お姫様は、魔法が解けなくないようです。

現在時刻、十一時半。

布団の上で、目を瞑る。

耳に付いているイヤホンの入口は、スマートフォンだ。そこから彼女の声が聞こえてくる。

彼女の声は、いつになくふわふわとした声だった。その声色から既に眠いということを察するのはペンを持つより簡単な事だった。

僕はというと、眠くはない。……といえば嘘になる。日を跨く時間に起きているのだ。眠くなるのは普通だろう。

明日も学校がある。今日こうして通話をしているのは彼女の勉強のためでもあった。

僕はこれでも常に上位に居続けているので問題は無いのだが、彼女は下から数えた方が早い位置にいる。そのため、テストが近くなるとこうして勉強を教えるようにしてるのだ。

だが、明日の学校に響くほど勉強をするのは正直非効率だ。なので辞めさせてすぐに寝るように言ったのだが、寝ないと言われてしまう。困ったものだ。もうペンを滑らせる音は聞こえなくなっているというのに。

既に眠くなっているが、なんとなく今の彼女と話していたいと感じてしまった。

それは中々聞かない彼女の声を聞きたいという欲か、自身が好いている人ともっと居たいという欲かはあえて明かさないでおこう。

 僕の声というのは、どうやら寝やすい声らしい。昔、友達に言われたことがある。

……といっても、その友達というのはインターネットで知り合った友達なのだが。

普段の学校の僕しか知らないリアルの友達からは、絶対に寝ることは無いような声だと言われてしまうだろう。彼女は、どう思っているのだろうか。

ただ今は、リアルの友達と話す時より、ネットの友達と話す時の声の方が良いだろう。

僕は声の出し方を少し変えて、優しく落ち着いた声をマイクにスっと通り抜けるイメージで発する。今の彼女にはこの声を聞かせたことはないが、まあきっと眠いことで頭が回らないだろう。聞かれたところで問題は無い。


もう寝よう、と優しく声をかける。しかしまた嫌だと返されてしまった。なので、今度はなんで寝たくないの?と訊いてみる。

すると、彼女はとても可愛らしい返答をしてきたので、つい小さく笑ってしまった。

優しく、落ち着いた声で、安心させるように言葉を紡ぐ。ずっと一緒だよ。と……


それから少しして、彼女はついに寝息を立ててしまった。その寝息もとても可愛らしい。

ただ、その寝息に紛れて聴こえてきた寝言でふと考えてしまったことに、つい苦笑してしまう。そして、まだ高校生だもんな。と心の中で呟いておく。

少しの間寝息を聴きながら作業をしていたが、流石に僕も眠たくなってきたのでそろそろ切る事にした。

切る直前に、少しだけ口を開いて、言葉を発した。ちょっとくすぐったいような、そんな言葉を。これは、僕の悪い癖だろう。

通話を切って、ふとスマホの時計を見る。


どうやら、お姫様の魔法は解けているらしい。……いや、元々そんなものなかったのかもしれない。

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─短編小話集大図書館─ 海色 @kaiiro

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