガメの刺身が一番かなぁ」

「刺身? スープじゃなくて?」

「『ウミガメのスープ』って、それ、なんか有名なクイズの問題みたいなのじゃない?」

 彼女はそう言って明るく笑う。

 前から明るい人だった。その彼女が、旅から帰ってきて更に明るさを増している。私には眩し過ぎるくらいに。

 卑屈になるつもりはない。羨むつもりもない。ただ、そんな彼女にずるいと感じてしまう。

 彼女は、いかにもいい旅をしてきたという眼差しで、この地元の何もない田舎の風景を眺めている。

 私は夏休みの間、この田舎のコンビニでバイト三昧だった。それなりに楽しい日々ではあったが、彼女の経験したことと比べたら、なんと平凡な時間だっただろう。

 私は彼女とは違う。私に彼女のような生き方はできない。嫉妬心と呼ぶには幼い感情が私を意地悪にさせる。

「日本中のさ、いろんな名所とか、綺麗な景色の写真撮ってきてたじゃない?」

 彼女は旅をしながら、ネットにその写真を公開していた。

「うん。本当はもっと時間をかけて撮りたかったけどね」

「時間をかけてかぁ。あ、それでね、もしこの町で一枚だけ写真撮るとしたら、どこの写真撮る?」

「この町の風景かぁ……」

 本当に何もないこの田舎。海も、写真に映えるような美しい稜線を持つ山もない。歴史ある建造物も、芸術的なモニュメントも。

「あなたならさ、この町を知らない人たちにも、あなたの言う『ここが一番いい』って思いが伝わる写真が撮れるんじゃないかなって」

 私のちょっと意地悪な物言いにも、彼女はにっこり微笑んで「そうだね」と呟いて、その場でゆっくりと周囲を見渡した。そしてしばらく目を閉じる。

「うん。決まった。でも、ちょっと時間頂戴ね」

「いいよ。卒業まではまだ時間あるし」

「大丈夫。そこまではかからない」

 また彼女の眼差しが強く輝いた。写す風景が決まったのだろう。

 数日後、彼女から一枚の写真を見せられた。そのあまりの美しさに、私は息を飲んだ。

「これ、天の川……だよね?」

「そだよ。私、この町から見る夜空が一番好きだから」

 それは町の風景ではないが、確かにこの町でしか撮れない一枚だ。やはり彼女はずるい。そしてまた笑う。

「ちょっとずるかったかな?」

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故郷の川 西野ゆう @ukizm

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