─短編小話集大図書館─
カイイロ
夜深し筆滑らせし者星に酔ふ
今日も、また夜へ潜る。
昨日も、一昨日も、三日前も日の出を見ることは無かった。多分今日も見ないのだと思う。都会の光で隠れた星を見て、また机に向き直る。
白く光る画面を睨みながら、薄型のキーボードを叩く。頭の中に世界を広げて、それを言葉にして画面に映し出していく。
しかし、時計の長針が数回動いた時には打鍵音が止まってしまっていた。
長いため息をついてから、腰を上げてベランダに出る。後数日で最後の月になる。なので流石に外は冷えていた。はぁーと息を吐くと白い息が出てきて、少し面白くて何度か出して遊んでしまう。この歳になっても冬の時期とは楽しくていいものだ。歳を重ねる毎に寒くなっているのが難点だな。
白い息に飽きると、空を見上げる。
空は日の光が月で跳ねて微かに照らされている。最近は篭ってばかりだったのでたまにはこういうのも良いだろう。きっと少しの休息くらい彼だって許してくれる。
そこで、久しく酒を飲んでいないことに気がついた。数年前は友に心配される程の酒豪であったのだが、最近は忙しくて飲めていなかった。そうだ、たまには飲んでもいいだろう。思い立ったが吉日、ということでアウターを羽織って家を出た。
最近の世は便利になった、と思う。
暗く怖い夜道も街灯によって明るく照らされているし、コンピュータの進化によって作業も簡単にできる。少し歩けばコンビニで酒だって買えてしまう。とても、生きやすくなったと思う。しかし、社会というのは今も昔も変化が小さく生きづらいのかもしれない。
仕事に追われ遊ぶことも外に出ることもろくに無い。自分の場合は、趣味を仕事に出来た人間なので辛くは無いのだが、それでも少し苦しいと感じる。何度筆を折りそうになったか数え切れない。今の仕事は自分にとっての全てであったため、今も続けていられるのだが……これが好きでもない労働だと考えると寒気がする。
どうやらこの国は仕事に対する満足度が低いらしいと、何かの記事で見たことがある。
生きるということは大変なのだな。と自動ドアの前に立ちながら思う。
店員の声を聞き流しながら酒コーナーで安酒を手に取り、流れるように会計を済ませる。
外に出て空気の冷たさを感じながら空を見上げる。やはり星は隠れたままだ。
見えない星空を見て、ふと頭に浮かんだ言葉が面白くて笑を零してしまう。
視線を前に戻したら、先程歩いた道を遡るように歩き始める。数刻前に見た景色のはずなのに、僅かに変化が見られる。
まるで、執筆作業のようだ。と思う。
一度歩いた道のはずなのに、もう一度辿るとまた少し違って見える。着眼点の違い、心境の違い、色々原因はあるだろうがその僅かな変化を見るとまたこれが面白い。自分が書いた物語のはずなのに違う人が書いたかと思えてしまうのだ。それが強い程、その作品は傑作なのだと自分は考えている。
コンビニの帰り道でこんなことを考えるほど、自分は仕事に取り憑かれているのだろうと苦笑しながら家の扉を引く。
手を洗ってアウターを脱ぐと、酒を片手に椅子に座り込む。ツマミは無い。
昔、何かで聞いたことがある。この世というツマミが不味いなら、それは自分の何かが病んでいる。という言葉を。
その言葉を聞いた瞬間から、ツマミというものを買わなくなった。この世とまでは言わずとも、自らの頭に広がる世界で酒を飲むようになった。
今執筆している作品風に言うのであれば、無限に広がる
ふと、本棚の隅に追いやられたノートを取り出して広げてみた。そこには、謎の模様のような絵があった。……訂正しよう。絵に見えるほど汚く詰め込まれた文字があった。
きっと、他の人間には理解どころか解読すら不可能だろうと思いながら、読み進めていく。そこには、今頭の中で、本の中で、広がっている星の形が描かれていた。
中には、もう頭の中から抜けてしまったものもある。流石に長い間書いていると全てを覚えている、というわけにはいかないのだ。
懐かしい、と素直に思った。そして、酒を飲みながらペンで星の色を濃くしていく。
趣味から仕事へと変わった今、考えていることは伸びるかどうか、受けるかどうか、だ。
しかしこのノートはそんなこと全く考えていない。ただ純粋に世界を創っているだけだ。
過去の自分を見習おう。このノートに色を付けながら、そう心に伝える。今は、ペンを動かす腕が止まる気がしない。そう感じる。
深く、深く、もっと深くまで思考にのめり込んでいく。星はまだ見えない。だから見えるまで入っていく。隠れた星を見つけ出す。
ふと、買った酒が全て無くなったことに気がついた。そこで一気に現実へと引き戻される。頭が痛いし、回らない。先程までとは大違いだ。大きくため息をつきながら、ふと窓の外を見る。刹那、声を漏らしながら驚く。
外は明るく青色に輝いていたのだ。集中していて全く気がつかなかった。
……どうやら、今日もまた日の出を見ることが叶わなかったらしい。
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